1-3 聞き取り調査
「何やら使徒の妨害があったようだが、安心するがいい。魔王から授かった我が魔力に恐れおののいて、逃げ去っていった」
日下先輩が言う通り諦める様子が全くなかったため、仕方なしにドアを開けたと同時に言われた言葉がこれだ。
すぐさまドアを閉めようかと思ったが、何とか踏みとどまる。
これ以上無駄な時間を使うよりは、さっさと話を聞いて帰ってもらおう。そう思考を切り替えた私は、渋々ながら空いている席をしめす。
香奈が先輩と言っていたことを考えると年上のようだし、最低限の礼儀くらい必要だろう。本音を言うと先輩とかどうでもいいから、今すぐお帰り願いたいのだが。
「花音さん……何の用ですか」
私と同じくらい。もしかしたら私以上に歓迎しない空気を出して日下先輩が、花音と呼ばれた先輩を見つめる。
香奈が千鳥屋先輩と呼んでいたし、フルネームは千鳥屋花音でいいのだろうか。これまた容姿と会わせて個性的な名前である。
「これはこれは、忠義の守護神様。守護神様もダークエナジーを感じてこちらに?」
「いつも言ってますが、その呼び方やめてください。それと、そのような怪しげなものは感じてません。そもそも、そんなものはありません」
律儀に答える日下先輩に、千鳥屋先輩は気を悪くした様子もなく頷く。
「神の信託であれば、魔王軍の我に真実を伝えられるはずもない。我としたことが配慮に欠ける質問だった。謝罪しよう」
そういいながら腕を組み、偉そうに胸をそらす千鳥屋先輩。私は残念なものを見る目を向けてしまう。もはや隠す気にもならない。日下先輩は疲れ切った顔でため息をついて、額に手をあてると首を左右に振る。もうダメだ。手の施しようがない。そう脳内でアテレコしてしまったが、外れていないと思う。
「魔王軍所属の方がなんの用なの」
若干というかものすごく面倒くさそうな顔で、机に頬杖をついた彰が千鳥屋先輩に話かけた。部外者がきたら普段はすぐに猫をかぶるのだが、猫をかぶることすら面倒なのかもしれない。気持ちはわかる。
それでも話にのってあげるあたり、変なところで律儀だ。
付き合ってくれると分かったせいか、千鳥屋先輩の瞳が一瞬輝いた。これはマズいのではと私は思うがもう遅い。
千鳥屋先輩は彰へと意識を映し、先ほどまで会話していた日下先輩など眼中にないといった様子で彰へと一気に距離を詰めた。
「我がここに参上したのはダークエナジーの波動を感じ、我が軍としては早急に調査する必要があると感じたため」
「あー民俗学研究同好会とかいうわけ分からない部活が出来て、気になったから見に来たってこと?」
「ダークエナジーは非常に取り扱いが難しい。我が軍でも扱いには困っていた。それを見事に調律して見せたとの話を聞き、いかなる方法を用いたのかと」
「たしかに、こんなわけ分からない部活が認められた理由は気になるよね。先輩は黒魔術研究部とかつくろうとして失敗した系?」
「ほほう。お主調律の技術だけでなく、過去視すらも使えるとは只者ではない。行方不明となっていた我が同胞ではないか?」
「いや普通に想像つくし。残念ながら先輩の仲間になれないかな」
ポンポンと途切れることなく続く会話に、私は開いた口がふさがらなかった。
彰ははあいかわらず気だるげな様子で答えているが、私は理解不能な千鳥屋先輩の言葉の意味を正確につかんでいるらしい。
その証拠に千鳥屋先輩のまとう空気がどんどん明るいものになっていく。表情はあまり動いていないのだが、最初にドアの前に立っていたときに比べると周囲に花が飛んでみえた。
話が通じて嬉しい! そう全身から喜びが伝わってくる。それを見て私は思う。
「話通じて喜ぶくらいなら、普通にしゃべればいいのに……」
「香月さん……それは誰もが思ってますが口に出しちゃダメです」
日下先輩が生暖かい視線を千鳥屋先輩に向けながらいう。
彰君、すごい! と純粋に感心しているらしい香奈は本当にいい子だ。
たしかに意味が分かって返事をしている彰はある意味すごいが、褒めていいのか微妙な所。彰も褒められてもうれしくないと思っていることだろう。
「調律技術に関しても気になるところだが、我が訪問は別にあり。其方たちが山の聖域にすむ妖狐と関りがあると、シックスセンスが告げた」
「第六感も何も、結構みんな知ってるけど」
今回の話は私も理解ができた。
ようするにお狐様と関係が気になって訪問したというらしい。
正確にいうと私たちが関係あるのは子狐様なのだが、そこのところは説明すると面倒くさい。というか変に食いつかれて話が長くなりそうなので放っておく。
最初の頃はともかく、今私たちがお狐様の祠を掃除したり管理しているという話は周知の事実。祠に届けられた願いを叶えるために活動しているというのも広まっている。
それどころか彰はお狐様、子狐様に認められ力を分け与えられた存在で、私と香奈はその手出すけをする幼馴染という小宮先輩に語った頭のおかしい設定まで、当たり前のものとして浸透してきた。
この学校の生徒は大丈夫か? 主に頭が。と最近の私は本気で心配している。
冷静に考えてありえない。
もちろん本気で信じているわけではなく、面白がっているものの方が多い。それでも頭がおかしいやつとして広まるのではなく、面白い活動をしているやつという方向で受け入れられてしまったのは異常な気がする。
彰の際立った容姿がそうさせるのだろうか。
男子高校生とは思えない幼く、それでいて整った容姿や男にしては長い綺麗な髪。素で話していると気にならないのだが、黙っている彰は同じ人間とは思えないような独特な雰囲気をまとっていることがある。素よりも猫かぶりを見る機会の多い人からすれば、神秘的な存在といった印象の方が強く、彰ならあり得ると意味の分からない納得をしてしまうのかもしれない。
それでも、いくら何でもと私はこの状況に納得がいっていない。
いくら日下先輩、百合先生のフォローがあったとしても出来すぎな気がする。もしかして子狐様が裏で手を回してくれているのだろうか。少しずつとはいえ力は回復してきているというし、神であれば少しぐらいの無茶はできそうだ。
あくまで予想ではあるが疑問解消の糸口が見えたので、私は思考を現実へと戻す。
千鳥屋先輩は未だに楽し気に彰へと話かけ続けていた。
「聞くところによると妖狐は高質なダークエナジーを持っていると聞く。我が軍の発展及び、同胞の救出において多大な効果を発揮するだろう」
「同胞の救出?」
呆れた様子で話を聞いていた彰がここにきて眉を寄せた。今までと同じくわけの分からない話にしか私には思えなかったが、彰は何か引っ掛かりを覚えたらしい。
「それはつまり、お狐様に叶えてほしい願いがあるってこと?」
「えっ?」
彰の言葉に私は驚きの声をあげてしまう。私だけでなく帰り際を見余ってどうしようかという顔をしていた日下先輩や、必死で千鳥屋先輩の言葉を解読しようとしなくていい努力をしていた香奈も私とほぼ同じタイミングで声を上げた。
「我が軍だけで解決できればよかったのだが、今は人で不足。神域から攻めてくる守護天使たちの討伐に他のものは手が避けぬ。よって我が同胞を助けるほかないのだ」
そう千鳥屋先輩は表情だけ見ると悔し気にこぼす。
その軍団に所属してるのどう考えても千鳥屋先輩だけでしょうと言いたいが、言える空気でもないので私は黙って事の成り行きを見守ることにした。
「ふーん……なるほど。つまり先輩の知り合いは何らかのトラブルに巻き込まれていて、自分じゃ助けられないからお狐様の力を借りたいってことね」
先ほどまでの興味ない態度が嘘のように、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて彰は千鳥屋先輩を見つめている。頬杖をつくのをやめ、足を組み、悠然と千鳥屋先輩を見つめる姿は妙な気品がある。
こういうところを見ると神様の使いなんていうあり得ない噂を周囲が信じてしまうのも少しではあるが理解ができる。
同世代。同じ人間。そう思うには彰という存在は強すぎるのだ。
「我が同胞を助けてくれるか……?」
今までに比べると真剣に千鳥屋先輩は彰に問いかけた。
抱きかかえているウサギのぬいぐるみを持つ手には力が入っている。冗談ではなく本気で助けてほしい。そう思ってここに来たのだと、私はやっと理解した。
日下先輩は意外そうな顔で千鳥屋先輩を凝視している。
私たちよりも千鳥屋先輩について知っているようだが、日下先輩からしても珍しいらしい。
千鳥屋先輩のすがるような視線を受けて、彰は悠然と笑う。自分に任せれば何の問題もない。そう口に出さなくても伝わってくるほど自信に満ち溢れた表情。
その姿を見て千鳥屋先輩の手から力が抜ける。痛々しいほどに握り締めていたウサギを抱きしめる手を緩め、握り締めてしまった部分の形をなおすようにぬいぐるみをなでる姿は先ほどに比べて安心して見えた。
「さすが神に愛されし子供。協力を感謝しよう」
「うーん、愛されてるわけじゃないけどねえ……」
彰が複雑そうな顔で千鳥屋先輩を見つめた。たしかに。愛されているというよりは怖がられているの方が実は正しい。だが、その事実をわざわざ伝えることもないので彰はあいまいな表情でごまかした。
千鳥屋先輩はそんな彰の顔をじっと見つめたが、特に追及することもなくウサギのぬいぐるみを抱えなおす。
「じゃあ、詳しい話聞かせてくれる。聞かないと協力しようにも、どうにもならないし」
彰は上機嫌にそういって、空いている席へ座るように千鳥屋先輩をうながす。
私は彰が示した椅子を引いて千鳥屋先輩が座りやすいようにした。なんとなくお嬢様のような雰囲気だし、制服とは違う明らかな私服のゴスロリ衣装は座りにくそうだ。そう思ったのだ。
千鳥屋先輩は私に頭を下げると彰と向かう位置に腰を下ろす。ふぅっと息を吐く千鳥屋先輩は意外と緊張していたのかもしれない。ウサギのぬいぐるみを膝の上に置くがおさまりが悪いのか、首を傾げながら微妙に位置を変えてみたり、抱きかかえてみたりと落ち着きがない。
整った容姿をも合わせて中々絵になる姿ではある。場所が学校ではなく、西洋風のいかにもお嬢様の私室や薔薇園ならば完璧だったのに。そう思うが、残念ながらここは学校のわけの分からない部活動の部室だ。
微妙な間が開いてしまったこともあり、私は周囲の様子をみるために視線を動かす。
日下先輩は背筋を伸ばしたまま千鳥屋先輩、彰の様子をうかがっている。すぐに帰るといっていたが、意外な人物の訪問に帰るタイミングを逃したようだ。
このまま事の事情を知らずに帰るのは生徒会長としても、私たちの知り合いとしても気になるのは確か。彰も帰ればと言わないあたり日下先輩の気持ちを汲んでいるのだろう。
香奈は緊張した様子で千鳥屋先輩を見つめている。人見知りなだけでも緊張するというのに、私からしても千鳥屋先輩は未知の生物だ。どういう反応をすればいいのか困っているのかもしれない。
室内にいる人物の視線が集まっても千鳥屋先輩はマイペースにウサギの位置を直し続けていた。緊張していたと私が思ったのは勘違いだったか。そう思ったところで、やっと納得のいく位置が見つかったのか、千鳥屋先輩は彰へと視線を向けた。
彰は無言で千鳥屋先輩を見つめている。高圧的ではない。ただ好きに話せばいいよという、いつもの彰からすると柔らかな雰囲気。変な人間同士波長があうのか。妙に千鳥屋先輩に対して態度が柔らかい気がする。
「では改めまして。僕の名前は佐藤彰。お狐様の意思を代弁するもの」
綺麗な笑顔で彰は大嘘をつく。私が呆れていると、千鳥屋先輩は彰の顔をじっと見つめた。それは真意を探っているようなまなざしで、疑っているというわけでもないが、観察しているように見える彰に向けるにしては珍しい反応。
「我の名は千鳥屋花音。古の契約により……」
と、そこまで語った花音先輩は不自然に言葉を途切れさせた。
少し何かを考えるように下を向き、考え事をするときの癖なのかウサギのぬいぐるみの両手を強弱をつけてもむ。
千鳥屋先輩以外の全員が不思議そうな顔で見つめている中、やはりマイペースに考え事終えた千鳥屋先輩は顔を上げた。
「いくら彰君の察しがよくても、普通に話さないと時間がかかりそうね。妙な行き違いが生まれても困るし、普通に話すわ」
次の瞬間。先ほどと同一人物とは思えない、スラスラと語られる明瞭な日本語が耳に入る。目の前で語られたというのに、確かに自分が理解できる言語だというのに、意味が分からず私は固まる。
外国人が流暢に日本語を話した時の衝撃。これが一番分かりやすい例えだろう。
「普通に話せるなら、最初からそうしなさい!」
思わずといった様子で勢いよく立ち上がった日下先輩の叫び声が、教室の中に響き渡る。
もっともすぎる意見を聞いた千鳥屋先輩は、マイペースにウサギの頭をなでている。言われた本人ではなく、香奈の方が驚いてびくつく姿に私は乾いた笑みを浮かべるほかなかった。
今までの事件も大変だったが、今回の事件も大変そうだと私は早くも頭が痛くなってきたのだった。
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