1-2 事件の気配

 日下先輩の言葉と彰の反応に、私は驚いて思わず香奈を見る。香奈も驚いた様子で彰と日下先輩を見比べ、最終的に困った顔で私を見つめた。気持ちは一緒ということらしい。


「お狐様と契約した人がこの学校を建てた。ってそういえば言ってたような……」


 私は記憶を絞り出す。百合先生が祠の事を話してくれた時に、そういう話をしていた。子狐様は彰を契約した一族の末裔。そう言っていた。

 二つの事実を繋げれば、この学校を経営している理事長と彰が関係者という話は何も不自然ではない。


「頭から抜けてた……」

「それどころじゃなかったしね……」


 私の言葉に同じく頭から飛んでいたらしい香奈がうなずく。

 子狐様の祠の事件、小宮先輩のストーカー事件、日下先輩の幽霊事件。そういうものが立て続けに起こったために、根本的な謎を忘れていた。

 そもそも佐藤彰はなぜ、入学してすぐ登校しなかったのかという謎を。


「彰君、理事長の関係者なの……?」


 香奈が問いかけると彰はううーんと、困った顔でうなる。頬をかき、さてどこから話したものかと悩んでいるのは、香奈に聞かれたからだろう。

 私や日下先輩が聞いたら上手い事はぐらかしたに違いない。香奈ナイスだ。


「関係者っていうか、まあ遠い親戚っていうか……?」

「関本理事長とですか?」


 日下先輩の問いかけに私は引っ掛かりを覚える。香奈も、なぜか彰も驚いた様子で日下先輩を見つめた。


「……坂下さんと香月さんはともかく、何で佐藤さんが不思議そうな顔してるんですか」

「いや、そこらへんは叔父さんに任せてたから。理事長って、関本って名前なんだ……。っていうか関本って……」


 彰はバツの悪そうな顔をしたあと、視線を香奈に動かす。私も流れで香奈をみた。

 関本という苗字に私も聞き覚えがある。だが、この場で一番驚いているのは香奈に違いない。


「雪江さんと同じ苗字……?」


 予想通り、香奈がとまどった様子でつぶやいた。

 そうだ。関本という苗字は女子寮の寮母さん、関本雪江さんと同じ苗字だ。


「ごく少数しか伝えていないようですし、知らないのも無理はないでしょう。私もたまたま知ったんです。女子寮の寮母さん、雪江さんは理事長の身内に当たります。たしか妹さんだったかと」


 さらりと告げられた衝撃の事実に私、香奈、彰は目を見開いた。

 裏で牛耳っているとか、百合先生も逆らえないとか、やけに情報通だとか。謎の要素が多かった寮母さんだが、まさかの真実だ。


 だが、同時に納得もする。

 普通の寮母さんではなく、理事長の身内であるなら学校に関して詳しいのも、権力があるのも理解が出来る。少数しか知らないといっても校長。もしかしたら百合先生も知っているのかもしれない。

 ただ、それによって新たな疑問がわいた。


「何で理事長の妹さんが、寮母さんなんてしてるんですか?」


 私立高校の理事長がどれほどの権力をにぎっているかは分からないが、わざわざ寮母なんて仕事することはないだろう。人手不足という印象もないし、噂では関本さんはかなり長い間、女子寮で寮母を続けているらしい。

 疑問をそのまま日下先輩に伝えると、日下先輩は表情を動かすことなくあっさり答えた。


「趣味らしいですよ」

「趣味……」

「子供と話すのが大好きなんだそうです」


 日下先輩の言葉に、寮母さんの人の好い笑顔が浮かんだ。

 たしかに人を話すのは好きそうだし、面倒見るのも好きそうだ。あれが演技だとしたら人間不信になる。


「ってことは、雪江さんって彰君の親戚なの?」

「……そういうことになるのか……。いやでも、かなり遠縁らしいから、ほぼ他人だと思うけどね」


 彰は複雑そうな顔でそう答えた。

 意外な人が親戚だったと聞かされると、何ともいえない気持ちになるのは分かる。だが、どうにも私は引っ掛かりを覚えて仕方ない。


「ほぼ他人の遠縁なのに、彰は理事長に優遇されてるの?」

 私の質問に彰は一瞬だけ体をこわばらせたが、すぐに涼しい顔でこちらを見返した。


「理事長がいい人だったから、遠縁でも気にかけてくれたんだよ」


 にこりと綺麗な笑みを浮かべる彰だが、彰の表情を見慣れた私からすると胡散臭くて仕方ない。これは何かをごまかそうとするときの顔だ。


「先ほど百合先生に任せてたとおっしゃったじゃないですか。ということは、何かしらの交渉をしたんでしょう」


 日下先輩が誤魔化しは許さない。そういった威圧のこもった視線を彰へ向ける。

 今までだったら彰のペースで話が進んだが、今日は日下先輩がいる。思わぬ援護射撃に私は日下先輩に、そこです! やっちゃってください! とエールを送った。


「名簿に名前はあるものの登校していない生徒ということで、最初からあなたのことは気にかけていたんです。先生方に事情を聞いても詳しくは分からないと困惑していました。というのに、あなたは突然学校に来るようになった」


 座らずの席と同学年で噂が広まっていた時期を思い出し、たしかにあれは不自然だったと当時を思い出す。

 登校した彰のインパクトが強かったせいですっかり忘れ去られているが、彰が学校に来ていなかった理由は未だにハッキリしていない。家庭の事情というなかなか突っ込みにくい理由を盾に、彰は今日まで質問をはぐらかし続けている。


「最初のころは、学校に来れるようになってよかった。そう思っていましたが、その後あなたは坂下さん、香月さん、百合先生まで巻き込んで学生とは思えない行動をとり始めました」


 子狐様の信仰心を集めるために、小さな願い事三人で叶えて回っていた時期のことだろう。今も続けてはいるが、あの頃に比べると落ち着いている。私たちが動かなくても祠を掃除しにきたり、参拝するものが増えたためだ。

 切っ掛けは日下先輩が全校集会で、祠にまつわる伝承を語ってくれたことにある。


 私たちがコツコツとばらまいた噂が浸透していた事。真面目な日下先輩が語ったという真実味もあわせて、祠に興味を持つ生徒は増えた。

 子狐様も騒ぎにならない程度に不思議な現象を起こすというパフォーマンスを見せたこともあり、祠は今、身近なパワースポットとなっている。

 

 私たちが気軽にのんびりできる場所ではなくなってしまったわけだが、そのタイミングで部室という集まる場所ができた。全ては上手くいっているといっていい。


 子狐様のお茶を飲めないのは少し寂しいが、子狐様はたとえ気付いてもらえなくても、大勢の人に囲まれて幸せそうだ。力も少しずつではあるが取り戻しているようで、すぐに消滅という事態はどうにか脱せられたと彰から聞いた。


「今は子狐様に関しても理解していますが、当時の私はそういった類は一切信じていませんでした。ですから、佐藤さんの行動は不可解でしかありませんでした」


 初めて日下先輩と会話した日の事を思い出し、私は苦笑する。

 たとえ日下先輩のように、オカルト全否定という人間じゃなかったとしても、彰含めた私たちの行動は怪しく見えただろうから仕方ない。今だって、民俗学研究同好会なんて怪しい部活を作ってしまったわけだし。


「小林先生も大層怪しんでいましたよ。あいつらは一体何を企んでいるって」

「それって、彰君が百合先生の甥っ子だからって理由じゃないですよね?」


 私の言葉に日下先輩は言葉を止め、視線をそらした。

 小林先生、改めて私情挟みすぎです。


「小林先生に言われなくても、私自身不信に思ったのは事実です。学校に来ていないはずの生徒が、在校生ですらほとんどしらない祠を何故知っているのか。祠の伝承についてだってそうですし、坂下さんと香月さんと幼馴染という話はまるっきり嘘ですし」

「ばれてたんですね……」


 香奈が気まずげにつぶやくと、日下先輩はうなずいた。


「他の生徒はともかく、先生は生徒の身元が分かりますからね。小林先生は不信に思って調べていたようですよ。坂下さんも香月さんも遠方から来ている珍しい生徒です。地元に住んでいる佐藤さんと幼馴染というのは不自然だとおっしゃってました」

「僕は引っ越したって可能性はあるでしょ」

「ここから先は小林先生ではなく私の考えですが、何らかの事情があり、佐藤さんだけ先にこちらに来ていたというのなら、坂下さんと香月さんは同じ高校に入学した幼馴染が一度も登校していないのにも関わらず、一切興味を示さない薄情な人間ということになります。佐藤さんが登校するまで、あなた方のクラスメイトは座らずの席なんて噂はしてましたが、佐藤さん自身に関しては全く話題に上がっていなかった。幼馴染が幽霊扱い。事故死まで言われて、二人とも黙っているような性格ではないとお二人と話してみて確信しましたので」


 日下先輩がいうとおり、彰が本当に幼馴染だったら私たちは何らかの反応をしただろう。引っ込み思案の香奈だが、友達をバカにされて黙っているような人間ではない。人のためとなると驚くような行動力を見せるのが香奈だ。

 私だって、香奈が死んだなんて噂されたら、クラスに敵視されたって何としてでも撤回させる。


 短い付き合いでそこまで分かるとは、さすが日下先輩。と私が感心していると、彰は眉間にしわを寄せて、忌々し気に舌打ちした。

 これだから頭のいいやつは面倒だ。とでも思っていそうだ。

 香奈は日下先輩の推理力に純粋に感動したらしく、目を輝かせている。


「小林先生は百合先生が自分の甥っ子だから優遇してくれって頼んだんだ。なんて言っていましたが、そのくらいで校長、および理事長が動くとも思えませんし」

「小林先生、百合先生に対して攻撃的すぎませんか?」


 百合先生の性格からいって、甥っ子だから優遇してくれよりは、甥っ子だから厳しくしていいの方がいいそうだ。

 百合先生に対抗心を抱きすぎて、なんでもかんでも悪く見えているのかもしれない。


「小林先生がこじつけ気味なのは確かですが……、佐藤さんに対してあきらかな優遇が見受けられるのは確かです」


 そこで日下先輩は彰をじっと見つめる。彰はそれに対して、不機嫌をあらわに見つめ返した。触れてほしくないところに触れられた。そう顔に書いてあるが、そのくらいでひるむような日下先輩ではない。


「遠い親戚とおっしゃいましたが、一体どういった関係なのですか? それだけでここまで対応が変わるとは思えません。民俗学研究同好会に関しても、最終的には理事長の指示で許可されたと聞いています」

「そうだったんですか!?」


 こんな怪しい部活よく通ったなとは思っていたが、理事長の指示ならば通すしかない。そうなると小林先生が彰、および百合先生への不信感を強くしたというのも理解できる。


「……ちょっと、家庭の事情っていうか……」


 彰は眉間にしわを寄せて目をそらす。

 誤魔化したいというよりは純粋に言いたくないという子供っぽい態度は彰らしくなく、私は不思議に思う。


「……家庭の事情……ですか」

「そう、家庭の事情。僕の家、色々と面倒なんだよ」


 彰はそれっきり口を閉ざした。

 これは嘘ではなく、たしかな真実。何となく私はそう思った。

 いつになく彰の声は固く、表情も険しかったからかもしれない。いつだって余裕を崩さない彰が見せる、隠すことのない嫌悪の表情に私は内心驚いた。

 香奈は心配そうに彰を見つめ、日下先輩は眉間の皺を深くする。


「……そうですか」


 日下先輩もこれ以上は本当にプライベートな問題だと思ったようで、その言葉を最後に口を閉じた。

 何とも言えない微妙な沈黙が部室内に満ちる。香奈はおろおろしているが、私も何といっていいか分からない。


 彰の家庭事情は複雑だ。それは最初から分かっている。

 神と契約した一族の末裔であり、うちの高校を管理する理事長の遠縁。遠縁といってもほとんど他人と彰はいっているが、少なくとも理事長の方は彰を気にかけなければいけない理由がある。

 でなければ、授業に参加しなくても卒業資格を与えるなんて無茶が通るはずがない。


 魔女に遊ばれている一族。そう子狐様が言っていた。

 彰からも魔女に呪いを受けた。と前に聞いた。

 クティさんも何かしら知っているようだった。反応からみて悪くない方向に。

 そして最後に、彰の後ろにいるという双子の弟……。


 これらも全て彰のいう「家庭事情」に含まれるのか。片づけられることなく積み上げられる問題に、私は眩暈を覚える。

 彰だったら大丈夫。そう思いたいのに、どこかで不安が残る。彰はこの問題を、本当に片付けることができるのか?


 答えの出ない問題が頭の中をぐるぐるしている。そんな終わりのない思考をとめる合図のように、部室のドアをたたかれる音がした。

 珍しいことに私たちは顔を見合わせる。

 この部室に訪ねてくる人間は決まっている。百合先生ならばノックなんてせずに、すぐさまドアを開けるはずだ。


 誰が対応する? と周囲を見渡すと、香奈は体を小さくし、彰が笑顔で私を見つめた。まさか、私が? と思って日下先輩を見ると、「私は外部の人間なので」と外部の人にしては馴染んだ様子で答えられる。

 嘘ではない。下手すると部員より先に来て休憩していたりするが、あくまで日下先輩は生徒会の人間だ。

 私は仕方なしに立ち上がり、ドアへと近づいた。


「えぇっと……どちら様ですか?」

 こんな所に何用だと思いながらドアを開けると、目の前には予想外すぎる人物が立っていた。


 黒とピンクを基調とした、ふんだんにフリルをあしらわれたゴシック調の服。手には着ている服と似たデザインの衣装を身にまとい、包帯を巻いたウサギのぬいぐるみ。もう片方の手で室内だというのに黒いレースをあしらった日傘をさしている。

 顔が整っていなければ様にならないツインテールの髪を堂々と揺らす姿は、紛れもない美少女。だが場違いすぎる格好と、片目を隠す薔薇の刺繍が施された眼帯で全てが台無し。どころかマイナス評価でしかない。


「ここが我が同胞が創造した祭壇だと聞きつけ、異端なる光明の中、我ここに至り」

「まにあってます!」


 衝動のままに思わずドアを閉めた。勢いの行動だが、ナイス! と自分を褒めたい。

 ドアの向こうから「んん? 使徒の妨害か?」といいながら、ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえるが無視だ。無視。何がなんでも開けてたまるかと私はドアノブを掴む手に力を入れる。


「まさか、千鳥屋ちどりや先輩……?」

 

 香奈の小さなつぶやきが聞こえて振り返ると、唖然とした彰と香奈が目に入る。日下先輩は二人に比べれば冷静のようだが、何とも言えない顔でこちらを見ていた。


「……花音かのんさんは、一度決めたら諦めませんよ……」


 日下先輩の言葉にこたえるように、ドアノブが先ほど以上にけたたましい音を立てる。

 勘弁してくれ。と私は短すぎた平穏に思いをはせた。

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