6-2 人外目線
「だ、騙されるんじゃねえぞ! こんなの嘘だからな!」
尾谷先輩はそう叫んでリンさんを指さすと、チラッと左右のクティさんとマーゴさんを見た。サングラスを付けているために表情は分かりにくいが、クティさんは面倒くさげでマーゴさんはニコニコ笑っている。目元が見えないのに口元だけ笑っている姿は遠目にも怖い。尾谷先輩の肩が跳ねた。
「ほぉー? いきなり難癖つけてきたってことは、それなりの根拠があんだろうな?」
リンさんがニヤニヤ笑いながら尾谷先輩を見返す。完全に面白がっている。「なに、なに?」「どういうこと?」と周囲のざわめきが大きくなり、それにリンさんは満足げに目を細め、マーゴさんは笑みを深くし、クティさんは疲れた顔をした。
尾谷先輩だけがオロオロしている。完全なキャスティングミス。というか、なんで尾谷先輩が巻き込まれてるんだ。小野先輩はどうした。
と思って周囲を見渡せば、いつのまにか岡倉さんの隣で世間話に花を咲かせていた。尾谷先輩が悲痛な視線を向けたが完全に無視である。薄情な……。
「こ、根拠……えっとだなあ……」
「根拠も何も、神なんてもんがいるわけねえだろうが。頭おかしいんじゃねえ?」
しどろもどろになる尾谷先輩の言葉を引き継いだのはクティさんだった。
お前がいうな! ととっさに私は叫びそうになり、何とか自分の腕をつねることで我慢する。私の葛藤を知ってか知らずか……。いや、知ったところでたいして気にしないだろうクティさんは、尾谷先輩を引きずるようにしてやぐらの上に上がった。
引きずられる尾谷先輩の悲痛な表情を見て、やめたげて! 解放してあげて! と私は心の中で叫ぶが、クティさんは無情にも尾谷先輩を前に押し出す。
結果的にリンさんと至近距離で見つめ合う形になった尾谷先輩は引きつった顔をする。
リンさんは背が高い。そのうえに上から下まで真っ黒コーディネート。好青年とはお世辞にもいえずに、怪しさ満載。不気味な赤い瞳に見下ろされ、ただでさえ小心者の尾谷先輩に勝てる要素などない。
「頭おかしいなんて、ずいぶん罰当たりなこというなあ?」
「アンタこそ神様信じてるわりには見た目がうさんくせえんだよ。新手の宗教勧誘か」
尾谷先輩を前に押し出しながらクティさんが強気なことを言う。それ日頃の憂さ晴らしでしょ。尾谷先輩が間にいるし、演技だからって体裁とって日頃思ってることいいたいだけでしょ!
私が分かるのだから感情が分かるリンさんが気付かないはずもなく、先ほどの愉快気な顔からすると不快さがにじみ出た笑みを浮かべる。同じ笑みでも温度が全く違う。
お前、格下のくせにいい度胸してやがるなと温度のない瞳がつげているが、クティさんはあくまで演技だからー。俺の本音じゃないからー。という体裁をとって生贄である尾谷先輩を前へと押し出した。
可哀想なのは尾谷先輩だ。装備なしでいきなり魔王戦に挑むような状況。しかも味方はゼロ。形だけのパーティーメンバー、クティさんは自分を盾にしているし、マーゴさんはオロオロしてみているだけ。全く頼りにならない。四面楚歌。
尾谷先輩に対してこれといった感情を抱いていなかった私ですら同情したがリンさんとクティさんは尾谷先輩を間に挟んだままヒートアップしはじめた。
「はあ? 宗教勧誘? 失礼なこというな。これはれっきとした事実。この地方に残る歴史書にもかいてあることだ」
「歴史書なんて本当かどうか分かったもんじゃねえだろ。書いた本人は死んでるし、当時を確かめる方法なんてねえ。嘘ならべたてられたって今の俺たちにはわかんねえよ。それを都合よく利用してんのがおめーらだろ」
「そ、そうだ、そうだ……」
尾谷先輩が力なく合いの手を入れた。よく分からないが尾谷先輩たちが否定派。リンさんが肯定派で、ディスカッションをする目論見らしい。
リンさんだけだと胡散臭いから、現実主義の意見を入れることで信憑性を持たせようということなのかもしれないが、これではただの喧嘩である。
「おめーら見てえな不届き者のせいで、神の権威が落ちるんだ。おかげで商店街はつぶれる、この学校だって最盛期の人気はねえ」
「んなもん時代に乗り遅れただけだろうが。今時、神だ妖怪だなんて時代錯誤すぎんだよ。んなもんただの勘違い、幻覚、心の病、自然現象! 昔の人間には科学的知識がなかっただけの話だ!」
クティさんのいう事は現代人としては最もなのだが、あんたが言いますか。科学で証明できない、不思議生物筆頭がそれをいいますかと私の表情が引きつる。
リンさんの話に不信感を覚えていた人々は「そうだ、そうだ」と合いの手を入れているが、あなたたちが合いの手入れてるの人ならざる者ですからねと教えてあげたい。
やぐらの上でオロオロしている尾谷先輩は下ろしてあげたいし、マーゴさんは止める努力ぐらいしたらどうなのか。
岡倉さん! 小野先輩! どういう事なんですかこれ! と私は必死に視線を送るが二人は相変わらずのん気にしゃべっている。二人の間だけ異空間に思えるほど空気が穏やかだ。
宮後さんたちは止めるべき? 見守るべき? と困った様子でリンさんたちを見つめている。筋肉質だし、顔は怖いし、フリル付きエプロンは趣味が悪すぎるが、この場において唯一の良心といっていい。
このまま何も見なかったことにして、白猫カフェで猫と戯れてもいいだろうか。いや、そうしよう。私は学校になんて来なかった。
「お前だってそう思うだろ!」
私が現実逃避している間に、クティさんはついに尾谷先輩を巻き込んだ。尾谷先輩は、えぇ!? 俺!? という顔をしている。やめたげて! と私は心の中で叫んだ。
「神なんているわけねえよな! んなもんがいるなら、世界はもっと明るいと思わねえ?」
「いやいや、神だって万能じゃねえ。そうやって神は万能だなんて勘違いするからダメなんだよ。人間は他力本願すぎる」
「んなことねえだろ。自分よりも優れた存在がいたら頼るのが当たり前だ」
「そんなんだから発展性がねえんだよ、人間は!」
人外たちが人間に対してディスカッションするという意味わからない状況に私は眩暈を覚えた。お前らには言われたくないというのが紛れもない本音である。
それにクティさんはどこの視点にたってモノをいっているのか。日頃の人間を小ばかにした態度はどこに行ったのか。
「なあ、どう思う? 人間は無能か有能か?」
「無能だよなあ?」
いつのまにか神の有無ではなく、人間の評価に議論はさしかわっていた。放置されていたのにいきなり意見を求められた尾谷先輩は引きつった顔で後ずさる。それを逃がさないとリンさんとクティさんは詰め寄った。
青ざめる尾谷先輩がひたすら可哀想である。
「知らねえよ! 神がいようがいまいが俺には関係ねえし! っていうか、さっきからお前らがいってること意味がわからなすぎんだよ!つうか、何で俺こんなことしてんの!? いつのまにか協力させられてるし!? 何でこうなった!?」
やっと現状の不自然さに気づいたのか、尾谷先輩が絶叫した。その姿を見て私は今気づいたのかと思いつつも、心底同した。
ただ小野先輩に彰と百合先生の愚痴をいっただけなのに、人外に挟まれて大勢の人の前で見世物になる状況になってしまったのか……。
クティさんがピタリと動きをとめて、じっと尾谷先輩を見た。リンさんも先ほどまでの熱が嘘のような無表情で尾谷先輩を見る。
「選び取ったのがそれなら、こうなるよなあ……」
「ある意味純粋だけど、バカな思考回路してんなあ」
「なにから目線だてめえら!」
尾谷先輩の絶叫に私は引きつった笑みを浮かべた。なに目線かといえば上から目線。さらにいうなら人外目線。
神の権威は地に落ちたなんて言ってたけど、どこがだ。単純に気づかれてないだけで、十分場をかき乱してるじゃないか。そう思って私はため息をつく。
これが時代の変化。そう、一人納得してしまう。
昔のように誰もが知る、大々的に崇め建てられる神ではなく、都市伝説のように曖昧に、それでも確実に伝えられていくのが今の人外。時代の変化に彼らは適用して生きてきた。そうやって生き残ってきた側から見ればお狐様や子狐様のやり方が古臭いというのは確かだろう。
だが、そんな事情、現代を生きる多くの人間にとってはあずかり知らぬ話である。
この場にいる人間のほとんどだって、リンさん、クティさん、マーゴさんが人じゃないなんて想像すらしていないに違いない。
なのになぜ私は知ってしまったのだろうか。
ギャーギャーと騒ぐ尾谷先輩の声を聞きながら、私は現実逃避に空を見上げた。
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