第二十話 飴ちゃん
「
「今年もきたかー……」
「きたよー」
その日、帰宅すると、嫁ちゃんが台所から顔を出して知らせてくれた。リビングのテーブルの上に鎮座している、俺宛の段ボール箱を見下ろす。荷物の中身は「お菓子」となっているが、大きさも重量もかなりのものだ。
「嫁ちゃんや、今の君はこんな重たいモン運んだらあかんやん。玄関に置いといたら俺が運んだるのに」
今の嫁ちゃんは妊娠中だ。こんな重たいものをここまで運ぶなんて、とんでもない。
「ああ、大丈夫大丈夫、いつもの宅配のお兄さんだったから、ついでにそこまで運んでもらったの」
「せやったらええんやけどな。しかしもうそんな季節かあ……今年も気合入ってんなあ、オカーチャン。
「宅配便のお兄さんも同じこと言ってた」
「やろー? そのうち、でっかい箱二つとかになりそうで怖いわ」
着替える前に、段ボール箱を開けて中身を確認する。その中に入っていたのは、案の定いつもの〝ブツ〟だった。チビスケが駆け寄ってきて、箱の中をのぞきこむ。
「ばーばからいっぱいきたー!」
「そうやで」
「ぼくのもあるー!」
チビスケがその中に、〝みっくんへ〟と書かれたものが別包装で入っているのを見つけた。
「ほんまやな」
「わーい、ぼくのー! ちょーだい!」
「みっくん、そのお菓子は、明日にならないともらっちゃダメなんだよ? 他の子達と一緒の日にもらわないとダメって、さっきも話したよね?」
「えーーーーー!」
嫁ちゃんの言葉に、チビスケは不満げに口をとがらせる。そして俺のほうをみた。
「ぱぱー、だめー?」
「そうやなあ……。ばーちゃんが送ってきてくれたこの飴ちゃんは、明日の夕方に皆にくばるもんや。みっくんだけが先にもらったらずるいんちゃうか? 他の子がみっくんより先に、明日のハロウィンのお菓子をもらったどう思う?」
その質問に、チビスケは少しだけ考え込む。
「ずるいー……」
「やろ? ほなママが言ったとおり、みっくんも明日までがまんせなな。わかったか?」
「わかったー……」
「ママに返事は?」
「まま、わかったー!」
「よろしい」
チビスケの返事に、嫁ちゃんはうなづいた。
大阪の実家から送られてきた荷物。その箱の中には、明日のハロウィンのイベントで、子供達に配る予定にしている飴が入っていた。最初の頃は、俺達宛のちょっとしたお菓子だったんだが、なぜか年を重ねるごとにその量が増え、今では近所の子供達に配らないと消費できない数に膨れ上がり、今に至る。
「しかしまあ、オカーチャンもどんだけ送ってくんねん。配るのを見越してるにしたかて、多すぎやわ」
去年も、届いたことを知らせる電話でそう言ったんだが「お前に送ってるわけやないから文句言わせへん」と一蹴された。きっとこれからも、送られてくる飴は増え続けるに違いない。えらいこっちゃやで。
「しかも飴ばっかってなあ……まあええんやけど」
「達矢君、今年はブルーの皆さんに配っても大丈夫だと思うよ」
「そうか? ほな、明日の分とパートのおばちゃん達分をよけて、持っていってええか?」
「うん、お願いします」
好意のお裾分けと言えば聞こえは良いが、実のところ飴ばかり届けられても困るので、消費を手伝ってもらうのが目的だった。ま、それなりに喜ばれているんやから、ええんやけどな。
+++
「てなわけで、大阪のオバチャンから送られてきた飴ちゃんや。ブドウ味とリンゴ味やで。ご自由にお取りくださいや」
次の日、嫁ちゃんに持たされた飴の入ったカゴを、ブルーのメンバーで使っている部屋に置いた。本来なら食堂に置くべきなんだろうが、さすがにそこまでの数はない。ただこのペースで増えていったら、そのうち基地全体に配る羽目になるんじゃないかと
「めちゃくちゃたくさんあるじゃん」
さっそく
「うちのオカーチャン、かげんっちゅうもんを知らんねんなあ。まあ、今日はハロウィンやしええんちゃう、知らんけど。それとこれ、ライダーへの限定品プレゼントで作った飴細工やて」
俺は、チビスケ宛のお菓子と同じように、箱入りになって送られてきた飴細工を差し出した。棒の先には、水色と白で作られたブルーインパルス仕様のT-4の飴細工。まったく、長いこと続けていると、単なるパートのオバチャンでも、こんなものまで作れるようになるのかと感心してしまう。まさに継続はなんとやらだ。
「
「飴工場で箱詰めをしているだけの、普通のパートのおばはんやったはずなんやけどなあ……一体、どこでこんな技術を身につけたんやら」
「あ、これ、7番だ」
青井が目ざとく見つけた。
「1番から6番までしかないねんって話してたんやけどな。なんやどっかで、班長の帽子に7がついてるのを見たらしいわ。せやからこれは、班長に渡す飴細工ってことやな」
そう言いながら、その飴を青井に差し出す。
「俺がもらっていいのか?」
「もちろんそのつもりで持ってきたんやし。それぞれの番号のライダーさんへって話やからな。これを班長に渡さへんかったら、オカーチャンにドツキ回されるわ。ああ、ちなみにソーダ味やから」
そんなわけで、師匠とデッシーにそれぞれの飴細工を配った。
「われんように気ぃつけて持って帰ってな~~」
+++
そして今夜は特別に、子供達はちょっとだけ夜更かしをして近所の家を回っている。ちなみにうちは官舎で最上階だったから、下に降りて子供達を待ちかまえることにしていた。ほどなく保護者に連れられて、思い思いのお化けの仮装をした子供達がやってくる。ちなみにチビスケも、嫁ちゃんとお菓子めぐりをしている最中だ。つまり影山家の子供達への応対は、俺に一任されているということだ。
「みっくんパパおじちゃーん、イタズラしないから飴ちゃんちょーだーい!」
モフモフの狼耳をつけた子が、ピンク色のバケツを持って駈け寄ってきた。たしかこの子は、みっくんと同じ保育園に通っている御近所のお子さんだ。
「おお、来たな。ええでー。今年は、ブドウさん味とリンゴさん味や」
「ありがとー!」
「歩きながら食べたらあかんで。食べるんなら帰ってからな」
「はーい!」
次に来たのは、ジャックオーランタンの帽子をかぶって、カボチャ色のマントを羽織った子だ。この子は、ブルーで総務を担当しているやつの次男坊だったはず。カボチャ愛がすごいらしいと聞いていたが、その言葉に嘘はなかったらしい。
「かげおじちゃん、カボチャの日だからおかしちょうだい」
「カボチャの日とはちゃうねんけどな。まあエエわ、持っていき」
「わーい」
そして次の子は、いきなり手を差し出してきた。
「おじちゃーん、あめぇー!」
「ストレートすぎるやろ、ええけど。ほい、おとさんときや」
「やったー! たくさんもらったー!」
やってくる子供達にラッピングした飴の袋を渡していたら、なぜか子供達の列の最後尾に、青井と青井の嫁さんがならんでいた。嫁さんは仮装をした子供達を見て楽、しそうにニコニコしている。
「影山……あのさ」
それにくらべて青井の顔ときたら。しなびたレタスみたいやで、大丈夫か班長。
「班長、なんでここにおるねん」
「え、いや、その、ナナがハロウィンしたいって言うからさ……」
さすがの班長も、奥さんにねだられたらダメとは言えないってことか。やれやれ、ごちそうさまやでほんま。あまりのことに砂を吐きそうや。
「で、影山の前に行列ができてるから並ぶって言われて……」
「別にサイン会してたわけちゃうで?」
「わかってるよ」
「しゃーないなあ……子供達に渡す飴ちゃんしかないで? ナナさん、ほなこれ。ハッピーハロウィン?」
青井の嫁さんは、嬉しそうに飴玉を受け取った。その後ろ姿を見送りながら、青井だけを呼びとめる。
「なあ、まさか他の家も回ってるとか言わんよな?」
「え? ああ、大丈夫、立ち寄るのは
「それを聞いて安心した。せやけど、前もって言ってくれへんかったらビックリするやんか。飴が売れ切れてたら、どないするつもりやつたんや」
まあいつも多めに飴袋を作るから、足りなくなることは無いのだが。
「ごめん。まさか、ナナがここに来たいって言うとは思ってなくてさ。ああ、あの飴細工、ナナにとられちゃったよ」
「おいまさか、あれをモデルにしたおにぎり作るとか、言わへんよな?」
独創的なアイディアを捻り出す嫁さんのことだ、可能性は無きにしも非ずだ。
「今のとこ何も言ってないけど、どうやって作るのか
「班長……失敗したらそれ全部、自分の腹の中に入れることになるんやで、覚悟はできてるんか?」
「え……あ、うん、大丈夫、だと思う……」
「ほんまかいな……」
そして青井のことだ。絶対にそれを基地に持ってきて、俺にも押しつけるに違いない。
「やれやれ。
とは言え楽しんでいられるのは、自分が巻きこまれないとわかっているからだ。飴細工に関しては、失敗作ができないように神さんに拝んでおくべきかもしれない。
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