第31話 雪原を進む

 目を閉じて、開けたら朝だった。それくらい私は疲れていたのか熟睡していた。何をしているのかわからないが、ずいぶんと我が家にしては珍しく騒がしい。

 私が寝室から姿を現すと、メイドがすぐに支度に入る。

「今日は長距離移動しますから、髪のほうは動きやすいようにおまとめしてもよろしいでしょうか?」

 それに返事をすると、手早くフルアップになる、ところどころパーティーの時ほど高価なものではないのだろうが、控えめだが飾りピンが刺される。

 リビングのテーブルにはすでに朝食の準備がすんでおり、後は私が来るのを待っていたようだった。私が席に着いたことで、何も言わなくても朝食が始まる。

「飲み物はいかがいたしましょうか?」

「いつもので」

 そういうとおなじみのぬるいトロピカルドリンクが出てきた。



「今日はやけに騒がしいですね、どうしたのですか?」

「旦那さまが冬のクライスト領に入るということで発注された準備の品をもった商人が順次訪問しているのです。申し訳ありませんが、騒音については今日はお目こぼしください」

 父のほうの依頼だったのか。ご飯を食べ終わりエントランスに出てみると、沢山の人人人であった。


「馬車への熱石の取り付けは終わったか?」

「終わりました。予備の石はすべての馬車に積めばいいでしょうか?」

「冬の装束は積み込んだか?」

「おい、あれないぞ!」

 

 熱石というのはこの赤色の石だろうか。手をかざしてみるが熱くない。

「これはお嬢さま。お嬢さまの分の熱石もねんのためお渡ししておきますね。使われるのは初めてですか?」

 恰好ですぐに私が誰かわかったのだろう。親切だ。



「使用したことはないです。これは何なのですか?」

「これは、炎の魔石を改良したもので、火をおこすから熱を持たせることに特化したものになります。クライスト領は今の時期は雪がひどいんで、これを使って雪を溶かして馬車を進めるんです。

 馬車が雪にはまって動けなくなったり、雪原ではぐれてしまうようなときは暖をとらないと死んでしまいますから。人も持ち歩くのが普通ですね」

 そういって男がとりだしたのはビー玉ほどの大きさのものだった。

「このサイズがあれば半日はもちます。手で握ってちょいっと魔力を込めると温かくなりますから。すぐにこちらの特性の布袋の中にいれると暖がとれますし。雪で道が封鎖された時は、この専用の棒の先にこいつを取り付けて、魔力をたっぷりと送ると、雪をとかせる棒になります。その場合このサイズですと持続時間は20分ほどでしょうか……ただ、たっぷり魔力を送り込み雪がとかせる状態の者は熱くなりすぎて人では持って歩けませんから、温まるようならほんの少しの魔力で大丈夫です」


 そう説明を聞いて、商人はいくつかビー玉くらいのサイズの熱石とよばれる石がいくつか入った袋を私にくれた。

 馬車にとりつけるであろう大きなサイズのが気になった私は、まぁ、お父さんがお金払うし念のためとこっそり1つ拝借して袋に突っ込む。

 雪を溶かすときに使うであろう、熱石をセットする棒は、さまざまな大きさの熱石が取り付けられるようになっているし、どうにもならなかったらこのどでかいの使ってみよう。




 しばらくすると、皆準備をおえたのか姿を現した。最後は父であった。父に似合わないリュックを背負っている。おそらくだけど、あそこに遺産のコレクションが入っているのだと思う。



 私達は馬車に乗り込みオルフェの森へと向かった。

「お父様昨晩は何をしていらしゃったのですか?」

「あぁ、クライスト領は今の時期はもうかなり雪深くてね。行くなら相応の準備をしないといけないからね。その手配が主だったが……ユリウスが魔子を倒したと伝えられている領の地を治めている公爵に連絡を取っていた。聞きたいことがあったからな」



 父はおとぎ話を聞いた子供のようにきらきらとした瞳でそのことを話し出した。アーヴァインの公爵が自分から魔子の名前を出した時のみ、話すようにと言われていたことがあったんだと切り出した。

 圧倒的な力を持つユリウスのおかげで長い内乱が終わったと歴史ではなっているが事実は微妙に異なる。



 何万もの人が戦場という限られた場所で大量に死ぬことで血脈へと流れる魔力は通常ではありえないほどの量となる

 血脈で処理しきれない魔力がたまった時、血脈の中心に現れるのが魔子だったそうだ。


 ユリウスはかつての当主に魔子を討伐した後こう告げた。

「魔子は人々が愚かにも私欲のために人を殺す戦いをしていると地にできる。今は私がいるから倒せるが、次現れた時、救世主など現れない。だから戦をすぐにやめろ」と。

 そう言って、地ごとに此処は水、あっちは土だったと魔子の属性がなんであったのかを当主たちが明かしたそうだ。

「ユリウスの魔剣は思っていたのとは違ったが、本当に実在した」

 父はとても嬉しそうだった。




 馬車がクライスト領に入ったことはすぐに分かった。

それまで暑かったのに急に寒くなったから、私達は上に冬用の上着を羽織った。

小窓を開けると、雪こそ今は降ってはないけれど、数センチ積もっていた。 

 雪道のせいかいつもよりも馬車はゆっくりと進む。


 以前いった、クライスト領にはいってすぐの魔法省の支部を超えてクライスト領の中心部を目指す。

 ジークとシオンは無事にもうクライスト領に入っただろうか……。すでに彼らと別れて3日が経過している。あちらはクライスト領に私をさらって連れて行くためにも道など念入りに調べてあっただろうし、すでに到着しているのだろうな。無事だろうか……。



 ジークの屋敷は私の家とまた違った意味で豪邸だった。こんな建物世間では城って言うんだよって感じだった。

 家紋入りの馬車の到着に、クラエスの門番が慌てる。

 そして、私達は中に通された。用心深くなっていた私は、荷物を一通り持って馬車を降りた。



 さて、これでお父様がジークの父とお話して穏便に魔子を退治しておしまいと思われたけれどそうはいかなかった。

 ジークの父は魔子がいることを認めなかったのだ。『そんなものはいない、おとぎ話のようなことをいうな』と父に言うのだ。

 助けに来たのだと父はいうが、やはり遺産のことやどのように助けるかは言えない、言えるはずもない。それが余計に不信感をあおったのだろう。

 ジークの父も長い冬のせいで心が病んだうちの一人なのかもしれない。

 公爵同士の話し合いは難航している。

 そうする間にまた雪が吹雪いてきた。



「ここはとても嫌な感じがする」

 途中から話し合いの場から席を外した私達は外を眺めていると、フォルトがそう言ったのだ。

 彼の顔は青白く大丈夫そうではない。

「どうしたの、顔が真っ青よ」

「おそらくですが、フォルト様は魔力には優れていても、魔防が低いのかもしれませんね」

 たしかに、魔力はこの中でダントツに低い私はピンピンしているが、吹雪いてきてからというもの、フォルトの顔色は悪い、リオンも普段通りを装ってはいるが気分のいいものではないと言っているしどこかおかしいのだ。



 これほど大きな御屋敷なのにメイドの数も少ない。

 フォルトのほうも屋敷の調度品なんかをみて、『困窮しているのか?』という始末である。



 それにここへ来ればジーク達がいるのではと思ったけれど、いなかった。どこか別のところへ連れて行かれたのか……となると魔子のところだろうか。

 この屋敷でさえ吹雪いてきてからというものこうなのだから魔子に近いところはどうなっているのか。


 いてもたってもいられない私は屋敷の中をうろついた。

 困窮しているのかとフォルトがいっていたけれど本当にメイドがほとんどいない。

 吹雪は弱くなったり強くなったりを繰り返す。

 



 フォルトはソファーに横になり、どことなくぐってりとしている。

 私はリオンを呼び廊下で話す。

「公爵同士の話し合いはまだ終わらないの?」

「そうみたいですね……」

「フォルトは大丈夫なの?」

「死にはしないでしょう」


 話し合いはその日の夜になっても決着はつかなかった。疑うクラエスと、解決できるが方法は明かせない父の防戦が始まっていた。

 雪は降ったりやんだりを繰り返す。



 いてもたってもいられなくなった私は、部屋を飛び出した。すると扉の前にはリオンがいてすぐに見つかる。

「レーナ様お部屋にお戻りください」



 結局次の日も話は尽きそうにない。

 フォルトは体調がすぐれないようで客室にこもったままだ。

 雪も昨日は降ったりやんだりを繰り返していたが、今日はずっと吹雪いている。



「リオン」

「レーナ様お気持ちはわかりますが、駄目ですよ」

 吹雪がひどくなってからは父のほうも具合が悪そうだ、父もフォルトほどではないが魔防がそれほど高くないのかもしれない。

 メイド達もさらに姿を見せない。

「この中でまともに動けるのはリオンと私だけですし。見ての通り私はぴんぴんしております。父はあれでは無理でしょう」

「言いたいことはわかりますが……」

 リオンは言い淀む。

「きっと、父は私が行くのを許さないでしょう。それに、フォルトもあの通りだし。リオンも雪が止まなくなってきているのは気づいているでしょう」

 私が雪のことを言うと、リオンはうなずいた。



「こっそりと抜け出し私一人で行くのと、荷物持ちで貴方もついてくるどちらがマシですか?」

「選択肢などないではないですか……」

 ずるい聞き方だったと思う、これを振りかざされてはリオンの取れる答えは一つだ。

「無事帰ってきて二人でたっぷりと怒られましょう」


 父のリュックをリオンが背負う。私はとっておきの熱石をいれておいた袋を持って、外に出た。

 動けるもののほうが少ないのかもしれない。



 私達は止められることなく、熱石で雪を溶かしながら進む。

 方角は、近づくほど具合が悪くなるのでおおよそはわかりますとリオンが言うのでそれに従う。本当は馬で行きたかったが馬もダウンしているようなので、歩く。

 雪を溶かして歩きやすくすると言っても、時間がかかる。





◆◇◆◇



 より一層吹雪がひどくなった頃。ようやくレーナより1日以上遅れて、クラエス家へと到着した。

 あの後、無事魔力をうちあげられた私達は近くの魔法省の人間と合流し、とられた奴を引き渡し、アリアンテに調書に協力するように言う。

 そして、私とシオンはクライスト領までの道のりを教えてもらい念のためと魔法省の人間に護衛してもらいむかったのだ。



 クライスト領に入った時ヤバいと思った。すでに雪は止んでいるほうが短い。それはどういうことになるのかは、すぐにクラエス家に向かう私達にすぐにわかる形で訪れた。

 護衛のためとついてきてくれた魔法省の職員はおそらく魔防の低い順に体調の悪さを訴え始めたのだ。



 家にメイドの姿が見えないのは、このように天候の悪い日はいつものことだ。家には上手くやったのかレーナの父が来ていた。

 フォルトは客室で寝込んでいたが、肝心のレーナと彼女の番犬を兼ねているリオンの姿がない。

 シオンと手分けして家の部屋すべてを確認したがいない。となると彼女の向かうところは一つしかないはずだ。

 雪のせいで視界なんかもう0だ。


「父上、戻りました」

 父の書斎にはいり、挨拶をすると、私が帰ってきたことでひどく驚いていた。

「なぜお前が帰ってきている」

「レーナに救いを求めたからです。私だけが学園でおびえて引っ込んでいるわけにはいかないでしょう。彼女を巻き込んだのだから。ところでレーナと従者の姿が見えないのですがどこに?」

 どこにいるか知っていてほしかった。

 でも、私がそう言ったことで、レーナの父が青い顔を真っ白にしたものだから、それだけですべてがわかった。



 レーナの父は書斎を出て走る。何か重要なものでも置いてあったのだろうか。何度も何度も何もない場所で何かを探す動作をする。

「どうして、リオンにはあの子が出ていくと言ったら止めろと言ってあったのに」

「お忘れですか? リオンはレーナと盟約を結んでおります。レーナが行くと決めたらリオンに力がどれほどあっても盟約は絶対、リオンには止められません」



 窓の外では雪がやむことなく降っていた。



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