彼女と別れたその後に②
身体強化で聴力を強化して、医務室の中の様子をうかがう。
声は聞こえない。
でも中に人はいるようで足音がする。
足音が止むことはなく、部屋の中を落ち着きなく動き回っているようだ。
……何かが起こっている。
状況はさっぱりと読めないが、アイベル先生の様子はあきらかに普通ではない。
確か彼女は生徒が失踪したと言っていたな。
心配しているときも、このように落ち着きなく動くかもしれないが……
ここは学園都市。
人の出入りを制限しやすくするために、出入り口は一つ。
そこさえ押さえてしまえば、少なくとも外にってことはなくなるだろうに。
ここで一体何をしているのか、何が先生をこうも落ち着かない様子にさせているのか。
こうして私は先生を見張ることとした。
―――――――――
日が完全に落ちると、学園からは生徒の姿が消えた。
日が落ちてからの学園内の出入りは禁止されており、警備員が定期的に見回りをするからだ。
見つかれば厳重注意、何度もあるようであれば厳罰となるから当たり前ではあるが。
しばらく長い間部屋の中で何かを探すような音がした後ようやく医務室のドアは開けられ、ランプを片手にアイベル先生が現れたのだが……
窓ガラスに映る先生の顔つきをみて私はこれは、とてもじゃないけれど声をかけるべきではないと息をひそめた。
苛立ちを隠しきれないとの言葉がふさわしい顔をしていたからだ。
見つからないように距離をとって後をつけることにしたのだが、ちらりと見えた医務室の様子に、私は覚悟を決めた。
引き出しという引き出しが開けられ部屋は物取りに入られたかのように荒らされていた。
外はすっかりと暗くなり、月も雲が覆い外は暗く、そろそろ眠るような時間なのに、こんな時間に職員寮へと戻らずいったいどこに行くつもりなんだ?
距離を十分取り後をつけていたつもりだが、突然先生は立ち止まると。
「チッ」
と舌打ちをするや否や、先生はランプの灯りを素早く消し、寮へと続く道からそれ木々の中に身を隠した。
ばれたか……
ごくりと唾を飲み込むが、しばらくすると複数人の生徒がこんな時間だというのに人目を忍ぶように学園へと向かっていく様子が見えた。
どうなっている? 状況が読めない。
何が起こっている?
「もう潮時ね……でも、このままじゃ終わらせないわ」
通り過ぎる生徒たちを見送って、先生がガラッと今までと違う口調でそうつぶやくと生徒が出払ったのを確認してから、寮へと入った。
寮の通路には隠れるところはなく、かつ、私は目立つ。
中にはうかつには入れない。
身体強化をして耳を澄ますが、距離が空いたこと、大勢の人が住んでいること、夜だからこそ声を潜めて会話をされているからいまいちわからない。
とにかく、こんな時間に関わらず。おそらくだが、いろんな部屋を訪問していることだけはわかった。
一棟目を回り終えると、先生は焦りといら立ちを隠しきれない形相で、次の寮棟へと早足で移動する。
でも、次の寮でも目的をはたせなかったようで、さらに次の寮へと先生は移動する。
何らかの異常事態を警告しているとは思えないし。
とすると、誰かを探しているのか? でも誰を?
そんなことを考えているが、先生は先ほどまでとは違い一向に出てこない。
まずいな。これはどこかの部屋に入られたな。
寮内に入るか?
だが、鉢合わせたときにうまい言い訳が浮かばないし。
一度鉢合わせれば、もう私が尾行することは難しくなるだろう。
その時、ガラスの割れる音がした。
大きな音ではない。
でも、あの先生の様子と何か関係があるに違いない。
私は身体強化して寮の裏側へと走る。
寮の裏側に回り込むが、灯りを持ってない私にはよく見えない。
その時月を覆う雲がずれ現れた人物を見て私はすべてを理解した。
アイベル先生が抱えていたのはまさしく。
秘密の部屋の出入り方法を唯一しっており、私に学園に入り込んだ悪いねずみを狩ってほしいと頼んだ――――彼女だった。
見上げた寮は、4階の窓ガラスが割れており煙が立ち上る。
あそこから飛んだのか……
落ちたらただでは済まない高さだとは一目瞭然。
なのに、目の前の人物は平然と立っている。
ガラスが割れてから私が駆け付けるまで、それほどの時間はかかっていない。
ほんの少しの隙があれば彼女も逃げたはずだ。
領主教育を受けているからこそわかる。
今の私では、相手とやりあっても勝つことはできないだろうし。
怪我がないところを見ると、相手は治癒師。
私は致命傷を負えば終わりだが、相手はそれが通じない。
それでも…………
彼女は私が唯一見つけた手がかり。
ここで失うわけにはいかない。
致命傷を負うリスクがあったとしても、ここで私が命尽きたとしても。
もう後戻りはできない……
約束通り――――彼女を守る剣となろう。
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