第46話:音羽優人の葛藤事情(第三部 終)

 まあ……驚きはした。

 でも誰が誰にどんな気持ちを持つにしても、関係ない他の誰かがどうこう出来るものじゃない。

 するべきでもない。


 それなら俺は、どうして織紙にあんなことを言ったんだ?

 決まってる。あいつらは、織紙の友だちだからだ。


 あのままなにもせずに居たら、織紙はきっと落ち込んだだろうと思う。

 なにも悪くないってのに、目に見えるもの全部が自分のせいみたいに抱え込もうとするから。


 だから関係ない誰かじゃなくて、無理やりにでも関係を作ればいい。そうしたら、最悪は三人ともバラバラになるかもしれないけれど。

 でもあの織紙のしつこいくらいの責任感があれば、なんだかうまくいくんじゃないかと思った。


 ──俺は無責任だな。

 俺に相談しろなんて、どうして詩織はそんなことを言ったのか。


 小さなころからずっと三人で遊んでいたのが、段々と俺の時間がなくなっていった。それは店の手伝いやらなにやらで、面倒ではあっても違和感のあることじゃなかった。

 だからたぶん、浩太と詩織にわざわざ言うこととも考えてなかったんだろう。


 そうしたらいつの間にかあの二人は、幼馴染の遊び仲間じゃなくて、彼氏と彼女になっていた。

 いや別にそれは構わない。しまった俺も告白すれば良かった、なんてことも全くない。


 ただやっぱり、その進行をリアルタイムで分かっていたかった気はする。

 逐一報告しろとかではなくて、ちょっとした悩みみたいなのはあったはずだ。そういうのに、答えてはやりたかった。


 それで付き合い始めたら、良かったなくらいは言ってやりたかった。

 全部、いつの間にかそうなっていた。


 だから織紙が、今がんばるのはいいことだと思う。

 もし、仮に、うまくいかなかったとしても。なにもしなかった後悔よりは、ましだと思う。


 だから、聞いてみろって言った。自分がしなかったことを、押し付けるみたいで卑怯かもしれないけれど。

 それを悔やむ気持ちは、本当だから。俺でさえそう思うものを、織紙ならどれほどに感じるのかと思った。


 だから──がんばれ、ってメールした。でもあの性格だと、二人よりも先に織紙が疲れてしまいそうだ。

 がんばりすぎるな、って本文にした。


 メールって、既読とかつかないんだな。知ってたけど。

 お見舞いに行くっていうのは聞いたから、たぶんそこで一度に済ませようとしてるんだろう。


 野々宮が聞きたくない話だったらどうするんだ、とは思う。しかしそれを、織紙が一人で抱えているのも無理がある。

 それなら一気に結果の出たほうが、いいのかもしれない。


 まだ野々宮の家に居るのかな。もう一回メール──は、しつこいだろうな。

 終わったころに電話──終わるころっていつだよ。それに結果が良ければいいけど、また泣いてたらなにを言うんだよ。


 ……俺、役に立たないな。

 このままじゃダメだ。織紙が喜んでいたら、嬉しそうだと思って、一緒に喜びたい。

 悲しんでいたら、つらそうだなって思って、つらいなって言いたい。


 織紙みたいに優しいやつの気持ちと同じになんてなれないだろうけど、せめて「そうなんだな」って分かった振りくらいはしたい。

 勝手に決めつけたり、好きにしろって放っておいたりはしたくない。


 夕食を食べ終わって、テレビとか動画とかを見てる気分じゃなかった。風呂に入ってさっぱりするのも、なんだか今じゃない。


 うん。やっぱり電話してみよう。

 自慢じゃないが、自分から女の子に電話なんてしたことがない。思い返せば、詩織にもだ。

 織紙の番号を画面に出して、受話器のマークを押す指が震える。


 よし、かけるぞ。俺はかける。電話をかけるぞ。

 せーの!

 ──ふう。今のタイミングは、ちょっと違ったな。


 もう一度。なぜだかわきわきとしてしまう手を落ち着かせて──えいっ。

 押した。押しちまった。もうプルルルって言ってる。ここで切ったらイタ電になる。


 四回くらいだったか、微妙にコールは長かった。一人で勝手に焦っている俺には、結構な時間だ。


「はい、もしもし。えと、音羽くん?」


 織紙の声だ。他のやつが出たら、びっくりするけど。

 なんか織紙もちょっと焦ってるのか? なにかしてたのか?


「あ、ああ。俺だけど。忙しかったか?」


 俺だけど、って。

 特殊詐欺、だっけ? オレオレって言う。あれみたいになってしまった。


「ええと──え? ううん、そうだけど。あとにしてもらうね」


 誰かと話してるらしい。どうやら俺は、後回しになるようだ。もちろん仕方のないことだが。


「あ、ごめんね音羽くん。あのね──」

「いや分かった。またにするよ、気にしないでいいからな」


 噛まずに言えていただろうか。そのまま俺は電話を切った。じゃあなとかバイバイとか、あっただろうに。焦りすぎだろ。


 それはともかく、どうなったんだろう。声はいつも通りだった気がするけど……。織紙はちょっと不安そうに喋るのが普通だから、実際にどうなのかよく分からない。

 ああ……気になる。

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