第十五話 極まる混迷

6月24日 03:04 〔大広間〕


「はああああああああ? んなわけねえだろうがよお!?」


 ジンケンの怒号が大広間全体を震わせる。


「いいえ。現状で最も怪しいのは、ジンケンさん。あなたですよ」


 けれどもシラベはひるむことなくジンケンへと人差し指を突き付ける。

 クビは誰か。確かに今議論が必要な議題である。だが、何も無理に波風を立てることはないのだ。暴走気味なシラベの発言。ここは止めるべきだろう。


「ちょっと、シラベさん。ジンケンさんも少し落ち着いて」


「はあ? これが落ち着いていられるかよ!? シラベは俺をクビ呼ばわりするんだぜ!? 黙って聞いてられるわけがねえ」


「今回のクビによる襲撃の際、アリバイのない人物。そして霊安室からコートを手に入れられた人物。その二つの要件に当てはまるのはジンケンさん。あなたしかいないのですよ?」


「だからそれがおかしいっつってんだろうがよ!? そもそも、そんなこと言ったら俺は第一の事件の時、犯行は不可能とされてるじゃねえか。俺をクビだというのならその方法を言ってみろよ」


「うっ、それは。まだ、わかっていません」


 ジンケンの言葉にシラベが押し黙る。いつもはジンケンの側が押し込められるのだが……こういっては何だが、なんとも珍しい構図だ。

 そんなことを考えている間にも二人から発せられる熱はどんどんと上がっていく。


「クビは実際に犯行を行っているんです。ならば何らかのトリックが使われたはずです! 私は探偵。必ずそのトリックを暴いて見せますよ!」


「上等じゃねえか。だったら俺も自分の無実は自分で証明してやるよ! 人をクビ呼ばわりしといて、後で後悔してもおせえからな」


「ちょっと二人とも、落ち着いて」


「テイシさんは黙っていて下さいますか? これは私と彼の問題です」


「売られた喧嘩だ。買わねえわけにはいかねえだろ。俺はクビじゃねえんだ。だからよお、別の誰かがクビだってこと必ず突き止めてやるよ!」



「皆さん、お静かに」



 部屋中の熱気が一瞬で霧散する。怒りに目を曇らせていたジンケンも。真実の探求に視野狭窄に陥っていたシラベも。狂乱にてられていた僕ら全員が声のしたほうを向く。


「目を覚まされたのですね、デンシさん」


「ええ。まだ少し意識がかすんでいる感じがしますが、大丈夫です。それよりも皆さん。これはいったい何事でしょうか。良ければお教え願えませんか」


 デンシの声は凛としたものだった。そうか。気づけばクビの襲来から一時間が経過している。首輪に仕込まれている睡眠薬の効果が切れたのだろう。

 どうやらデンシに睡眠薬による影響はあまりなさそうで、その表情からははっきりとした意思を感じられる。僕らはクビの襲撃があったこと。そして、誰が襲撃を行ったのか議論していることをデンシに伝達する。


「私が眠っている間にそんなことが。申し訳ありません」


「いいえ。ですがデンシさんが無事に目を覚ましてくれてよかったですよ」


「はい。気を付けていたはずなのですが、突如首筋に衝撃が走って。気づいたら眠らされていたみたいです」


 謝るデンシに僕はやさしく声をかける。だが、実際危ないところだったのだろう。仮にクビの襲撃にデンシが気付いていたとしたらクビはその場で口封じのためにデンシさんを殺していたかもしれない。そう考えるとデンシがクビに気付かなかったことは幸運なことだったのだろう。


「でも、どうして牢屋の私たちが狙われたのでしょうね。私たちは三人で固まっており、反撃を受ける可能性も高かったはずです。クビにしてみれば狙いづらかったのではと思いますが」


「容疑者を増やすためではないですか。デンシさんを狙った場合僕ら三人は固まっていますから容疑者から外れます。逆に牢屋の僕たちを狙えばデンシさんがクビである可能性が残る」


「デンシさん自身がクビであった可能性も忘れてはいけませんよ」


「ちょっと、シラベさん」


「いいえ、いいんです。クビの襲撃に気付けなかったのは私の落ち度です。ですが、こうして犠牲者を出さずに皆が生き残ったわけです。ここからは皆で一致団結しませんか」


 シラベの遠慮ない糾弾を受けてもデンシは優しい笑みを浮かべている。デンシの落ち着いた話口調に、張りつめていた場の空気が少し緩んだように感じた。だが。


「いいえ。申し訳ありませんが私は探偵として調査をしなければなりません。別行動をとらせていただきます!」


「なっ!? なら、俺もだ! コロ、行くぞ!」


「えっ!? ぼ、僕ですか!?」


「ちょっ、シラベさん! ジンケンさん! うーーーーー、もお! 何でみんな勝手に動くのかな。テイシ。私はシラベさんについていくよ。今、一人で動くなんて危険すぎるよ」


「じゃあ、僕も行く。カタメさんはマモルさんとデンシさんのことを見ていてくれませんか」


「チッ。協調性のない馬鹿どもが。こうなっては仕方ないか」


 一度は落ち着いたはずの空気が再び崩壊する。別々に動き出す面々に僕はいら立ちを隠せずにいた。マモルは腕を負傷しており、デンシはまだ睡眠薬が体に残っている様子。この二人を置いていくことはできない。

 すでに部屋から出て行ってしまったシラベ、ジンケンを追うように僕、マコ、コロは部屋を出る。このバラバラの状況で今、再びクビに襲われれば……


 僕は最大限の警戒を払い、牢屋へと向かうシラベの姿を追った。



6月24日 03:15 〔牢屋〕


 牢屋の扉の前に来ると立ち止まりしゃがみこむシラベ。


「あの。シラベさん?」


「どうして斧なんでしょうか?」


「えっ?」


 僕の質問に質問で返すシラベ。彼女の視線が向かうのは壁に残された斧の跡だった。


「どうして斧なのか、ですか」


「はい。牢屋は狭く斧の取り回しには向きません。斧は大広間に他の刃物と一緒に置かれていました。ですからクビは刃物を使おうと思えば、使うことができる状態にありました。では、どうして斧を選択したのか。そこには理由があるはずです」


「斧を選択した理由。ただの気まぐれなんじゃ」


「そして、クビの格好」


 僕のあいまいな返答を無視しシラベは思考を続ける。彼女の跡を追い駆け付けた僕とマコはシラベの独白を前にどう声をかけるべきか逡巡する。


「仮面を付けたのは顔を隠すため。コートを着たのは返り血を防ぐため? はたまた体型を隠すためでしょうか? ですが、その目的ならコートは冷凍庫にかかっているものでもよかったはずです」


 シラベの言葉に僕は冷凍庫にかけられていた緑色の防寒着の事を思い出す。確かに冷凍庫なら鍵はかかっていない。コートの入手難易度は霊安室のものに比べてグッと低くなるはずだ。


「わざわざ霊安室のコートを選んだ意味は? 霊安室のコートの特徴と言えば目立つ点、そして入手が難しい点。ならばクビの目的は私たちに正体を誤認させることではないか。そうなるとコートを着ている姿を誰かに見られる必要が生じる。先の襲撃は、わざと失敗したのでは? そうすると斧を選択したのは逃走時に扉のつっかえにするため? だがなぜそんなことをするのか。次の襲撃の下準備では? つまり、クビは次の襲撃をすでに計画している?」


 周囲の僕らには目もくれず独り言を紡いでいくシラベ。けれども彼女の言にはとても聞き捨てならないものが混ざっていた。


「シラベさん!」


「うわっ!? なんですかテイシさん。急に驚かさないで下さいよ」


「クビが次の襲撃の準備をしている、というのは本当ですか!」


「い、いや。それはまだ私の推測に過ぎないのですが。ただ、あながち間違った考えでないとは思っています」


 シラベの強い語気は自信の表れだろう。

 先の襲撃、それがクビの計画通りに運んだのだとしたら。


「それって、みんなが危ないんじゃ!?」


「……いえ。おそらくすぐに危険があるわけではないでしょう」


 慌てる僕の言葉をシラベは静かに否定する。


「それは、どうしてですか」


「今は全員が起きて警戒に当たっています。クビとてこの状態で犯行を行うのは難しいはず。さらに、今私たちは三、三、二で別れています。三人組のところは当然クビがいても動けませんし、二人組の所も片方が殺されればクビが特定できてしまいます。最悪、片方を眠らせた間に他の組の人間を殺す手段も考えられますが、結局は二人組の内どちらかがクビという状況には変わりません。さすがにクビだってそんな無謀は侵さないでしょう」


「でも、僕らが分散していることで危険が増すのは確かでしょう。ここは一度皆と合流しませんか?」


「いえ、まだ牢屋の調査も終わっていません」


「それは合流してからでもできるじゃないですか」


「いいえ、私は探偵です。まだ何もつかめていないここで引き下がるわけにはいきません」


「シラベさん! いい加減にしてください。今は自分のわがままを押し通す時じゃないでしょう」


 強情な調べに思わず語気が荒くなる。


「ですが……」


「シラベさん。調査なら僕が付き合います。まずは一度大広間に戻りましょう」


「……わかりました」


 僕の叱責に勢いがそがれたのだろう。シラベはまだ反論しようとしたが、僕が強引に大広間へと誘うと、しぶしぶといった感じで頷く。


 波風立てるようでうまくないが今はすぐにでも皆で団結が必要な時だ。クビが動いている、それは間違いないのだから。


「テイシ。ありがとう。だけど、暴走しないように気を付けてよ」


「ああ。わかってるよ」


 大広間へと戻る道中、同行しているマコから掛けられる声。僕は高ぶった感情を抑えながらマコ、シラベとともに廊下を戻っていった。

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