四話 託された秘密と歴史
4-1 真実の一端
「羽澤家が面倒だってことはよく分かったけど、結局あの屋敷の女とはどういう関係なんですか?」
それがメインだったはずなのに、気付けば話が脱線していた。彰の出生も気になるのだが、優先順位としては女の方が先だ。
眠っている彰を見れば、最初の頃よりは落ち着いて見えるが表情は穏やかとは言えない。
千鳥屋先輩は彰へ近づくとハンカチで額を拭く。その様子をみたクティさんが、マーゴさんに「タオルと洗面器もってこい」と声をかけた。
いそいそと移動するマーゴさんを見送りつつ、私はトキアへと視線を移動する。リンさんは相変わらず使い物にならなそうだし、クティさんはリンさんとトキアがいる手前、喋らないだろう。となれば聞く相手はトキアしかいない。
「そこのところも説明してあげたいけどさ、ナナちゃんたちは門限いいの?」
ニコリと、予想外にあどけない表情でトキアが首をかしげた。その言葉に驚いて香奈が携帯をポケットから取り出す。
私も一緒に香奈の携帯をのぞき込むと、時間は6時を過ぎていた。門限が7時だから、そろそろ帰らないと間に合わないかもしれない。寮母さんは優しい人だが、規則違反には厳しい。笑顔で淡々と長時間にわたり、守れなかった理由を追及されるという、刑事ドラマの刑事よりも恐ろしい事をしてくるという噂だ。
「思ったより遅くなっちゃったし、圭一君は花音ちゃんたち送って行った方がいいんじゃない。僕じゃ見張りにはなっても助けにはならないし。馬鹿はこの通りだし」
そう言いながらトキアはリンさんを見て肩をすくめる。相変わらず心ここにあらずでリンさんは彰を見ている。たしかにこんなリンさんが一緒にいたところで、役に立つとは思えない。
「おじさんには僕から連絡しとくから、とりあえず今日は帰りなよ。案外、明日になったらアキラも元気になってるかもしれないし」
「そんなことって、あり得るの……?」
「世の中、不思議なことが溢れてるからね」
私の問いにトキアは笑みを浮かべながら答える。不思議な存在筆頭のトキアがそういえば私は言い返すことが出来ない。
未だ眠ったままの彰を見ても、私が出来ることなどたかが知れている。千鳥屋先輩のように汗を拭いてあげる。そのくらいのことしかできない。だがそれは、私じゃなくてもマーゴさんやクティさんでも出来ること。私のできることは今この場にはないのだ。
「……明日になったら教えてくれるの?」
「明日もこの状況が変わらなかったらね」
トキアはそういうと、ほら急がないと。と私たちをせかす。
たしかにのんびりしていたらあっという間に門限を過ぎてしまうが、トキアがそれを気にする姿に違和感を覚えた。トキアは私たちが門限を破り、怒られたところで関係ない。罪悪感を覚えるなんて可愛らしい性格をしていないことも知っている。
違和感を覚えても、トキアが何を考えているのかまでは分からない。そのため、大した抵抗もできないまま、私たちはシェアハウスを追い出された。
追い出し係に視線で任命されたクティさんは、心なしか申し訳なさそうな顔をしていたが何も言わない。俺もあいつには逆らえないんだ。察しろ。という反応をされては、私たちも折れるしかなかった。
小野先輩と千鳥屋先輩も納得いかない顔をしていたが、いくら睨んでも中に入れるわけじゃない。クティさんはご丁寧にも目の前で門に鍵をかけていき、しっしと手で追い払われた。早く帰れ。というよりは、さっさと逃げろ。に思えたのはトキアに対して信用がなさ過ぎだろうか。
「……とりあえず、送る」
「一人じゃないし、遠回りしなくてもいいわよ」
小野先輩は自然と千鳥屋先輩と手をつないだ。恋人同士というには甘い空気はないのだが、当然と言わんばかりの自然さがある。熟年夫婦の息に達した2人の仲を今更突っ込むのも面倒くさい。それよりも私は気になることがあり、シェアハウスを見つめる。
二階部分に見える窓にポツポツと灯りがついている。こき使われているクティさんたちが解放されるとも思わないので、2階には私たちが知らない何者かがいたらしい。考えてみればシェアハウスに事前連絡もなく押しかけたのだ。私が知ってる2人しかいなかったなんて都合の良い展開があるわけもない。
私たちが居座っている間、部屋に隠れていたのだろうか。気配すら感じない徹底っぷりは、私たちのような部外者に会いたくなかったのか。それともトキアに会いたくなかったのか。どちらだろう。
「トキアが何者なのか、ちゃんと考えないと」
私のつぶやきに少し前を歩いていた香奈が振り返る。続いて千鳥屋先輩と小野先輩も。
「何でそう思うんだ?」
ただ一人、トキアが見えていない小野先輩が眉を寄せた。
「今回の事件も、羽澤家の謎についても、トキアは真相をしってる。それをあえて隠しているようにしか思えない」
そうなのか? と小野先輩が千鳥屋先輩と香奈へと視線を向ける。2人とも神妙な顔で頷いた。
「……トキア君の雰囲気って同じ立場のはずの彰君と全然違うんです。トキア君は幽霊だからかなって思ってましたけど、それにしても違いすぎる。幽霊になってからも彰君の近くにいて、同じものを見てきたはずなのに」
「香菜ちゃんが言うとおり、生きている人間と幽霊の視点の違いがあるにせよトキア君と彰君には差がありすぎる。彰君も高校1年生にしては肝が据わってるけど、トキア君に関しては異常よ」
「……つまり、全て知っているからこその余裕だってお前らはいいたいんだな」
小野先輩は千鳥屋先輩、香奈、最後に私と視線を合わせた。私たちはそれぞれ頷く。そうとしか考えられないのだ。
「トキア君は明言しなかったけど、否定もしなかったわ。自分がナイフで刺されて殺されたってこと。もし、本当にトキア君が殺されたのなら、普通は恨み節の一つぐらい言うものでしょ。殺されたのよ」
千鳥屋先輩の言葉は重い。普通に生きていれば縁のない言葉。そのために現実味が薄い。しかしトキアは幽霊だ。元気に動いているのを見ているために忘れそうになるが、死んでいる。誰よりも大切にしている大事な兄と話すことも触れることも出来ない。そういう枷を背負っている。
「トキア君……もしかして、最初から自分が殺されるつもりだったんじゃ……」
ポツリと香奈がつぶやいた。小さな声だったのに、私は鈍器で殴られたような衝撃を覚える。香奈を凝視すると、香奈は真剣な顔をしていた。
「そんなことって……いくらトキア君でも……」
「千鳥屋先輩は彰君が羽澤の外にいるのはイレギュラーだって言いましたけど、トキア君はそれが正しい姿だ。そういってましたよね」
香奈の言葉に千鳥屋先輩は頷く。
「トキア君が死んだから、家督争いでトキア君は殺された。そう皆が思ったんです。けど、彰君の言葉を信じるなら、最初に狙われたのは彰君なんですよ」
香奈の言葉に私は目を見開く。言われてみればそうだ。彰は「自分をかばって」といった。つまり最初に殺されそうになったのは彰で、それを阻止しようとしたトキアが代わりに刺された。
「言われてみればおかしい……。双子の上は羽澤内では地位が低い。いえ、ないとい言ってもいいのよ。本家直系の長男でも、双子というだけでいない者扱いにされる。彰君の存在を知っていた人間すら、羽澤内でもごく一部だったはず」
「……家督争いなら、彰を狙うなんて遠回りなことをせずにトキアを狙った方が早いというわけか」
小野先輩の言葉に私は頷く。だが、実際に狙われたのはトキアではなく彰だ。となると理由は……。
「家督争いというよりは嫌がらせ目的の方が強くなるわね」
「嫌がらせ!?」
千鳥屋先輩の口からとんでもない言葉が聞えて、私は驚いた。
「まさか!? 嫌がらせだけで8歳の子を殺そうとしたんですか!?」
「悲しい事に、ありえない話じゃないのよ。羽澤家って歴史も古いし、強引な手段で一族を大きくしたって話もたくさん残ってるわ。羽澤内部も本家、分家が入り乱れてるし、家系図もぐちゃぐちゃ。どこで誰がどんな恨みを抱いててもおかしくないのよ」
「……現当主は恨まれるような性格だったのか?」
「いえ。とても良い人だって聞いてるわ。響様が当主になってから閉鎖的だった羽澤も、他の家を受け容れ、他の家と協力する姿勢を見せた。一族内でも派閥が別れてるから、意思統制に苦労しているみたいだけど、実行しようとする心意気だけでも今までの当主とは違うって羽澤外からは評価が高いのよ」
千鳥屋先輩の言葉に私は失礼ながら驚いた。写真でみた羽澤響という人間は容姿が整っているだけに冷たい印象を抱いたのだ。羽澤家というわけの分からない一族の当主。彰が苦しんでいる原因の一端を持っているかもしれない人。そういう点で私は勝手に敵対心をもっていたのかもしれない。そう思うと、勝手に疑ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「だけど、それは今の話。当主になる前は、さして目立った印象もないというか、目立つのが嫌いで表に出ないようにしていたって話」
「それなのに兄たちを追い出して当主になったのか?」
「状況が変わったのよ。響様が当主になるべく動き出したのは、トキア君がなくなった後。あの事件がなければ、響様は未だに目立つことなく、当主は変わらずに響様の兄がついていたでしょうね」
「ってことは……」
私は嫌な予感に背筋がひやりとする感覚を覚えた。
彰が殺されそうになったのは家督争いではなく嫌がらせ。トキアではなく彰を狙ったのは、双子の兄である彰は表向きいない者とされているためだろう。存在を隠されている彰が死んだ場合、羽澤響が表立って悲しむことはできない。殺した方も表面上は罪には問われない。最低だが嫌がらせとしては効果的だ。
しかし犯人の目論見とは異なり、亡くなったのはトキア。それにより事件は明るみになり、羽澤響は堂々と行動――復讐が出来た。その結果が、兄を一族から追い出して自分が当主になった現状だとすれば……。
「彰君を殺そうとしたのは、追い出された兄たちの誰か。または全員だったってことね」
千鳥屋先輩の言葉に私は息が詰まる。
「……その計画に生前のトキアは気付いて、彰の代わり自分が殺された……?」
あり得るのか? と小野先輩は険しい顔をする。トキアが見えない小野先輩からすれば、トキアの情報は私たちから口頭で告げられるのみ。8歳の子供。その情報だけ見れば、小野先輩のようにありえない。そう思うだろう。
しかし、私はトキアをこの目で見ている。
「やるでしょうね、トキアなら……。彰の身代わりに自分が死ぬくらいのこと」
それだけの執着は、見えるようになっての短い間でもひしひしと感じている。いや、見えるようになる前からトキアは、彰の中に巣食っていた。トキアの存在を知る前から、彰の中にある影として私に存在を見せつけていた。死んですらあれほどの執着を見せるトキアが生前、何もせずにいるとは思えない。
「……じゃあ何で、トキアは父親に言わなかったんだ。いや、他にも手はあっただろう。お前らの話を聞く限り、その考えが浮かばないとも思えない。信じてもらえないにせよ、大人を誘導する力ぐらいありそうに感じるが……」
小野先輩の言葉に私は固まった。そうだ。トキアならばそのくらいのことはできたはずだ。リンさんが羽澤の悪魔と呼ばれ、発言力があったと聞く。そのリンさんに協力してもらえば、大人くらい動かせたんじゃないか。リンさんに直接彰をかくまってもらえれば、誰も文句を言わなかったんじゃないか。彰が殺されそうになる事態も、トキアが死んでしまった事実も全て未然に防げたんじゃないのか。その可能性をトキアが思いつかないなんてありえない。
そこまで考えたところで、私は信じられない考えが頭に浮かんだ。
「……トキア君、本当にわざと死んだの……?」
3人の視線が私に突き刺さる。
香菜は視線をさげ、険しい顔をする。千鳥屋先輩は瞳が揺れ、小野先輩は信じられないと頭をふる。それぞれ異なった反応を見せるが、誰も私の考えを否定はしてくれない。
出来る材料がない。なぜなら、考えれば考えるほどにトキアが現状死んでいる理由として、これ以上にしっくりくる理由が思い浮かばないのだ。
「……何考えてるの、アイツ……」
全ての事象がトキアの手のひらの上なのかもしれない。そんな嫌な考えに私は震えた。
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