5-3 不純物

 視線に耐えられなくなったこともあるし、彰のことが気になったこともあり、私と香奈は早めに寮を出ることになった。子狐様のところで時間をつぶそうと考えながら歩いていると、校門の前に人だかりができていることに気が付いた。


 一般的な時間としてはまだ早い。寮生が多いうちの学校は、ギリギリまで寮でのんびり過ごす生徒も多いため、他の学校に比べても登校はゆっくりだ。

 何よりも校門の前というのが不自然。


 香奈と顔を見合わせた私は興味本位で近づいた。何となく胸騒ぎというか、知っている人間がいる気がする。そういう直感が働いたからだ。


 のぞいた結果、自分の直観はあたるらしいと顔をしかめた。


 校門の脇に昨日帰ってきたときにはなかったやぐらが建てられていた。大きな木材をロープで縛って固定した簡易的なものだが、学校には縁遠い大柄の男たちが声を掛け合い作業している姿は異様だ。しかも筋肉質の見た目に反してつけているのはフリル付きのエプロン。異様を通り越して、もはや怪奇。


 そのエプロンに「白猫カフェ」という可愛いロゴマークがあるのを確認して、私は確信した。確実に彰の差し金である。


 設計図らしきものを見ながら指示を出しているのは宮後さんに間違いなく、作業している男たちにも見覚えがある。

 わざわざエプロンをつけてきたのは宣伝のつもりなのか。いい方向に働くかは謎だが、インパクトとしては成功している。忘れようにも忘れられない光景だ。


 それにしても何してるんだとさらに観察すると、やぐらの奥に岡倉さんとリンさんの姿を見つけた。私には何だか分からない機械を並べて、やはり図面をにらみつけている。


 ちょっとまて。商店街の活性化について話してたんじゃないのか。何で急に学校で謎のやぐらを組んでるんだこの人たち。

 すぐさま問いただしたいが、どこから突っ込めばいいのか分からない。迷っていると隣に人が近づいてくる気配がした。


「おはよう、香月さん」


 朝日をさらにきらめかせる笑顔を向けてきたのは小宮先輩。近頃は会う機会がなかったが相変わらずのイケメンだ。予想外の登場に驚いていると、その奥に学校には縁のない人物がいることに気づく。

 小宮先輩の斜め後ろ。影というにはいささか存在感がつよい小柄な女性がたっている。今時珍し綺麗な黒髪に、清楚で落ち着いた雰囲気のロングスカート。頭には日差しよけに白い帽子をかぶっており、いかにもお嬢様といった雰囲気の女性は、重里玲菜に違いなかった。


「何で重里さんがここに……?」


 挨拶に返す余裕もなく疑問が口から出る。

 無視された形になったというのに小宮先輩は気にした様子もなく、嬉しそうに笑った。最愛の彼女を紹介するのが嬉しくて仕方ないという締まりのない表情を見て私の頬が引きつる。


 見た目だけ見たら美男美女だし、事情を知らなければ祝福するんですけどと未だに複雑な心境になる。

 周囲は「小宮先輩の彼女? 美人」「お似合い」と好意的な意見が多いらしい。どこか浮かれた空気が伝わってくるのに比べるて私と隣にいる香奈の表情は険しい。

 私たちの方が浮いているだろう自覚はあるが、彰のように綺麗に猫はかぶれない。


 小宮先輩は少し不思議そうな顔をしたが、私と香奈の反応の理由に気づいているはずの重里の表情は変わらない。表面上はおだやかな、美しいほほ笑みを浮かべている。

 ハッキリいって怖い。彰とは別種の威圧を感じる。


「佐藤君が見せたいものがあるから、玲菜さんも一緒に是非ともって」


 ほほ笑みを浮かべていた重里の表情が、佐藤という名前を聞いた瞬間、少しだけ歪んだ。すぐさま笑顔を取り繕ったが、先ほどに比べると固く見える。苦手意識はもってるんだと少しだけ安心を覚えた私は、次は小宮先輩の発言に首をかしげた。


「彰君が?」

「どうしても玲菜さんに協力してほしいことがある。無理いって悪いけどって昨日メールが来たんだよね。佐藤君にはお世話になったから、ぜひ協力したいなって。ね、玲菜さん」


 小宮先輩は屈託なく重里に笑いかけた。重里はそれに対して「そうね」と笑みを返したが、内心は今すぐ帰りたくて仕方ないだろう。それを綺麗に隠しているところには感嘆する。彰といい勝負ではないだろうか。

 口に出したらお互いに嫌な顔をするだろうが。


 それにしても、いくら小宮先輩に言われたからといって宿敵といえる存在に会いにくるとは。それだけ小宮先輩への愛が深いのか、それとも断ると後が怖いという彰への恐怖か。


 可哀想にと一瞬思ったが、重里のやったことを思うと、仕方ないという気持ちが勝った。彰がやることはめちゃくちゃだが、重里に関してだけは小宮先輩に真実をつげないだけ彰に感謝すべきだ。


「小宮先輩、彰君が何をするつもりかは教えてもらいましたか?」


 香奈がおどおどした様子で話しかけた。ああ、そうだ。問題はそこだったと私は手早くくみ上げられたやぐらを見つめる。いつの間にやら完成したらしく、宮後さんがスタッフであろう筋肉質な男たちをねぎらっている。やはりフリル付きエプロンがシュールで私はすぐに目をそらした。


 今度は、相変わらず何かの機材の前で話している岡倉さんとリンさんが目に入る。先ほどまでは仲良く図面を見ていたのだが、今は岡倉さんの顔が険しい。それに対してリンさんはヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべている。

 何というか真面目な岡倉さんと、不真面目なリンさんという組み合わせは奇妙にうつる。対称的であり、彰という接点がなければお互いに関わらなさそうな二人だ。


「メールで聞いたんだけど、明日のお楽しみですとしか返ってこなくて。何するつもりだろう?」


 そういって小宮先輩は軽く背を伸ばし、やぐらや機材をぐるりと見渡した。

 そうこうしている間に宮後さんが岡倉さんとリンさんに話しかける。岡倉さんは真面目にうなずき、リンさんは何かを手に取るとニヤリと笑った。


 何をするのかと見ていると、リンさんは身軽にやぐらの上に飛び乗った。その手に握られているのはマイク。前身黒で統一したコーディネート。首元、肩回りが大きく出て、パンツには大きな切込み、大き目のブーツに遠目にみても大ぶりなアクセサリーの数々。学校の敷地内にいてはいけない不審者は驚き固まる周囲を無視して軽快に話し出す。


「立ち止まってくれてあんがとなー! 朝の忙しい時間だろうけど、ちょっと話聞いてってくれよ!」


 リンさんはそういって、主に女子生徒に向けてウィンクした。私からすると鳥肌ものだったのだが、何人かの女子がキャーっと声をあげる。

 若い女は危険な香りのする男に惹かれるなんて言葉を聞いたことがあるが、それなのかもしれない。リンさんの顔立ちは彰を見慣れていると普通に見えるが、悪くはない。口は回るタイプだし、容姿だけ際立ち話かけにくい人間よりは親しみやすいだろう。

 実際はただの危険人物なわけだが。


「朝から突然お邪魔して驚いてるだろ? いやーごめんな。ちょっと知ってもらいたい事があってよー」


 せっかく高い所に立ったというのにわざわざしゃがみ込み、観客(主に女子)と視線を合わせる。男子がムッとした顔をしたが、女子は楽しそうにキャーキャーしている。

 刺激が少ない山の上だ。年上のお兄さん。しかもちょい悪風となると、彼女たちには刺激的に見えたらしい。私には理解できない感覚だ。


「時間がない。手短に話せ」


 岡倉さんが見かねて鋭い声をあげる。それにリンさんはムッとし「はい、はい」と大げさに肩をすくめてみせた。それから女子たちに「ごめんなー、融通きかなくてー」と声をかけながら立ち上がる。


「知ってもらいたいことっていうのが、お前らが暮らす街。そして通う学校。今立っているここの歴史について」


 いかにもチャラい今時風のリンさんから、歴史という言葉が出たことにざわめきが起こる。私も意外に思って、思わず香奈を見た。香奈は困惑した様子でリンさんをじっと見つめている。


「ここは神の眠る山。そして契約の場所。むかし、むかし、愛する存在を失って悲嘆にくれる神の元に、とある男が現れこういった」

 

 そこでリンさんは言葉を区切る。

 黙り込んだリンさんの雰囲気は先ほどの軽い様子とは一転して、静かでいて、腹の底からふつふつと理由の分からない恐怖が沸き上がってくるように感じた。私以外も似たようなことを思っているのか、香奈は私の手をとり、小宮先輩はごくりと唾を飲み込む音がする。重里は小宮先輩のすぐ隣に移動し、小宮先輩の腕をとった。


 場の空気を一瞬で塗り替えたリンさんは言葉が浸透したのを確認するように、ぐるりと周囲を見渡す。それから何故か私と香奈をチラリと見て目を細め、かすかに口角をあげた。


「我が一族は呪われている。その呪いから我が一族を守ってくれるなら、望むものを用意しよう」


 呪い。その言葉に私は反応せずにはいられない。目つきをかえた私を見て、リンさんは愉快そうに笑みを深める。その表情を見て気づく。これは分かりにくいが私たちに対するヒントだ。


「これは神からすれば少し前、人からすればずいぶん昔。この地に神が住み、ここに人ならざるものが集まる理由」


 リンさんは笑みを深めて語りだす。その表情、佇まいは、人の皮をかぶった化け物にしか見えず、私は一人体を震わせた。

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