3-7 厄介な一族

「何で彰君が羽澤の外のいるのか、正直私も分からない。双子であることもそうだし、現当主の息子であることもそうだし、能力的に考えても羽澤家が外に出したがるはずがないの。双子を隠し育ててきたのは羽澤にとっては負の歴史。関係ない人間に気づかれるような機会は極力減らしたいはず」

「百合先生が、彰はなるべく目立たないようにこの学校に来た。そういってました。私たちと会わなかったら、授業に参加しないまま高校卒業の資格だけもらうつもりだったって」


 香奈の言葉に千鳥屋先輩は眉を寄せる。


「その方が安全だったでしょうね」

「安全って! それじゃ、彰はずっと隠れて過ごした方がよかったってことですか」


 千鳥屋先輩の言葉に驚いて、私は思わず身を乗り出す。千鳥屋先輩が言っているのは一意見。それが分かっていても、彰が隠れて生きなければいけない。そう言われるのは納得がいかなかった。


「七海ちゃん。彰君は一度殺されかけてるのよ?」


 そんな私に対して千鳥屋先輩は冷静に答えた。駄々っ子を諭すように、落ち着いた口調で私の目を見てゆっくりと話す。冷静な千鳥屋先輩を見るとメラメラと燃えていた私の怒気が消えていく。同時に、今まで気付かないふりをしていた事実を突きつけられたことに気づく。


「羽澤トキアは事故死ということなってるけど、家督争いからの殺害じゃないかって当時から噂になってたわ」

「で、でも、トキア君は当時8歳ですよね?」


 香奈の驚いた声に私も同意した。家督争いというのはもうちょっと年齢が上になってから始まるものじゃないのか。まだ2ケタにもなってない子供を殺害なんて、正気とは思えない。


「羽澤家において年齢なんて関係ないのよ。生まれた瞬間に上に立つ人間とそうでない人間は決まっているようなもの。本家と分家。双子かどうか。そして、悪魔と呼ばれる存在に好かれるかどうかね」


 そこで千鳥屋先輩は初めてリンさんへと視線を向けた。黙り込んでいたことですっかり存在を忘れていた。

 千鳥屋先輩の意味ありげな視線で思い出す。リンさんは「悪魔」と呼ばれていた。

 普段であれば隙を見て茶々を入れそうなリンさんは眉間にしわを寄せて黙り込んでいる。その隣でクティさん、マーゴさんが居心地悪そうな顔をしていた。クティさんは私たちと視線を合わせないように天井を見上げているし、マーゴさんは落ち着きなく視線をさまよわせている。


「羽澤という一族には色々と不可思議な伝承があってね。呪われた双子。呪った魔女。そして、いつのまにか住み着いていたと言われる悪魔ね」

「悪魔だけ関係なくないか?」


 小野先輩が眉を寄せる。

 たしかに小野先輩の言う通り、悪魔だけ関係性が薄いように思える。呪われた者と呪った相手。その2組がいれば他の第三者が入り込む隙間はないように思える。


「そこに関しては私も詳しくしらないわ。いつの間にか住み着いてて、いつの間にか一族に助言したり、からかったりするポジションにいたらしい。ってくらいしか」

「からかうのか……」

「悪魔なんて呼ばれてるのよ。いい面ばかりなはずがないでしょう」


 千鳥屋先輩の言葉に私はリンさんをもう一度見る。リンさんは先ほどと変わらない顔をしているが、リンを見るトキアの表情がやけに楽し気だ。愉快なものを見たというような意地の悪い顔でニヤニヤしている。ここの関係は相変わらず謎だ。


「悪魔なんて呼ばれてる存在に好かれなきゃいけないんですか?」


 香奈が不思議そうな顔をした。香奈が調べたものに「悪魔」の話は含まれていなかったらしい。真面目な話だからと自重しているようだが、隠し切れない好奇心が透けて見える。それに千鳥屋先輩は小さく笑う。しかし、すぐに表情を引き締めた。


「この悪魔と呼ばれる存在は、羽澤の中では信者がいるほどに影響力が強いのよ。理由は悪魔に好かれた人間が次の当主になるから」


 千鳥屋先輩の言葉に私は目を丸くした。香奈も予想外の事だったらしく驚いた顔で固まっている。小野先輩は難しい顔で腕組みをした。


「羽澤の悪魔は気に入った人間を手元に置き、手を貸し、時には守る。そうして守られた子供は羽澤の中でも当主にふさわしい存在へと成長する。悪魔に気に入られるか否かで、羽澤の中での地位は決まってしまうも当然なのよ」

「……えっ、じゃあトキアはリンさんに好かれてたから殺されたんですか!?」


 私は思わずトキアとリンさんを見る。トキアはともかく、リンさんはトキアの事を気にかけている。彰と同じ。もしかしたらそれ以上に、一言では説明できない情を持っている。それは今まで何となく分かった。


「羽澤内で特別視される条件としては十分ね。しかもトキア君は双子の片割。羽澤家を革新させた代々の当主は双子の片割だったって話だし、トキア君が幼くして次期当主候補として意識されたのは自然の流れだったのよ」

「代々の当主は双子の片割なの……?」


 千鳥屋先輩がさらりと告げた言葉に私は驚いた。

 羽澤家は魔女に呪われたから双子の片割を隠す。しかし代々の当主は双子の片割である。つまり隠されなかった方は一族の上に立ち、隠された方はずっと日陰で生き続けた。そういう事なのか。

 私の考えを読み取った千鳥屋先輩は頷いた。


「七海ちゃんの考えている通り、彰君とトキア君で考えると、本来であれば表舞台に出るべきはトキア君。裏で人知れず生きるはずだったのが彰君。つまり今の状況は羽澤の長い歴史の中でもイレギュラーなのよ」

「イレギュラーじゃないよ。むしろ正しい姿」


 やけに浮かれた口調で口をはさんだのはトキアだった。

 峠は越したのか呼吸が落ち着いてきた彰の頬を撫でながら、トキアはうっとりとした表情をしていた。子供を見る母親のようでも、愛おしい恋人を見る女のようでも、自分の命をなげうってでも大事なものを守ろうとする男のようでもある。愛というには煮詰まりすぎた感情に私は息がつまる。


「上に立つのは兄の役目さ。ただ兄がいなかったから、仕方なしに弟が立っただけ。兄が戻る場所、立つ場所を用意しただけに過ぎない。最初からね、求められるべきは兄であり、弟はおまけにしか過ぎなかったのさ」


 トキアはそういうと彰の額を撫でる。優しい手つきなのに、どこか恐ろしく感じるのは何故なのか。子供とは思えないような抑揚のない声で、子供とは思えない言葉を吐き出す姿が恐ろしいのか。


「全て正しき姿に戻っただけ。今となっては羽澤の方がイレギュラー。いや、用なし? 自分たちが生まれた意味も知らずに、生まれた意味をそうとは知らずに苦しめてるんだから、むしろ消し去った方がいいのかもしれない……」


 彰を撫でながらトキアはブツブツと意味の分からないことを呟き続ける。その姿はこの世のものとは思えない。憎悪が人の形をとったらこういうモノになるのかもしれない。知らず知らずのうちに握り締めた手が震えていた。


「役目は終わったんだから、この後アイツらがどう生きようと自由だろうが」


 黙っていたリンさんが突然口をはさんだ。焦った様子でトキアに食って掛かる姿がはらしくない。クティさんも虚をつかれたような顔でリンさんを見ている。

 トキアはゆっくりとリンさんへ視線を向けた。子供らしい大きな瞳がリンさんをみる。何だか食べられそうな目だと思った。見ているだけの私が恐怖を覚えたのだから、直接見られたリンさんはさらに怖かったのかもしれない。一瞬怯えたように私には見えた。


「お前、ずいぶん優しくなったね。悪魔のくせにさ」


 瞳は狂気で輝いているのに、トキアの口元だけが弧を描く。歪んだ表情に小さな悲鳴があがった。見れば香奈が私の服の裾を掴んでいる。マーゴさんも気付けばクティさんを盾にして隠れていた。


「偽善者ぶるなよ。お前が気にかけてるのは響だけだろ。家族ごっこがずいぶん楽しかったみたいだけど、あんなのただのお飯事。お前が感じてる感情は全部、お前が今まで食ってきた奴らのモノ。他人のモノを自分のモノだって勘違いするのも大概にしなよ。化け物が」


 トキアはそういうとリンさんから視線をそらした。いうだけ言って興味を失ったようでリンさんには見向きもしない。ただ彰の頬を額を、優しく撫でる。先ほどまで狂気に歪んだ顔をしていた人物と同一とは思えない、慈愛に満ちた顔を浮かべて。

 だからこそ、私は震えが止まらなかった。


 リンさんが息を吐き出す。知らず知らずのうちに止めていたのだろう。長い息を吐き出して、それから唇をかみしめる。その顔は今にも泣き出しそうで、私は見てはいけない物を見てしまった。そんな気まずさを覚えた。


「……前々から思っていたのだけど、トキア君、貴方は何者なの」


 千鳥屋先輩が真っすぐにトキアを見ながら問いかける。この空気の中、話を続ける千鳥屋先輩の度胸に私は驚いた。そして何よりも頼もしく思う。

 小野先輩はトキアが見えなくても重苦しい空気は感じているのか、落ち着かない様子で腕をさすっている。香奈は相変わらず私に隠れたままだが、真っすぐにトキアを見ていた。


「彰を世界一愛している、双子の弟だよ」


 トキアは千鳥屋先輩に対してニコリと笑う。先ほどまでの禍々しさが鳴りを潜めた姿は子供らしい愛くるしさがある。しかし、それが虚像だと知っている私は、答える気はないというトキアの意思をしっかりと受け取った。


「……トキア君は秘密主義者ね」

「いう必要がない事は言わない主義なだけだよ」


 全く持って食えない。

 私はため息をつき、改めて彰を見る。先ほどよりは落ち着いて見えるが、未だに予断は許さない状況だ。


「話をまとめると、羽澤家というのは複雑で面倒で厄介な一族ということでいいのか?」


 全員の気が抜けたところで小野先輩が腕を組んだまま首を傾げた。それに対してクティさんが眉を寄せた。


「大体あってる……」

 あのクティさんを心底疲れさせる一族。それだけで答えとしては十分な気がする。

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