6-3 真打登場

「ああ、くそ! なんか無性に腹立ってきた! 俺はなあ! あの佐藤彰とかいうやつと、先公をぎゃふんと言わせたかっただけなんだよ! 商店街復興とか知るか!」


 尾谷先輩が叫ぶ。青筋が浮かんだ顔を見ると本気でキレている。現状の理不尽さを思えば仕方ないのかもしれない。

 事情をしらない他の生徒からすれば突然キレだした危ない人だが、事情が分かっている私からすると可哀想でしかない。何でこんな人外だらけの場所に紛れ込んでしまったのか。あまりにも不運である。


 彰に関わってしまったのが運の尽きだったのだろう。尾谷先輩と比べるとまだましだが、私も振り回される立場のため気持ちは察せられる。


「神、妖怪、オカルト! 聞いてりゃ意味わかんねえことばっかり言いやがって! お前ら皆頭おかしいんだよ! んなもんいるわけねえだろうが!」


 そういって尾谷先輩はビシリとリンさんとクティさんを指さした。残念ながらその二人は、いるわけねえと否定したオカルトなのである。

 マーゴさんはオロオロした様子で尾谷先輩とリンさんたちを見比べているが、リンさんとクティさんは余裕の表情だった。人間ごときとでも思っているのだろう。


 口元はゆるかに弧を描いているが、リンさんの瞳は怪しく光っている。サングラスで表情が見えにくいが、クティさんの口元も笑っているように見えた。

 この二人、妙なところで似ている。せめてマーゴさんにケンカを売れば大目に見てくれただろうに。私は心の中で黙とうした。尾谷先輩……不憫な人でした……。


「神なんて存在しないか……じゃあ、証拠を見せてみろよ」


 リンさんは悠然とほほ笑む。そこには強者の余裕が感じられた。言われた尾谷先輩はポカンと口をあけて固まっている。少しは狼狽えると思っていたのだろう。全く動じた様子のないリンさんをみて尾谷先輩の方が慌てだした。


「しょ、証拠?」

「ああ、証拠だ。そこまで騒ぐんだから証拠があんだろ? 神も妖怪も幽霊も。全て存在しないという証拠」

「証拠もなにも、いないもんはいないだろ……」

「お前、祠の神に会った事あるだろ?」

 

 そうリンさんが言ったとたん、尾谷先輩の動きが不自然に止まる。明らかな動揺をみせた尾谷先輩を見て、リンさんは舌なめずりをした。


「忘れてねえだろ? 祠を壊して、神の怒りを買った日の事。黒い影に追いかけまわされて、危うく死にそうになったこと」


 何でと尾谷先輩の目が見開かれる。私も思わず香奈の方を見る。香奈も私の方を不安そうに見つめていた。

 リンさんは何で知っているんだろう。彰がわざわざ言うとは思えない。ということは子狐様に聞いたのか。それとも読み取ったのだろうか。感情をよむという力で。


 そう思った瞬間に、嫌な感覚が体を走り抜けた。

 不安で落ち着かない。全てを暴かれるような、じっと後ろから見られているような不快感。リンさんと直接向かい合う形になった尾谷先輩は、私以上に恐怖が強いらしく、引きつった顔で後ずさる。


「覚えてるだろ? 忘れたとは言わせねえ。お前は神に会ったことがある。この世界には人ならざるものが生きている。その真実を知っている。ただ、認めたくないだけだろ。自分の命を簡単に奪える存在が身近にいることを」


 リンさんの言葉は尾谷先輩だけでなく、聞いている周囲の人間にも突き刺さった。不安そうな顔をするもの、そんなわけがないと頑なに否定するもの。反応はそれぞれだが、心がかき乱されるような感覚は皆感じているようだった。

 そんな周囲の反応を見て、リンさんは舌なめずりをする。極上の食べ物を前にしたような、恍惚とした表情はさらなる恐怖をあおるには十分。

 香奈が私に抱き着き、小宮先輩が青ざめる。重里は小宮先輩を守るように抱きしめながらリンさんをにらみつけた。


「お前……何者だよ!」


 尾谷先輩が震える声でリンさんを指さした。恐怖を必死に押し隠し、何とか虚勢を張っていると分かる。足は震え、今にも逃げ出したくて仕方ないと伝わってくるが、辛うじて耐えているのはなけなしの意地だろうか。その姿を見て、マーゴさんとクティさんが同情の視線を向けた。何故だろうと私は思ったが、すぐに心底楽しそうに笑みを深めたリンさんを見て理解した。


 子狐様とリンさんは同じ人外ではあるが、性質がまるで違う。根が優しい子狐様は怯える人間を見ると良心を痛めるが、リンさんには情などない。怯える姿を見て良心が痛むどころか、興奮すら覚えていそうな顔で尾谷先輩を見た。


「俺か? そうだなあ、人によってはこう言われたな」


 そうリンさんがニヤリと笑った瞬間、いきなり宮後さんや小野先輩が動き出した。岡倉さんが見ていた何に使うか分からない機材を動かし、やぐらに向けてセットする。

 周囲が混乱している間に、リンさんはぐるりと周囲を見渡した。おそらく観客の反応と機材の位置を確認のだろう。全てが思い通りにいたのか、にんまりと笑うと高らかに宣言する。


「悪魔。人は俺をそう呼んだ」


 そうリンさんがいった瞬間、パンっと音が響いた。手と手を叩き合わせる、何度か聞いたことがある音。この音はもしや、そう思ったと同時に視界がぐにゃりと曲がる。周囲から悲鳴が上がった。私と香奈以外は何が起こったのか分からなかっただろう。浮遊感と眩暈が一瞬して、気付けば周囲は赤く包まれている。

 マーゴさんが作る異空間の中だった。


「ようこそ、俺たちの世界へ!」


 そう言ってリンさんが両手を広げると、黙って事態を見守っていたクティさんとマーゴさんはサングラスを外してリンさんの後ろに回る。違和感なく収まったクティさんとマーゴさんを見て、周囲も悟ったらしかった。クティさんとリンさんの言い合いはただのパフォーマンスで、最初から向こう側。人ではない存在だったのだと。


「な、何なんだよ! お前ら!」


 やけくそ気味に尾谷先輩が叫ぶと、クティさんが面倒くさそうな顔をする。マーゴさんは苦笑。同情しているようにも見える表情だが、場の異様さゆえにそれすらも恐ろしい。


「人間の姿をした人ではない存在。ちゃんと説明してただろうが、聞いてなかったのか?」


 クティさんの嘲りに尾谷先輩は震え、周囲の混乱も大きくなる。何だこの状況は。まさか本気でリンさんたちは私たちを食べる気なのか?

 事情を知っている私と香奈ほどの恐怖はないだろうが、周囲も状況のまずさに気づき始めている。叫んだり逃げたり、恐慌状態に陥らないのは事態を呑み込めていないからだろう。


 視界の端で岡倉さん、小野さん、宮後さんたちが黙っているのも状況をさらに不可解にさせている。

 何かのパフォーマンスの一環にも見えるが、もしそうでなかったら? という不安がふつふつと湧き上がり、爆発寸前だということはひりついた空気で嫌でも察せられた。


 リンさんたちは、小野先輩も何をしたいんだ。というか彰は本当に何してるんだ! アイツの差し金だろ!そう私が思った瞬間、赤い景色の中に炎がともった。


 青白い炎が、ボッボッと音を立てて、周囲を取り囲むように順番に現れる。その炎が現れる場所に小野先輩と宮後さんが何かの機械を向けていた。

 空中に漂う炎は間近でも熱くない。青や紫、赤などがまじりあって揺らめく炎を見ても、なぜか恐怖はわかない。それどころか美しい。そんな感情が湧き上がる。

 綺麗というつぶやきが周囲から聞こえた。見渡せば多くの生徒が炎に目を奪われていた。


 小野先輩と宮後さんの動きによって、機械による何らかの演出。そう思ったのだろう。観客は先ほどよりも落ち着いて見えた。

 小宮先輩は「すごい、すごい」とはしゃいでいて、重里は納得がいかないのか眉を寄せている。それでも何もいわないのは小宮先輩を不安にさせないためか、重里自身も何なのか確証がもてないためか。


 仕組みはまったく分からないし、おかしな点はあるとしてもオカルト現象と認めるよりは機械による演出だと思った方が安心する。そういう心理を利用するため、わざとらしく仰々しい機械を持ち込んだのだと気付く。


 だが、私と香奈はしっている。これは機械による人工的なものではない。正真正銘、種も仕掛けもないオカルト現象。子狐様の炎に違いない。


 こんな計画をたて、実行する人間なんて私が知る限り一人しかない。

 出てくるならこのタイミングだろう。そう思って私がやぐらへと視線を向けると、どこから現れたのかいつの間にやら白い布をすっぽりかぶった人物が立っている。


 尾谷先輩は炎に驚いたのか、いつのまにか現れた人間に驚いたのか腰を抜かしていた。リンさんたちも驚いた顔をしているが、おそらくは演技だろう。リンさんのリアクションは大げさすぎるし、クティさんはめんどくさそうだ。マーゴさんが一番自然に見えるが、これは純粋に驚いているのかもしれない。人外サイドは協調性を身に着けろ。


「悪しき存在が子狐様の領域に足を踏み入れるとはなんと愚か」


 聞きなじみのある、男にしては高く、女にしては低い中性的な声。布越しだというのに妙にクリアなのは拡張機でも使っているのかと思ったが、彰ならばそんなことをしなくても自力で出来そうだ。


「ここは聖なるお山。人と妖怪が混ざり合い、共存する、数少ない聖域。そんな場所を汚すことなど」


 布をかぶった人物は勢いよく布をはぎとった。赤い空間の中でまばゆさすらも感じる白い布が宙を舞う。その中から現れたのは、私にとっては予想通りの人物。普通に立っているだけでも神聖さを感じる容姿は異様な状況の今、いつも以上の神々しさを感じさせる。観客は息をのみ、目を奪われる。慣れている私ですら目が離せないのだから抗う術などない。


「お狐様の使いである私が許しません」


 凛とした表情で彰はリンさん、いや私たちに宣言した。自分こそが神の使いであると。

 その姿を見て私は、茶番劇が終盤にさしかかったのだと理解した。

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