唄を忘れたカナリアは

黒周ダイスケ

I 記録

#1 CANARY

「まあ、こんな部隊だからね。昨日まで、隣のテーブルでメシ食って、喫煙所で煙草吸って、任期終わったら街で遊びまくるんだ、なんて喋ってた同僚が、行ったきりそのまま帰ってこない――なんてのは、珍しいことじゃない。私もここに来て一年半だけど、そういう……“死”に段々慣れてきたのは、たぶん、あって。それは私だけじゃなくて他の皆もそうだと思う。

 私達も自我はある。自分の死なんて考えたくもないし。今ここにいるのは、ただの幸運でしかないって。


 だからこそ、あの娘がひょっこり帰ってきた時の雰囲気ときたら。


 だってさ。ああ、あの娘はアレで死んだんだって、皆思ってたんだよ。そりゃMIAだって言えば、そうなんだろうけど。

 任務の後すぐ、その“大虐殺”の現場調査に向かった部隊がいた。まだ“溶けきって”ない頃に。そいつらは帰投後に全員がカウンセリング送りになって、まるごと後方に回された。曰く、あれはまともな死に方じゃない、あんな殺され方をされるくらいなら自分で命を絶ったほうがマシだ、って。一時期は“カナリア”全体の指揮に関わるような、そのくらい凄惨な状況だった。


 だから、あれはただの帰還じゃない。あの娘はそういう地獄から、一月も経ってから戻ってきた。あの長い橋を、夜通しかけて、一人で。てくてく歩いて基地まで帰ってきた。それが半年前。

 あの娘と親しかったカナリア? ええと、確か……Fiona、だったかな。一際背が小さいからすぐ分かるよ。もっとも、まだマトモに話せるような状態でもないだろうけど……今度、会いに行ってあげたら」


「煙草、もう一本もらえる? ――ありがと。せっかくだし、これが吸い終わるくらいまでは話に付き合うよ」


「怖くないのかって、そりゃ怖いよ。トゥエルブと、あそこにいるアノマリーどもは、行くたびに毎回何かの変化が起きてる。いつか、私達の武器が効かなくなるかもしれない。昨日調査したところでも、今日になったら安全じゃ無くなってるかもしれない。

 でも、なんていうか、それは私達が“そういう存在”だってのもあるけど……恐怖そのものが当たり前の感情になってるっていうのかな。常に恐怖が身近にあって、常に死も身近にある。そういう状況だし。

 ……だから。そう、“だからこそ”、繰り返すようだけど、あの娘の帰還は私達にとってショッキングだった。怖かった。あの娘が死んだことじゃなくて、死んだと思ってたのにひょっこり戻ってきたことそのものが。わかる? わかんないか。うん。私も言っててよくわからない。

 ――あの娘。あれから、いったい、どうなったんだろう」

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