第45話:すきな人、すきだらけの作戦

「うちがコトちゃんのお兄さんと、一緒に居たのがダメなの?」

「──ダメじゃないよ」

「ダメそうじゃん」


 純水ちゃんは、もう完全にそっぽを向いてしまった。祥子ちゃんもすごく悲しい顔で、どういうことかも飲みこめずに困っている。


 だって純水ちゃんは、お兄ちゃんと祥子ちゃんがなんでもないってまだ知らない。聞きようによっては、祥子ちゃんが開き直っていると思えるのかもしれない。


 それならやっぱり、祥子ちゃんはなんとも思ってないって、今からでも言ったほうがいいのかな。

 でもそれも、私が取ってつけたように思われたら逆効果かな……。


 静かな部屋に、空気を震わせるビィィィという音が響く。なんだろう、こんな時に。


「コトちゃんじゃない?」

「え?」

「ケータイのバイブじゃないかな」

「え、あ──ご、ごめんね!」


 そうか。なにかと思えば、言われた通りに携帯電話のバイブレーションの音だった。

 慌ててカバンから取り出した時にはもう振動は止まっていた。表示窓にはお兄ちゃんから来たメールのタイトル。

 『買ってきて』

 もう、こんな時に……。


 着信のランプが点きっぱなしなのは嫌なので、パカッと開けてメールを表示させた。

 ん? もう一通来てる。

 送信者は──音羽くん。着信時間を見ると、バスに乗っていたころだ。


 空気を読まないお兄ちゃんのメールは放っておいて、音羽くんのメールを開いた。

『がんばれ:がんばりすぎるな』


 あは……タイトルと本文が、違うこと言ってるよ。


「なにかあった?」


 また音羽くんに励まされて、きりきりと締め付けられるようだった胸が、ほっと緩む。

 それでじっと文面を眺めていたから、祥子ちゃんは心配してくれたらしい。


「ううん、お買い物を頼まれただけ。大した物じゃないんだけ──ど」

「──どしたの?」


 そうだ、そうだよ。祥子ちゃんの気持ちは証明出来なくても、なにを買ったのか聞けば解決するよ。

 たぶん祥子ちゃんは、お父さんとか男の人にあげる物を買ったのだと思う。学校のお友だちより、そのほうが年齢が近いもの。


「ねえ、祥子ちゃん。そういえば昨日、なにを買ったの? 放課後になったら教えてくれるって」

「え、ええ──いまあ?」


 そう、今なの。二人が「なあんだ、そんなことか」って笑えるタイミングは、今なの。


「大人の人へプレゼントするのに、付き合ってもらっただけだよ」

「うん、そうだと思った。ネクタイとか見てたもんね。結局、なにを買ったの?」


 こんな風に積極的に話すのは、我ながら珍しいと思う。でも二人が仲良く出来るなら、私は精一杯がんばりたい。


「結局──ネクタイ。着けてるのが、すぐ分かるし」

「そうなんだ。お父さん、喜んでくれた?」

「え? お父さんにじゃないよ」


 お父さんじゃない。ということは、お兄さんとか? 祥子ちゃんの兄弟とか姉妹とかの話は、そういえば聞いたことがない。


「コトのお兄さんにでしょ」

「だからコトちゃんから、お兄さんを取ったりしないってば。三島先生にだよ」


 とうとう純水ちゃんは、自分から核心を聞いた。けれどそれは否定されて、思いもよらなかった人の名前が出てくる。


「三島先生?」

「うん。今日が誕生日なんだって」

「なんで三島先生?」

「なんでって──」


 急に純水ちゃんが話し始めたことに気を良くしたのか、祥子ちゃんは「仕方ないなあ、教えてあげよう」という空気を出していた。

 でもそれが途中で止まって、みるみる顔が赤くなっていく。


「……あ、あはは! こんなこと言うの簡単だと思ったけど、恥ずかしいね!」


 察しの悪い私にだって、それがどういうことなのか分かった。分かってしまった。

 なんのことはない。相手が私のお兄ちゃんでなく、三島先生だったというだけだ。

 純水ちゃんに取っては、なにも状況が変わらない。


「帰って」

「あははは──え?」

「また頭痛くなってきたから、帰ってくれる? 悪いけど」


 純水ちゃんは、顔を俯けたままベッドに入っていった。そのまま壁のほうを向いて、苦しそうに肩の辺りが上下している。


「そっか、騒がしくしてごめん。ちゃんと薬飲むんだよー」

「うん、助かった」


 ばっさりと気持ちを切り倒したような言葉が、私の背中を追い立てる。早くここから出て行けと、これからあたしは泣くんだからと。


「鍵は大丈夫かな──」

「少し落ち着いたら、自分で締めるよ」


 玄関を出て、専用ポーチの小さな門も閉めて、それが会話の最後だった。私がバス停に向かう時も、祥子ちゃんは肩を落として去っていった。

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