幽愛の夜想曲
祥音奏
本編
1.プロローグ
暖かい春の陽気が心地いいある朝のこと。俺は朝食の支度をするべく、我が家の冷蔵庫を漁る。今日は何にしようか……。
「
「あいよー」
そうかフレンチトーストか、それもいいなあ。冷蔵庫から食パンを四切れ掴み取る。
親元を離れてこちらの大学に来てから早一か月、憧れだった一人暮らしにもそろそろ慣れてきたように感じる。
砂糖、卵、牛乳を混ぜた液に浸していたパンをひっくり返していると、隣の部屋から再び声がかかった。
「秋斗さんまーだー?」
「もうすぐー」
声のするほうへと軽く返事を返して、あらかじめ温めておいたフライパンにバターを溶かすと、すぐにじゅわっとフライパンいっぱいに広がった。
一人暮らしを始めてしばらくすると大抵の人は自炊をサボりがちになると聞いていたが、俺は一か月経った今でも続けられている。
「秋斗さーん、わたしもうおなかペコペコです!」
「もうすぐだから待ってろって」
しばらくするとフライパンに入れたパンの香ばしいにおいに包まれる。トースト全体が綺麗な黄金色に焼きあがったところで、右手でフライパンを持ち上げる。手首のスナップを意識しながら、よっとトーストを放る。左手に掲げた皿で華麗にキャッチ。キマった。
「へい! フレンチトーストお待ち!」
言うが早いか、俺の部屋とリビングを隔てた壁から一人の少女が現れた。
「もう、遅すぎです! もう少しでわたしはハラペコで死んじゃうところでした!」
「何を言う、もう死んでるくせに」
「幽霊だってお腹空くんですー」
「なら俺が引っ越して来るまではどうしていたんだ?」
「さあ? 知りません」
「都合のいい奴だなオイ」
黒い瞳に、同じく黒くて長い髪、ひょこんと跳ねたアホ毛が特徴的だ。白いワンピースをまとった体はふわふわと宙に浮いており、足などはもはや原型をとどめていない。
そう、彼女は幽霊だ。本名はわからないので、『幽』霊の『ユウ』ちゃんと呼んでいる。いや、正しくは呼ばされている。俺がこのアパートに越してくる以前からここに居座っていたようだ。
俺は憧れの栄玲大合格の知らせを聞くとすぐに、念願の一人暮らしを始めるために住むところを探した。こうして大学から徒歩ほんの十分、四人家族向け、家賃三万という破格の物件、このアパートを見つけたのだった。
そりゃあ不動産屋には言われたさ、「いわくつきだ」って。しかし、まだ自分でまともに稼ぐ術を持たない一端の大学生には、この家賃や立地の条件があまりにも魅力的だったのだ。当の幽霊もこのザマだしな。
フレンチトーストを食べ終えた俺は、残った皿をテキパキと片付け席を立つ。時計を見るとちょうど八時を回ったところだった。
「んじゃ、俺は大学行ってくるから皿は片付けておいてくれ」
「はーい」
「くれぐれも問題を起こすんじゃないぞ」
「言われなくても分かってます!」
この春に新調したばかりのオーバーを羽織り、真新しいカバンを担ぐ、こうして大学生となった俺、
ガッシャーン!
そう、いつも通りの……。
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