第42話 民衆の心

 天に向かって掲げられたフォルトの剣と、割れんばかりの歓声。


 じわじわと私の中に込み上げる実感……

 本当にフォルトが勝ったんだ。

 フォルトは、魔剣を取り出すことなく。

 自分自身の力だけで戦況をひっくり返し、勝利を文字通り勝ち取った。

 フォルトは、領主候補の地位を今後はく奪されることはなく。

 ラスティーが領主候補から外れるため、家名をかけたアンナとミリーもこれで咎められることはない。



 長い長いトンネルから抜け出せないような戦いだった。

 私もろくに寝ず駆け回った日々だった。

 長い長い緊張状態が解け腰が抜けたのか、私はゆっくりと観戦時に使用していた椅子に座りこむと、椅子から立ち上がれずに友にそして師にもみくちゃにされるフォルトを見つめていた。

「「レーナ様!」」

 ふっと名前を呼ばれて両サイドをみると、目が赤いアンナと、鼻が赤くなったミリーがいた。

「何をされているのですか、さぁフォルト様のところに行きますよ!」

 アンナがいつものように今何をすべきか私がわからなくなっているときに、リードする。

「待って、私なんか安心しちゃったら腰が抜けちゃったのか立てない」

 私がそういうと、アンナとミリーが顔を見合わせた。

「ご心配なく、レーナさま。このような時こそ私たちの出番ですわ」

 ミリーの掛け声とともに、私の脇の下にそれぞれの手が入って立ち上がらせてくれる。


 

 それが、今後も変わらず二人が私の傍にいますよと言われたようで、私の涙腺は決壊した。

「なんで、このタイミングでレーナ様ボロ泣きしてんの」

 うわ……ひっどい顔。ないわと言わんばかりの顔でシオンが私を見つめるけれど、しょうがないじゃない。

「止まんないんだもん!?」

 不安な気持ちが一気に安堵に変わったら、もう涙と鼻水が己で制御できない!

「ほんと、ひどい顔だ」

 こういう時は見てみないふりをしてくれる最後の良心フォルトですら、私の顔をみてクスっと笑いそういうと。

 ハンカチで私の涙をぬぐうを鼻水をぬぐい、私の首に貸していたラッキーネックレス様を止めてくれた。


 

「フォルト様、ご自分のお立場を顧みずレーナ様を守る選択肢をとられたことを、深く深く感謝いたします」

 そう言って、アンナはドレスが汚れることをいとわずに、砂浜に両膝をつき右手を胸元にやり頭を下げ最上礼をした。

「レーナさまのことだけではなく、私たちの家を守ってくださったこと、本当に感謝してもしきれません」

 ミリーもそういって、ドレスが汚れることを躊躇することなく、血がところどころ飛び散る白い砂浜に膝を折り頭を下げた。


 わ、私もしたほうがいいのかしらと膝を折ろうとしたその時だ。

 あれだけ大きかった歓声がいつの間にか止み、違うざわめきが聞こえて私は後ろを振り返った。


 貴族席の後ろに押し寄せた平民の観客たちは、いつの間にか歓声を上げるのをやめ。

 誰から始めたのかわからないけれど。

 数えきれないほどの人々がアンナとミリーにならうように皆両膝を折り、右手を胸にあて、頭を下げていた。

 それはまさしくこのゲームでよほどのことがない限りすることがない、最上礼だった。

 誰に向かってだなんてそんなこと言わなくても、わかる。

 そんな人物、今この場に一人だけだ。




 数えきれないほどの民衆がたった一人の人間に向け頭を下げるその光景は圧巻としかいいようがなかった。

 歓声とは違うざわめきは、これほど多くの人が、最上礼をたった一人の人物に向けてしたことにざわついた貴族だった。

 圧倒的な民意を前にして

「すごい」

 と思わずつぶやいてしまった。

「あぁ、本当にすごい……。本当に、本当に……」

 フォルトはそういって、私にハンカチをかしてしまっていたので、袖で目元をぬぐった。




 その後、アンナとミリーは今日ばかりはご家族と帰っちゃって。

 フォルトとシオンとジークとリオンは今日の勝利の余韻があるようで、私が邪魔するのはと、先に家に帰ることにした。

 父と母は一足早く帰ってしまっていて一人での帰宅だったけれど、今日領主戦に向かっていた時よりもずっとずっと軽い気持ちで私は馬車に乗り込んだ。



 馬車は走り出す。

 ふかふかの椅子に、連日の寝不足がたたったのだと思う。

 私はうとうとしていた。

 まぁ、付いたら起こしてくれるわよねと私は目を閉じた。





 私は失念していたのだ。

 フォルトの勝利を望む人が多くいたように、ラスティーの勝利を望む人がいたことを。

 ゆったりとした夢の世界。

 それは、突如終わりを告げた。



 フォルトから返してもらった、学園都市で買いまくった装飾品の一つがはじけ飛んだからだ。


 パンッという音は、それほど大きいものではなかったけれど。

 装飾品がはじけ飛べば流石に起きないはずもない。

 怪我をしたわけではないけれど、装飾品がはじけ飛ぶなんてこと普通はあり得ない。

 はじけ飛んだ装飾品のかけらをみて、あれほどの眠気が吹き飛んだと同時に、冷静さと理性が戻ってくる。


 馬車の窓から眺めた景色はすでに真っ暗。

 私の家は観光地の中でも一番いい場所にある。領主戦の会場からそれほど遠くはなれてなどいない。

 だとすると、ここはどこで馬車はどこへと向かっているのか?

 誰が? 一体何のために? あぁ、してやられた……

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