第八話 はいしんチェックリスト
*
6月21日 18:38 〔大広間〕
「テイシ。お前、ずいぶんかわいい手帳、使ってんのな」
「いや、これデンシさんから貸してもらったんだけど」
「えっ。デンシさんこんなかわいいの使ってんのかよ! でもあの人もう結構いい歳いってるんじゃ」
「ジンケンさん」
マモルが集めた票を集計する際中、それを待つ僕に対し隣に座るジンケンが話しかけてきた。そして、そんな僕らへ突如掛けられる背後からの声。
恐る恐る振り返るとそこには、変わらぬ笑みを浮かべるデンシの姿が。けれども、その笑顔からは先ほどと同じ表情であるはずなのに柔和な印象は全く感じられない。うん。それどころかむっちゃ怖いです。
「デ、デンシさん!? す、すみませんでした!」
「あら。ジンケンさん。何か私に謝ることがあるのですか?」
「えっ、い、いや」
「ふふふ。大丈夫ですよ。気にしてませんから」
「ははははは、すみません」
デンシの浮かべる変わらぬ笑顔。うん。もうジンケンが怯えてるからデンシさん、目線離してあげて。
「お前たち、何を戯れている。静かにしていろ」
「では皆さん。集計結果を発表しますね」
どうやら集計が終わったようだ。凶器の所持に賛成か否か。僕らの間での初めての意見対立の結果が出る。
カタメの鋭い声が飛び、マモルが用紙を広げる。
「賛成三票、反対四票。つまり、『反対』。凶器の所持は禁止、となります」
『反対』。マモルの示した紙にはでかでかとその二文字が書かれていた。しかも無駄に達筆な字で。
「ちっ。やはりそうなるか」
カタメは結果を聞くとすぐに毒づく。場にいた何人かが小さく声を上げる。
「あら、カタメさん。この結果が分かっていて多数決を取ったのですか?」
「ああ、まあな。現状クビはまだ動き出していない、少なくとも俺たちからは大きな動きは見えてはいない。とはいえ恐怖心だけは誰しもが常に感じている状態だ。人間、心の弱っているときほど変化は望まないものだ。ゆえに俺は多数決を決めた時点で俺の提案が通ることを半ばあきらめていた」
カタメは吐き捨てるように語る。その表情はけれども、話した内容とは異なり悔しげな様子だ。今の言も多数決の結果自分の案が否定された、半ば言い訳じみたものだろう。
そう考える僕をよそにカタメは言葉を続ける。
「そして、議論が長引けばクビに有利に働くことも分かっていたから俺は多数決の提案を受け入れた。さりとて俺の案が間違っているとはつゆほどにも思わんがな。全体での決定となった今は仕方がない。方針には従うさ」
包丁所持の立案者であるカタメが認めたことで、場から反対意見が出ることは無かった。
包丁は僕の作成したチェックリストを確認しつつ、キッチンから大広間へすべてが運び入れられ、全員で管理。必要な際には二人以上の人間に声掛けを行いその場からの持ち出しを許可するというルールが決まる。これで最低限の方針は決まったことになる。
他に武器になりそうなものも皆で広間に管理することとなった。アイスピックやら薪割り用の斧やらが広間に運び込まれてくる。並べてみると結構な量と種類であり、改めてぬいぐるみの底意地の悪さを感じる。
僕は一人チェックリストを手に物品の数を検めていく。
「けっ。ウチは賛成に入れたってぇのにな。みんなビビりすぎだってぇの。つまんねぇ」
チェックリストと照らし合わせながら刃物の整理をしていると背後から声がかかる。振り向くと、ヨイトは包丁の方に目を向けながら黒色の皮財布をいじっていた。
「って、ヨイト! 僕の財布だろ、それ!」
「あっ? ああ。悪い。隙だらけの背中を見てたらつい、な」
ヨイトは悪びれる様子もなく謝る。半ばひったくるようにヨイトの差し出す財布を手にした僕はすぐにズボンのポケットへと財布をねじ込んだ。
僕はわいてくる怒りの感情のままにヨイトを睨んだ。
「ヨイト、さん。何のつもりでこんなことを続けるのかは知らないが、その行動は僕たちの間に不和を生むだけだ。やめてくれ」
「そう怒るなって、テイシ。さっき武器の所持の禁止が決まっただろ。つまり、今こっそり武器を隠し持っている奴が居れば、そいつ。怪しいじゃねぇか」
「だからこんな真似を?」
僕は努めて表情を変えぬよう意識しながら、ヨイトに言葉を返す。冷汗が頬を伝う。
「調査の時も言ったけど、ウチはここにいる誰のことも疑っているからねぇ。多少強引だろうが、クビを特定できる可能性があるのなら、ウチは迷わねぇ」
ヨイトは勝気な顔で口角を吊り上げる。先ほどの話し合いでは皆で協力すると決まったはずだ。ヨイトの行動は明らかにその方針からそれている。
そんな僕の目線を気にすることもなくヨイトは僕の隣にしゃがんだ。
「そういえば、テイシ。あんたはどっちに投票したんだ?」
「僕は、賛成の方だよ」
少し迷った上で正直に答える。ここで嘘をついたところで信用を失うだけだ。まあ、ヨイト相手に失う信用もあったもんではないだろうが。
「へぇ、意外だねぇ。恋人を守るとか、うわ言ばかり言うあんたのことだから、ウチはてっきりあんたは反対に入れると思っていたんだけどねぇ」
「マコを守るには力が必要だと思っただけだ。別に意外でもないだろう。僕はマコを守れるならなんだってするつもりだよ。あと、マコは恋人じゃないからな」
「けっ。そんなことどっちだっていいんだってぇの。まあ、あんたが思っていたよりも面白そうなやつだってぇのは分かったから今回はそれでよしとするよ。邪魔したねぇ」
ヨイトはニヤニヤ顔でそれだけ言い残すとすくっと立ち上がり、その場を後にする。僕はヨイトが僕の元から十分離れたのを確認してから、ホッと胸をなでおろす。
額にかいた汗をぬぐいながら僕は気づくと、着ているスーツの内ポケットへと手を伸ばしていた。
「テイシ!」
「うおっ!?」
心臓が飛び上がる。僕は慌てて握っていた物から手を引くと、背中にかかる荷重の正体へと目を向ける。
そこには、この状況で何を笑うことがあるのだろうか。笑顔を浮かべたマコの顔があった。
「みんなご飯にするっていうから呼びに来たよ。テイシもお腹空いたでしょ」
「あっ、ああ。まあな」
時刻を確認すれば午後七時を回っていた。広間にも人が少なくなっている。僕の気づかないうちに皆、食堂の方へ移動したようだ。
マコの顔を見て力の抜けた僕は自身の空腹に気づく。当たり前だ。これだけ神経をすり減らしながら動き回っていたんだ。疲労は強いし、お腹も空かないわけがない。
お腹に手をやる僕を見て、マコは余計に笑顔になる。
「たくさん作ったからなくなることは無いだろうけれど、人気のあるものは早い者勝ちだからね。すぐに無くなっちゃうよ!」
「ははは。この状況でそんなに食欲がある人がいるとは思えないけれど」
「こんな状況だからこそじゃん! たくさん食べて元気出さなきゃ。空腹は人をイラつかせるんだよ? 怒ってばっかのテイシなんて見たくないからね」
「マコに心配されてちゃ世話ないな。僕、そんな怖い顔してるか?」
「うん。結構怖いよ! ジェイソンとタメを張れるぐらいには」
「うわあ、それは怖い、って。ジェイソンはホッケーマスクでしょ!? むしろ無表情じゃん!」
「うん。うん。やっぱりテイシは怒ってるは怒ってるでも、思いつめた顔よりそういう面白い顔の方が似合ってるよ!」
「いや、ぜんぜんフォローになってないって」
マコは声を上げ笑い、僕もつられて笑った。
肩の力が抜けきってしまった僕は、大広間に残っているメンバーとともに食堂へ向かうことにした。武器は放置することになるが、全員が一か所に集まる以上、皆の動きは皆が認識できるのだ。問題は無いだろう。
僕は先を行くマコの背中を見つめる。
マコは十年前のあの日から何も変わっていなかった。正義感に燃え、時には自分の身を挺してまで他人のことを慮る彼女の姿。苦しい立場に置かれていても、無理してでも僕に向けてくれた彼女の笑み。そして、幼馴染である僕へと向ける信頼を伴ったその眼。
けれどもその目に映る僕の姿を見た時、僕は自分が変わってしまった事を自覚する。
僕の手には自身の手で作成したチェックリストが握られている。包丁の数も、その他の刃物類の数も全部自分の手で記したものだ。
だから、僕だけがそこに書かれた内容を偽ることができる。
痛む胸に手をやると確かに感じる硬い感触。スーツの裏側で眠るそれは僕が変わってしまった証だ。純真だったあの頃。マコと共に過ごしていたあの頃の僕ならば決してこんな手は取らなかっただろう。
だけど今の僕にはマコを守る手段が必要だった。
だからマコを騙すことだって、自分自身を偽ることだって仕方がないことなのだ。
僕は胸のあたりを強く握りしめ前を向く。
目に映るマコの背中に、過ぎたあの日の自分の背中に向けて僕はせめてもの懺悔を心の中でつぶやいた。
ごめんなさい、と。
食堂に近づいていくマコの耳に僕の無言の決意は届くことは無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます