7-6 非日常は日常になる
後始末は百合先生がすべて引き受けてくれた。
報告をする際にすべて私たちだけで片づけたことを知ると、予想通り百合先生は烈火の如く怒った。彰がのらりくらりとごまかしてくれたおかげで、説教コースは免れた。
しかしもう危ないことはするな。としっかり釘を刺され、注意というよりは脅迫に近い眼光にさらされることになった。私も怖かったが、香奈は完全に腰が抜けていた。
そんな眼光を受けても彰だけは平然と話を聞き流していたのだから肝が太すぎる。半妖とはいえ神様の娘に動じなかったのだから人間相手に怖いものなどないのだろう。
尾谷先輩は百合先生が直々に呼び出して説教したらしい。学校一の凶悪教師に一対一で説教されるというだけでも恐ろしかっただろうに、その後は祠の修理を二人きりで行う罰までくらったとか。
死ぬよりはマシだといえばそれまでだが香奈に騙され、子狐様に恐怖を植え付けられ、極めつけが百合先生だと思うと不運だ。
因果応報といえばそれまでなのだが、なんとなく尾谷先輩は不遇なオーラを放っている気がする。
案の定、祠を直した後も百合先生にしっかりマークされてしまい前ほど自由に行動できなくなったようだ。
少しだけ同情する。
その後の私と香奈と言えば、劇的に生活が変わったということはなかった。
ただ放課後に祠に顔を出すことが増え、祠の掃除をしたり花を持って行ったり、子狐様が好きだという油揚げを差し入れする習慣ができた。
子狐様の信仰を広めなければいけないのだが、それについては今のところ保留中。そのうち良い考えが浮かぶだろう。
子狐様も目覚めたばかりで現代の知識には疎いらしく、私と香奈が語る学校生活のことを興味深げに聞いている。
知らない話に興味を示したり、驚いたりする姿は年上だと分かりつつもかわいらしく、失礼ながら私は妹ができたような感覚だ。
香奈も楽しそうなので、同じことを思っているのかもしれない。
彰とは百合先生に報告しにいった後は一度も会っていない。
あの事件からすでに一週間。祠に彰の姿はなく子狐様に聞いても来ていないという。
子狐様的には来ない方がいいらしい。彰の名前を出すと苦虫をかみつぶしたような顔をしていたから。
一週間の間、私と香奈もなにもせずにいたわけではない。彰を知る人がいないか私達なりに調べた。同じ学校の制服を着ているし目立つ外見だ。誰かしら知っていると思ったのだが、彰を知る者は誰一人としていなかった。
佐藤彰という人間は存在していなかったのではと不安になりかけたが、百合先生が「今ちょっと揉めててな……」と疲れた顔をしていたので実在はしているらしい。
結局、百合先生との関係も聞けていない。どこの誰だったかもわからない。子狐様よりも彰の存在の方がオカルトなのでは。なんて思いつつ、今日も私は香奈と一緒に学校へと向かった。
「香月さん、坂下さん、おはよう」
香奈と一緒に教室に入ると、クラスメイトが挨拶をしてくれる。それに対して私は挨拶を返す。隣で香奈も笑顔を浮かべて挨拶した。
子狐様と関わるようになってから、香奈は前より明るくなった。身近にオカルトがあるからいつも浮かれているせいなのだが、おかげでクラスメイトとも少しずつ馴染めているのだから文句も言えない。
このままオカルトだけでなく、生身の人間のすばらしさに気づいてほしいと切に願っている。
「裏サイトでも聞いてみたんだけど、彰君について知ってる人は誰もいなかったよ」
荷物を置くと私の席にやってきた香奈はしょんぼりと肩を落とした。
未だに裏サイトは香奈の貴重な情報源らしい。
百合先生に知られた時点でつぶされるかと思ったが、百合先生に言わせると悪事を把握しやすくて便利とのこと。学校一の凶悪教師に監視されているとも知らず、利用している生徒たちには同情するほかない。
「やっぱりアイツ存在しないんじゃ……」
「そうなのかな!」
私が不安になりつぶやくと、香奈は何故かテンションを上げた。
なぜそこで嬉しそうな顔をする。と思うが、香奈だから仕方ないかと私は半眼になる。
「でも、存在しないっていうのは寂しいな。彰君とはもっといろいろ話たかったのに」
香奈が肩を落とす姿を見て私は驚いた。オカルト最優先の香奈が人間を優先するようになるとは。
その相手がたぶん人間という、オカルト一歩手前なのが微妙な所だが、幽霊以外に興味を持ったのは良い変化だと信じよう。
「これからよろしくって言ってたのになあ」
香奈のつぶやきに握手をしたあの時を思い出す。
確かに彰は「よろしく」といった。「長い付き合いになりそう」ともいったはずだ。
というのに結局名前だけ名乗って、あっさり姿をくらましたことに私も文句をいいたい。
もう一度会いたいかといわれると複雑だ。彰にあったらまた面倒事に巻き込まれる気がする。彰の存在事態が一種のイレギュラーのようだし。
だが、このままさようならも落ち着かない。
あれだけ人を罵って振り回したというのに、なにも言わずにいなくなるなんて勝手すぎるんじゃないか。子狐様との契約の事だってどうなったんだと色々と問いただしてやりたい。
彰がどういう存在なのかもはっきりしないまま、すべてが曖昧で正直もやもやする。
だが、彰と連絡をとる手段はない。
百合先生はとれるようだが、聞いても誤魔化され続けている。
「最初から最後まで勝手なやつ」
苛立ち交じりにつぶやくと教室のドアが開く音がした。朝の教室であれば気にとめるような音ではない。聞き逃してしまうような小さな音だ。それなのにやけに響いた気がしたのは、その直後に教室が静まり返ったせいだろう。
「な、七海ちゃん!」
香奈うろたえた声を上げた。ほぼ同時に教室が騒がしくなる。
なんだろうと私は顔をあげて香奈を見た。香奈は教室の出入り口の方を見て、口をポカンと開けていた。
なにをそんなに驚いているのかと私がそちらに視線をむけるよりも早く、
「おっはよー」
忘れたくても忘れられない、妙に耳に残る声が鼓膜を震わせた。
「あ、彰!?」
この一週間、いくら探しても姿形もみせなかった彰が、当たり前のように目の前にいる。
高等部の制服を着ているというのに、同い年とは思えない外見も、男のくせに長く綺麗な髪も、整った容姿も変わらない。
学生だったら当然もっている鞄が肩にかけられていることにも、朝の教室に彰がいることにも違和感を覚える。
「な、なんで!?」
「なんでって、高校生が学校にいることのなにがおかしいの?」
彰はそういって首をかしげた。その動作に近くで唖然としていた女子生徒が悲鳴みたいな声をあげた。男子も何人か顔を赤らめている。ご愁傷さまとしか言いようがない。
たしかに中身を知らなければ彰は文句なしに可愛い。男の制服を着ていることが間違いなのではないかと思うほどの美少女っぷりだ。
「彰君ここの生徒だったの?」
「ここの生徒だっていったよね。制服だってそうでしょ」
彰はそういって制服を見せびらかすように腰に手をあて、くるりと回った。いちいちしぐさがあざとい。動くたびに悲鳴じみた声があがることになんの反応もしないあたり、わざとやっている。
「えっでも……えぇ?」
「色々と事情があってさ、授業は出られなかったんだよね。でもナナちゃんとカナちゃんが同じクラスだって聞いたから、一週間かけて説得して許可もらいましたー」
胸をはる彰に私はなにから突っ込めばいいのか分からない。
「えっと事情はともかくとして、私と香奈が同じクラスって?」
そんなこと言っただろうか。名前を名乗っただけだしクラスが何組だなんて話した記憶がない。
「授業は出てないけどクラスメイトの名簿はもらってたから。ナナちゃんとカナちゃんの名前聞いてピンときたの。同じクラスだなって」
「名前って……まさかクラス全員覚えてるの」
来てないのに名前だけ覚えることなんてあるのか。と私が驚いていると彰はなにを言ってるんだって顔で首をかしげた。これは素に見える。
「名前くらい一度みれば覚えられるでしょ。名前だけで顔は一致してないけどさ」
いや、普通は覚えられないから! と私は心の中で突っ込んだが、驚きすぎて口に出すことはできなかった。
人間驚きすぎると、なにから口を挟めばいいかわからないらしい。
「事情もあったし、正直学校生活とかあんまり興味なかったんだけど、二人が同じクラスなら面白そうだなと思って僕久しぶりに頑張っちゃいました」
満面の笑みで私と香奈にピースする彰。その姿に私達は顔を見合わせた。
私達と同じクラスだと分かったから学校に通えないような事情を解決して、わざわざ現れたというのか。
なんだそれ。彰のくせに。少しだけ、ほんの少しだけだけど嬉しいと思ってしまったじゃないか。
「というわけでよろしく。ナナちゃん、カナちゃん」
そういって両手を差し出す彰に、私と香奈は笑い同時に彰の手を掴んだ。
その時の彰の表情は作り物の笑顔でなく本当に嬉しそうなものだったので、嬉しかったことを認めてもいいかもしれない。
「途中からってことは席どこになるのかな。机持ってこないといけないね」
近くの席だったらいいなと思ったのか、香奈がそわそわし始める。あの一件で香奈はすっかり彰に慣れてしまったと複雑な気持ちになりつつ見守っていると、彰は再びきょとんとした。
「僕の席あるよ」
「え?」
「あそこ」
そういって彰が指さしたのは、うちのクラスでは怪談扱いされている「座らずの席」。
「ええぇ!?」
驚きの声は私と香奈だけでなくクラス中からあがり、事情をしらない彰だけが不思議そうな顔をした。
騒ぎを聞きつけた隣のクラスが様子を見に来て、一時クラスは騒然となる。
騒ぎをどこか遠いところで聞きながら、私は先生たちの反応を思い返す。
座らずの席に対しての先生たちのあいまいな返答は本気で席の主を知らなかった、口止めされていたからだ。じゃなければ彰が今まで生徒に知られずにいたことの説明がつかない。
そこで私は百合先生が来た時の反応を思い出した。百合先生は座らずの席の話を聞いたときに「そういえば一年二組だったな…」と言っていた。
あの時は意味が分からなかったが、今にして思えば「そういえば(彰は)一年二組だったな」ということだったんじゃないか。
そうなると、なぜ百合先生は彰のことを知っていたんだろう。結局二人の関係って? と私が考えていると、衝撃から復活したクラスメイトが彰に話しかける声が聞こえてきた。
彰が愛想よく自己紹介している。
佐藤彰です。と。佐藤……。
「ああ!?」
「おい、彰!」
私が叫ぶのと、勢いよくドアを開けて百合先生が怒鳴り込んでくるのは同時だった。
突然の強面先生の襲来にクラスメイト全員が固まるが、彰だけは嫌そうな顔をしている。こんな態度をとれるのはクラスどころか全校生徒の中でも彰だけだろう。
「お前、先に職員室いけっていっただろ!」
「僕来てなっただけで最初からこのクラスだし、転校生なわけじゃないし」
「今まで一度も出てねえんだから、転校生みたいなもんだろうが。担任にくらい挨拶しろ」
「おじさん煩い」
「学校では先生って呼べって言っただろうが!」
彰と百合先生の口をはさめないやり取りを、私含めて全員が無言で見守った。
佐藤という苗字はありふれてはいるが、ハッキリと彰が「おじさん」といったのを聞いてしまえば疑いようがない。
「似てない……」
片や強面ヤクザ顔教師。片や美少女顔の少年。一体どうしてそうなった。
「あーはいはい、行けばいいんでしょ行けば。じゃあねー。挨拶はまた改めて」
怒りを隠すことなく大股で教室を後にする百合先生に続いて、彰は笑顔でクラスメイトに手をふって出ていった。
何人かがつられて手を振りかえしている。おそらくは無意識だろう。彰の人心掌握術が恐ろしい。
「なんだか楽しくなりそうだね」
香奈がワクワクした顔でいった。高校に入学してすぐ、知らない人ばかりで青ざめていた時とはまるで違う。
良い傾向なのだと思う。彰のおかげだと思うと複雑なところだが。
「退屈とは無縁にはなりそうだね」
私はふぅっと息を吐き出した。
今後への不満もあるし、今更どうしようもないという諦めもある。けれど、今後が楽しみだという気持ちもたしかにあるのだ。香奈にも、特に彰には絶対にいえないが。
私の高校生活は良くも悪くも、忘れられないものになる。私はこの日そう確信した。
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