第3話 シー

 事態は私が思っているよりもとても厄介なのかもしれない。春はいろいろ決めることがあるようで父は連日忙しく領地を行き来しているし。

 メイドたちもいつもよりもピリピリとしているのがわかる。だって、あの景色が売りの私の部屋はいつもであれば、私が朝起きてくれば、カーテンが開けられて、窓も開いているくらいだったのに。今はしめきってしまっている。

 部屋がそれほど暑くないのは、おそらく何か魔道具を使用しているのだろう。


 異変は私の部屋だけではない、私の家の窓という窓が閉められ。巡回の護衛が何回もくる異常事態である。

 大変なことになったかもしれない……。唯一の直系の公爵令嬢が婚約を解消することの意味を私は全然考えていなかったとしか言いようがない。

 フォルトが私に婚約を申し込んできたことがあった、でもそれは私の気持ちがNOであれば通らないものだし、フォルト自身も私に自分との婚約を無理強いするつもりがなかったのだ。

 でも、今私に会おうとしている連中は違うのかもしれない。ちらほらと聞いた話によるとだけれど。公爵家アーヴァイン家の次期跡取り候補であるが、フォルトの家とは違って子供同士の行き来はこれまでなし。その理由はレーナと同い年のフォルトとは違い年齢差があるからかもしれないけれど。


 だからといって、こんな風に露骨に来られたんじゃ次の結婚相手を探さないとと考える私も警戒する。政略結婚ならジークのですでに懲りているし、愛のない政略結婚など女側が泣きをみることのほうが多いに決まっている。

 ましてや、ジークは厄介事に私を巻きこんできたけれど、顔はあの通りだし。

 ジークには厄介事の解決をはかってもらった。実際戦闘で身体を張ったのは私ではなくてジークだった。



 父がジークにこだわる理由として、ジークが家柄的なことも含めて政略結婚的に周りが文句をつけれない相手だったんだと思う。

 ジークとの政略結婚は次の跡取りが決まらないとき、跡取りの決め手とするために私を利用することから私を守るという意味もあったんだと思う。

「はぁ……」

 自分の力じゃ今振りかかる火の粉は振り払えそうにない。魔力が少ない私では何かあった時に相手を吹っ飛ばして逃げるということができない。


 どたばたと音が聞こえて私はサッとソファーの影に隠れた。

「何この部屋辛気臭い」

 そういって部屋に入ってきたのはシオンだった。

「何よもう、驚かせないでちょうだい」

「レーナ様に出資してもらわないと始まらないんだよねかき氷屋さん」

「本気でやるつもりだったのねそれ。ジーク様もそれ聞いたらびっくりすると思いますよ……」

 シオンががさごそ胸元から取り出したのは地図だった。

「口約束でも、やはり公爵家であるジーク様は庶民との約束をなかったことにされる方ではないと僕は信じてるから。それで、出店場所なんだけど此処あたりがいいかなって思っててさ」

 そういってシオンとかき氷の話をしてると気が紛れた。男が押し入ってきたらどうしようというのはやはり恐怖なのだ。シオンの実力を知っているからこそ隣でいつも通りにふるまってくれるのがありがたいけど……。



「もしかして、私のところに行くように誰かに頼まれた?」

「……ん~。普段ポンコツなのに変なところは気がつくよねほんと。フォルト様にレーナ様に付いてるように言われたの。僕にそれをきいてくるってことはどうして僕がきたかご存じだろうけれど。フォルト様は跡取り候補だから今レーナ様の隣に馳せ参じたら事態がややこしくなるからだろうね。それで、やはりシロップなんだけどレーナ様のところのコックにさ何種類か作ってほしくて。レーナ様からかき氷屋さんにシロップ提供したいって言えば金かからないよねきっと」

 気づかいのなかに、自分の要望を通すことをガッツリいれこんでくるのがほんとシオンらしい。

「ありがとう」

「相手が貴族じゃ、僕じゃ完全な意味では止めることができないから。お礼はフォルト様が番犬になる人物への交渉がすんだら僕じゃなくてそっちにいったほうがいいよ。僕は一時的に隣に入れるけれど、ずっとは無理だから。それで、かき氷屋のプレオープンにはレーナ様、アンナ様とミリー様も誘ってかき氷注文しておいしそうに食べてね」

 僕じゃ完全な意味では止めれないという意味がわかったのはすぐだった。



 『困ります』という声が聞こえて私は再び自室のドアのところに視線をやった。厄介事がとうとう来たのだ。

「護衛はどうなっているの? これじゃ意味がないじゃない」

「そうだよ。相手は貴族でアーヴァインの関係者で、下手したら次期跡取りだもん。レーナ様の父アーシュ様が御在宅ならば止めれるだろうけれど。今は春だから領地の視察に飛びまわっててアーシュ様が忙しいとなれば、護衛は実力ではとめることができても、権力の前には弱いからね……」


 ドアは乱暴に開けられた。私は覚悟を決めて公爵令嬢として振舞う時間がやってきたことを悟った。

 クリスティーが降りみだした髪で部屋の扉を乱暴にあけた人物のあとを追う。


 レーナとフォルトと同じ金髪に緑の瞳の男が一人入ってきた。彼がラスティー? 血縁者だけあって、顔立ちや髪や瞳の色だけでなく、雰囲気がほんのり私やフォルトと似ているような気もする。

 何より顔が整っている。

 まだ若そうだけれど、イケメンに関しては学園でアンナとミリーで散々チェックしてきたから、おそらく年齢的には学園を卒業してるのだと思う。

「入室を許可した覚えはございません。ノックもなしに部屋に入るなんて失礼ですわよ」

 怖いとかそういうことは言ってられない、実力はわからないけれどとりあえず私の隣にはシオンがいるし、アーヴァインで護衛として働ける人物が屋敷にはいる。私が拒絶を強く示すしかない。


 私の毅然とした返答は予想外だったのだと思う。そりゃそうだ、レーナはまだ14歳の小娘だし学校の成績だって優れないのを知ってもおかしくない。

「他人行儀なことを言うな。私達には血のつながりがあるのだから。それに目上の者には目下の者から挨拶すべきだ」

「僭越ながらそれは身分が近しいものに限るはず。レーナ様は公爵家の直系。失礼ながらあなたのの身分は? いくら目上であっても直系のレーナ様の頭を分家筋より先に下げさせるわけには行きません。ましてや公爵家に事前に連絡なしに乗り混んでおいてレーナ様の身分すら知らないと?」

 シオンが嫌みを混ぜ込んで距離を詰めてくる男との間に割って入った。

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