第42話:あかるい屋上、あかるみに出る謎

「うーん……」


 お箸で持ち上げたご飯が、とても重く感じる。言ってしまえば、暢気に食べている気分じゃない。

 ご飯を下ろして、ミートボールを持ち上げて、また下ろす。


 本当は、駅ビルで実際に見ちゃったの。と言えばいい。それで、珍しい組み合わせだねとでも聞けばいい。

 だけど、なかなか言い出せない。


 なにか事情があって隠しているんだとしたら、祥子ちゃんは嫌な気持ちになるだろう。

 事実を聞き出すことが、本当に純水ちゃんの望むことなんだろうか。

 口に出せない言いわけとして、そんな思いも頭を過ぎる。


 でも正直なところは、ずるい私は自分でも認めようとしないけれど──。

 余計なことを言って、その二人から嫌われたくない。


 せっかく仲良くなれたのに。

 これから言う、ひと言ふた言のために、それがなくなるとしたら……。でも言わなかったとしたら、やはりそれでダメになるかもしれない。


 どうしたらいいの。

 本当に、聞くのが正解なのかな。もう一度、背中を押してほしい。勇気をもらいたい。

 音羽くん──!


「──く。くふっ」

「祥子ちゃん?」


 黙ってお弁当を食べていたはずの祥子ちゃんが、少し顔を赤らめていた。

 表情を見ると泣くのを堪えているようでもあったけれど、声を聞けばどうやら違うらしい。


「く──くくふっ。くあははははは」

「しょ、祥子ちゃん⁉」


 急になにを見て笑い始めたのか。その答えは、考えるまでもなく私だろう。すぐ隣に座っている祥子ちゃんはこちらを見ていて、その視界にはたぶん私しか写っていない。


「あはははは──こ、コトちゃ……あはははははは!」


 詩織さんが乗り移ったんだろうか。いやそんなことを本気で考えてはいないけれど。でもいかにもそんな風ではあった。


「ひぃー。コト、コトちゃ──嘘が──下手すぎ!」

「え、嘘?」


 とぼけたわけじゃなく、嘘だとはっきり言われたことに驚いた。


「だって、態度が変だよ。そんなにお兄さんが、なにしてるのか心配だった? コトちゃんは、お兄ちゃん子だね!」

「ええっと──」


 家族としてはお兄ちゃんしか頼る人は居ないし、そうじゃないとは言えない。でもそんなことより、散々悩んで実行した計画が、こうもあっさり破綻するとは。

 私は完全犯罪なんかには、向いていないらしい。


「気にしなくてだいじょぶだよ。お兄さんを取ったりしないから」

「え?」

「え?」


 思いがけず、答えが聞けてしまった気がする。不意だったので聞き返してしまって、それは祥子ちゃんに意味が分からないだろう。


「駅ビルで、お兄さんと一緒に居るのを見たんじゃないの? それでうちが、お兄さんを誘惑してると思ったとか」

「誘惑とは思わなかったけど──」


 祥子ちゃんにその言葉は、なんだか似合わない。いい意味で。


「えと、じゃあ。たまたま出会ったの?」

「うーん、そういうことでもないんだけど……」


 祥子ちゃんは恥ずかしそうに、それをごまかすためにか両手を絡めていた。答えるかどうかだと思うけれど、いくらかの葛藤が見えて、やがて言う。


「放課後。放課後に、言うよ。それまでちょっとだけ待って。コトちゃんには言ってもいいんだけど、いざとなると恥ずかしくて」

「う、うん。でもじゃあ、お兄ちゃんとデートじゃなかったんだね?」

「それはないってば」


 えへへへと、照れの被さった笑いがあって分かりにくい。けれどもたぶん、お兄ちゃんを好きとか、お兄ちゃんが祥子ちゃんを好きとか、そういうことはないのだと思う。


「あ──じゃあ。純水ちゃんのお見舞いに行こう?」

「え。行くことにしたの? 朝は大げさって」

「え?」


 なんの話だか分からなくて聞き返すと、祥子ちゃんはまた吹き出した。


「ぷっ。ほんとにお兄ちゃん子だね」

「そんなことはないよぅ……」

「うん。いいよ、そうしよう。職員室に用事があるから、それが終わってからね。コトちゃんも、付き合ってくれるって言ったからね。それも覚えてないかな?」


 覚えていない。そんな話をしたの? 別に職員室へ一緒に行くくらい、全然問題ないけれど。


「覚えて──」


 覚えている、なのか。覚えていない、なのか。語尾を、ごにょごにょとごまかした。そんなの見え見えだろうけれど、バツが悪かったから。


「ありがと。じゃあ、そーゆーことで」


 にやあっと笑いつつも、祥子ちゃんはそれで話を終えた。

 暑さのせいか、笑ったからか、上気してピンクに染まった祥子ちゃんの頬。それが生き生きと動いて、残りのお弁当が片付けられていく。

 お見舞いになにを持っていこうかと、話すトーンも心なしか弾んでいる。


 お兄ちゃんとは、純水ちゃんが心配したようなことはないみたい。でもそれならなにをしていたのか、まだ分かっていない。

 純水ちゃんのところに行くまでにはどうにか聞き出して、彼女の前で自然にそれを話してもらわないと。

 私に残された使命は、まだまだ難易度が高い。

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