5-2 理想の彼女

 小宮先輩はよくわからないまでも納得した様子で頷く。だが、すぐに不安げな表情を見せた。


「あと、俺も一緒にいっていいんですか?」


 作戦には参加せずに、待機と言われるとでも思っていたのだろう。私もそういえば小宮先輩も作戦に名前があったなと思い出す。自分の役割に驚いて、そこについて流していた。


「本当はここで待っててくれた方が安全ですが、あなたは待てますか?」

「待てません」


 彰が真剣な表情で聞くと、小宮先輩はすぐに答えた。

 のんびりした雰囲気の小宮先輩が、ハッキリと自分の意思を告げている。それだけ友里恵ちゃんが大事で、取り返したいのだ。


「待てずに途中で乱入なんてされるよりは、最初から目につく場所にいてくれた方がマシですから」


 さらりと酷い事をいわれたのだが、小宮先輩は嬉しそうに笑っている。自分の手で友里恵ちゃんを助け出せるという事実に喜んでいるようだ。


「……あのぉ……、友里恵さんって猫なんだよな?」

 吉森少年が戸惑った様子で首を傾げた。


「吉森少年聞いてなかったっけ?」

「いや、聞きましたけど……なんか、猫相手って考えるには熱がこもりすぎてるっていうか……」

 そこまでいって、吉森少年は慌てる。


「あっ勘違いしないでくださいね! 俺も猫好きだし! 俺だって、義達よしたつ取り返したいし!」


 義達ってもしかしなくても猫の名前だろうか。ここの人間は猫に人間っぽい名前を付けるのが流行ってるのか。


「でも、にいちゃんの場合、なんていうか、猫っていうよりは対等の人っていうか……上手くいえないですけど」


 吉森少年が言いたいことは分かる。私だって初めて友里恵ちゃんの話を聞いたときは人間の彼女だと勘違いした。

 それほどまでに猫が好きだと言われればそれまでだが、どちらかといえば猫が好き。くらいの私から見れば異様に見える。

 小宮先輩は吉森少年の疑問に困った顔をした。


「えーっと……、なんていうか友里恵は俺の恩人っていうか、大事な人っていうか……」

「まーたしかに、猫可愛いし。俺も好きだし、家族とは思ってますけど。にいちゃんの場合、恋人みたいですよね」


 空気よめと散々思ってきたが、今だけは吉森少年すごいと言いたい。皆が思っても口に出せなかったことを平然と言ってのける! さすがKY!


「恋人っていわれるとそうかもなあ……。友里恵は理想の存在なんだよ」


 顔を伏せていた小宮先輩は、吉森少年の恋人という言葉に反応して目を輝かせた。

 あっ、なんか変なスイッチ押した? やっぱり吉森少年はダメなやつだった?


「小さくて、可愛くて、守ってあげたくなる感じで、いつも側で寄り添ってくれて、自己主張は少なくて、束縛しなくて」

「そりゃ、猫だしねえ……」

 彰が小声で呆れた声を出すが、興奮している小宮先輩は気付いていない。 


「にいちゃん、それ病気」


 興奮気味に語る小宮先輩に吉森少年が真顔で言い放った。

 空気が凍り付く。

 香奈は目を見開いて固まってるし、百合先生はやっちまったという顔で額を手で押さえている。彰だけは可笑しそうにニヤニヤ笑って様子を見ていた。ほんとに性格悪い。


「病気かな?」

「病気だろ。俺だって猫好きだけど、にいちゃんの場合は好きっていうよりは理想押し付けてる感じ」

「理想かあ……」


 否定できなかったのか、小宮先輩が困った様子で頭をかいた。


「そうかも……ストーカーに付きまとわれるようになってから女の子苦手になって、何回か告白されたんだけど、あれこれ理由つけて逃げるようになっちゃって」

「モテるんすねえ……」

 吉森少年が半眼で小宮先輩をにらむ。小宮先輩は再び困った顔をした。


「そういえばお前、理想高すぎるって噂になってたな」


 百合先生の言葉に小宮先輩が驚いて、香奈がそういえばと呟いた。

 学校でも人気のイケメン男子となると、どうでもいいことでも噂が広まるらしい。いや、恋する乙女にとっては理想のタイプというのは重要だから、どうでもよくないのか?


「えーっとたしか、黒髪ロングで、白いワンピースが似合う小柄な清楚系。三歩後ろを歩いてついてくるような大人しくて、無口で、守ってあげたくなるような細めの子だっけ?」


 百合先生があげていく言葉に私の眉間がどんどん深くなる。今時そんな子いるか。さすがの彰も、吉森少年も呆れた顔で小宮先輩を見ている。小宮先輩は顔を赤くした。


「いや、本気でそれにこだわってるわけじゃなくて……ストーカーと真逆な子で、好みを突き詰めたらそうなったっていうか……。告白を断る理由を考えていったらどんどん、ハードルが上がっていったって言うか……」

「でも、理想は理想なんだろ」


 教師というよりは同級生の悪友と言った様子で、ニヤニヤ笑いながら百合先生が問いかける。小宮先輩はついには真っ赤な顔を手で隠しながら、小さく頷いた。

 実際そんな相手と付き合えるかは別として、理想というものは誰もが持っている。小宮先輩の場合はストーカー被害にあったせいで、人よりも相手へ求めるものが増えてしまったのだろう。


「いつのまにバレたんだろ……。俺、友里恵にしか言ってないのに」


 恥ずかしさのあまり涙目で小宮先輩がつぶやく。

 友里恵ちゃんにしか言ってないというのもアウトな気がするが、本当にそうならどこから広まったのかは気になる。


「お前の断り文句繋げたらそうなったって、女子がいってたぞ」


 追い打ちをかける百合先生に小宮先輩は机に突っ伏した。顔を隠しても耳が赤い。何だか可哀想だ。

 きっかけとなった吉森少年も不憫に思ったのか、小宮先輩の背を軽くポンポンと叩く。空気は読めないが優しい子のようだ。


「ふつうに、猫に向かって理想の彼女像語ってる、にいさんを目撃した人いたんじゃないですか」


 と思ったら、背をたたきながらさらに追い打ちをかける。

 やっぱり、この子空気読めない。


「公園に学校の子が……? いたとしたら、ストーカーだけだったと思うけど……」

「は?」


 小宮先輩のつぶやきに彰が目を見開いた。

 どういうことだ。と先を促すように彰が小宮先輩を見る。小宮先輩はそこまで反応されると思っていなかったらしく、戸惑った顔で先をつづけた。


「ストーカーがいなくなったのって、友里恵に理想の彼女像語ってすぐで。だから、自分が理想と違いすぎるって気づいて、諦めてくれたのかなって思ってたんだけど……」


 ほんとにそうなら、ストーカー素直すぎるだろと私は顔をしかめた。

 今回の友里恵ちゃん誘拐で付きまといをやめてなかったことが分かっているので、まったく素直じゃないのだが。

 でも、考えてみれば、どうして今になってから友里恵ちゃんを誘拐したんだろう。小宮先輩の気をひきたいなら、友里恵ちゃんと出会ってすぐでも良かったはずだ。


「……まさか……」


 彰がいつになく険しい表情でつぶやいた。

 何がまさか何だろうと、私が問いかけようとした瞬間、彰の携帯が鳴る。彰はすぐさま電話に出ると、何度か相づちを打ち、最後には好戦的にニヤリと笑った。

 その表情で協力者からの電話だと気付いた私は、質問なんてしている場合ではないと悟る。


「協力者から連絡。準備できたから、いつでも来ていいって」


 遊びに行く約束のような気軽な口調で彰はいう。口調は軽いが、弧を描いた口元や、爛々と輝いた瞳は獲物を狩る猛獣のそれだった。ごくりと唾を飲み込む音がする。小宮先輩か、吉森少年か……それとも私か。緊張に胸元に手を置いた香奈ではないだろう。

 百合先生を見ると目を細め、唇をぺろりとなめていた。彰と同じく瞳は生気に満ちており、楽し気だ。


 この叔父と甥っ子、好戦的過ぎるだろと私は呆れ、どうにか今日が無事に祈りますようにと子狐様に祈った。

 想像の子狐様が「無茶言わないでください」と拒否したので、ますます不安になった。

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