彼女と別れたその後に

 あった。


 あった。


 あった。



 本当にあったのだ。




 まだ信じられない。

――――秘密の部屋は本当にあった。



 あれだけ学園中を探しても見つからなかったし、噂ですら知っている生徒はいなさそうだったのに。

 まだ興奮が冷めやらない。



 彼女と別れてから真っ先に向かったのは、王立魔法学園の図書館の一角。

 そう彼女の腕を掴んだことで、秘密の部屋へと入った入り口にあたる。

 そこは図書館の割と端のほうにあり、置いてある本といえば、隅に追いやられているのだから授業で使う物でも、興味をひくようなものでもない。

 何の変哲もないここでということを知らなければ素通りしてしまう様な場所だ。


 ここが入り口…………

 秘密の部屋への入り方はわからない。

 でも何かしらかの条件を満たせば、転移魔法というというこれまた理論上は可能ではあるが、おとぎ話だと思われていた陣が発動し、普通にしていたら行くことのできない部屋へと入れる。



 本当になんの変哲もない、図書館の一角。

 いまだに自分でも、あれは秘密の部屋があってほしいと望む私が夢や都合のいい幻覚でもみたのかとも思うけれど。

 彼女に勧められていい印象が残るならと、迷わず購入した宝飾品は握りしめた掌の中で確かに存在感があり。

 軽く握りしめると手に食い込む。その痛みが夢や幻なんかではないことを告げる。



 何度も足を運んだ図書館で、まさか転送魔法というこれまたおとぎ話のような手段に出くわすとは思いもしなかった。

 焦りと混乱、そして逃すわけにはいかないとの思いで、思わず腕をひねり上げて乱暴に捕縛してしまったからこちらの印象は最悪。

 


 おまけに、好印象で有りたいと思う相手にかぎって、稀にしか存在しない容姿の美醜に全く左右されない人物とついていない。

 そういうことに左右されないような人物だからこそ、秘密の部屋を受け継いだのかもしれないが……




 見覚えのない生徒ゆえに、少しでも情報が欲しいのに。

 そういう時にかぎって、日ごろの行いのツケが回るとはよくいうもので。

 レーナと距離をとるために利用した女子生徒が話しかけてくるし。

 今はほっておいてほしいにしても、もう少しましな言い回しをする余裕すらなく、冷たくあしらったことで、彼女が私に向けた視線は冷たかった。


 それどころではないとこちらの事情を説明するわけにもいかず。適当にごまかしたが……



 第二王子の暗殺を止める剣であることを望まれたということは、少なくとも彼女にとって自分は利用価値がある人間ではあるはずだ。

 挽回するチャンスはいくらでもある。

 もう少し仲良くなってなんとかあの秘密の部屋に出入りできる方法は教えてもらえずとも、なんとかもう一度あの部屋に出入りするために、彼女にとって価値のある人間で有り続けなければいけない。


 私が自由でいられて学園に止まれる時間はあまりにも短い。

 どれだけ願っても私の元に冬は来る。

 すべてを覆う、領地を白く白く染める冬が……終わらない冬が……



 ギュッと握りしめすぎたようで、爪が食い込み手が痛い。

 こんなことをしている場合じゃない。

 前を見据えて、考えろ。

 私には今やるべきことがようやくできたのだから。




 気持ちを切り替えて今回の彼女からの願いに思いを巡らせる。

 第二王子が今学園にいて、それを教会が狙っている。

 彼女以外の人間がいえばやんわりと愛想笑いで流したことだろうが。

 秘密の部屋の出入り方法を知っている人物が頼んできたとなると話は違ってくる。


 梯子から落ちた彼女を医務室に迎えに来たのは、王家の忠犬アーヴァインの分家筋のフォルト……

 彼は領主候補生の中では最も立場は弱いが、唯一学園にいて動ける駒。

 何かしらの命を公爵様から受けているかもしれない。

 そして、危ない橋渡しを領主候補の中では立場は低いとはいえ、フォルトにとらせるとは考えられず。

 実行に移すのが、今回秘密の部屋を知っている彼女と考えるのが自然だろう。



 そんな時、ふっと記憶の端に治癒師として立ち会っていたアイベル先生の姿が。


 教会による王子暗殺計画と聞いたからだろうか。

 そういえば、医務室の先生は治癒師であり。

 その髪の色は白で瞳は金。

 教会の神官として学園に通っている治癒師のシオンと全く同じ色を持つ。


 これは偶然なんだろうか。

 この属性だと髪や瞳がこの色になるなどということは聞いたことはない。



 確証はないが、とにかく彼女の為に動いた実績がいる。

 そういう思いで医務室に向かって様子をうかがうことにした。



 これが、長い夜の始まりだった。

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