第16話 変わりゆくもの
嫌な予感に限って的中するものだ。
はじめは二人の欠席だった。
体調がすぐれなかったり、貴族だからこそ領地の何かしらの行事に参加するために欠席する生徒はこれまでぽつぽついたから、それくらいの人数の生徒がいないことは何も気にならなかったのだけど。
日を追うごとに、4人、5人と数が増え授業の空席が目立つようになると、さすがにおかしいことに私ですら気が付いた。
そしてとうとう、なんともいえない気持ちを誰かが口に出した。
「いくら眠くなる授業だからって、こんな露骨に休めるだなんて貴族様はいいわね」
ぽつりと聞こえた声に、私はギョッとし、アンナとミリーは眉をひそめた。
真面目に授業に出ているアンナとミリーとは違い、私は命の危機があると感じたとはいえ一つの授業に今学期参加していない負い目があって。
余計に言葉に心当たりがあって、体を思わず小さくした。
誰が言ったのかまではわからなかったけれど。
彼女の指摘はごもっともで、アンナとミリー曰く、授業を欠席しているのは平民ではなく貴族ばかりなのだ。
王立魔法学園では教師は姓を基本明かさない。
明かさないことで、生徒と教師が平等になんてのは実は建前。貴族がこんな風にこぞって休んでも、うまくことを納めることができてないことが露見してしまった。
まさに学級崩壊のようなことが起こる中で、社交は活気を増す異例な状態だった。
私の元にはレーナ派閥との交流会を望む手紙がそれこそ連日届き、アンナとミリーは大人の対応で断るのに忙しそうだ。
授業を気分でさぼることが許されてしまっている貴族と、それが許されない平民の隔たりが強く出てきて、どことなく学園の雰囲気がぴりつくのがわかる。
となると上位クラスメンバーとして参加すれば怪我をしかねないと授業のボイコットをこれまでしてきた私も、授業をさぼるのがちょっと……という思いがでてくる。
幸い今はグループで先生が捕獲した魔物相手に実戦練習だし。
けが人は出ているようだけれど、私のパーティーはヒロイン正直大丈夫か? というくらい火力メンバーが偏っているし。
しばらくはさすがに授業に出たほうがいいのではと思うのだけど、私の安全を第一とするアンナとミリーは授業への参加に対していぶかしげだ。
そんなこんなで、空気がぴりつくなか、今日も今日とて社交室にきた私は大きなため息をついた。
いつもだったら今日はなにか新作の本があるかしら~とルンルン気分で、本棚を確認したり。
さて今日のフレーバーティーは何かしら~、あのおいしかったスィーツはあるかしらなんてウキウキの時間だったのだけど。
流石に今の現状でそこまで能天気なことはやってられるほど肝は据わっていない。
となると、再度先生に私の授業参観難易度を今一度検討いただくように打診するのが一番かしらなんてことを考えていると、社交室の扉が乱暴に開かれた。
「何!?」
あわてて椅子の陰に隠れた私がとらえたのは、ビリーだった。
なんだビリーかと椅子に座りなおそうとしたのだけれど、ビリーはそうではなかったようで、ずかずかと私のもとに歩み寄ると私を見下ろしこういった。
「これが公爵令嬢であるお前のやり方か?」
失礼な物言いなのはわかるけれど、私はビリーの言いたいことがよくわからなかった。
それもそのはずなのだ。
もしかしたらラブ的なフラグがたっちゃったかも~なんて浮かれてたけれど、その後ビリーと会うことはただの1度すらなかった。
あの時は、壁ドン、顎クイ、首キュなんてことを考えたけれど。時間がたって冷静になると。
攻略対象者の圧倒的顔面のせいで恋愛的なイベントではとドキドキしただけで、どちらかというと恋愛イベントではなかったのでは? とすら冷静な判断ができるようになっていた。
となると、ビリーの言いたいことが私にはさっぱりとわからない。
「なんのことかわかりません。そのような抽象的な言い方ではなく言いたいことがあるならはっきり言ってください」
「……っな……かたで……」
ぼそぼそと話すからよく聞こえない。
「え?」
よく聞き取れなくて聞き返すとビリーが声を大きくして私に怒鳴りつけるように言った。
「こういう卑怯なやり方でお前は姉さんを倒すのか?」
「はぃ?」
いっている意味がわからない。
姉を倒すどころか、私は社交室に引きこもる選択をしただけで。
他は特別何かやってはいない。
「あの何か勘違いしてません? 私社交室にこもるようになってからは一度も先生にはお会いしていませんが?」
身に覚えなんかない私はすぐに否定する。
「お前が先導したんだろ」
「先導?」
「今や姉が受け持つ授業だけじゃない、あちこちの授業で生徒が出席しなくなっている」
「私は先導しておりません。私が授業に出ないのは、魔力量が少ない私をあなたのお姉さんが上位クラスに入れようとしたのを拒否したからよ」
「魔力量じゃない、入れる実力がそれでもあると思われたからの指示だろ!」
この兄弟はもうもうもう!
私はここ数日のイライラもあって、気持ちが一気に噴き出した。
「じゃぁなんで怪我人がこんなに出ているの?」
私の一言にビリーは黙った。
そう、けが人が多く出ていることは紛れもない事実。
「私も確かに授業には出ておりません。それは認めます。ですが他の生徒が授業に参加しなくなったのは、私が授業にでないからではなく。本来なら怪我人がでないような授業でけが人が出るからの間違いでは?」
菫色の瞳が私をにらみつけるけれど、そこに激しい苛立ちはうかがえても殺意はない。
「魔力を持つものは学園に来て学ぶことは貴族の義務。それはわかっております。他の生徒はしりませんが、少なくとも私は他の授業はさぼってなどおりませんし。これだけ怪我人が出たから私が授業に出なかったとはなぜ思わないんですか?」
ビリーは姉にずっと勝つことができなかった。
どれだけ努力しても姉には勝てず。
それはいつしか姉のほうが正しいのではとビリーの中に刷り込まれていったのだと思う。
そして刷り込みがあるのはビリーだけではない。
マルローネ先生は私の訴えを聞きもせず却下し続けた。
ほんの少し魔力測定をして、私がどの程度魔法を使いこなせるか見ればすぐにわかったことなのに、彼女はそれをしなかった。
自分の経験は正しいと突っ走ったのだ。
その結果が怪我なのではないだろうか。
「モンスターの強さは、本当に例年通りだったのでしょうか? 強い人から見れば、小さな誤差は気にらなくても、そのモンスターと互角にやりあえる人になると、そのわずかな誤差が命取りにつながるのではない?」
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