第20話 傘の下で

 めんどくさいと言った後、シオンはそれ以上何も言わない。

 普段は饒舌毒舌な彼が何も言わないのでなぜ? と私も考察モードに入る。本当に何で彼はタイミングよく此処にいたのかである。

 私は魔力切れしてない。


 主が危機を感じたわけでもないから、シオンとリオンに私の居場所がわかってしまうという条件を満たしたわけではなさそうだ。

 現に今此処にいるのはシオンだけだ。

 シオンの顔をちらちらと見つめてみる。いつものように、ひどくめんどくさそうに、傘をさしてそこに彼はそこに立っている。


 とりあえず丸腰のようだけれど、シオン対術を使うからな……。というか、誰と戦うことになっても武器の所有の有無で私が勝つか負けるか有利性が決まるわけではない。

 戦闘経験なんてあるわけないし、魔力もしょぼい私では、たぶん荷物を運ぶ小説家ニコル・マッカートにすら勝てることはないだろうし。



 いや、待ってシオン私と戦う気なの? だとしたら、今の段階で既にやる前から勝敗わかっているよね。結果が決まっているから、いつものようにやる前からやる気なさそうなの?



「どう? 考えはまとまった?」

 私があれこれ考察しているのはお見通しなのか、少し時間がたってからシオンが再び口を開いた。全然考えまとまってないよ。

 とりあえず、彼が此処に現れたのは偶然ではなく必然だったのだろうことだけがわかる。


「シオンが私のところにタイミング良く傘をさして現れたことは、偶然ではなくて必然だったと言うことでよろしいですか?」

「そうだね~」

 力の抜けるような返事である。

「えっと、具体的になんの用があって現れたのでしょうか?」

「さっきも言ったけれど。もうこういうこと止めない?」

 私が夜中に抜けだして調べ物をしていることをやめろと言っているのだろう。



「いつから気づいていました?」

「先に気がついたのはリオンのほう。2週間くらい前かな。レーナ様、夜に抜けだしたりしていないか? と言われてさ。レーナ様の下僕にしておくの惜しいくらい悔しいけど治癒師としても優秀だよね彼。睡眠不足じゃないかって顔色と様子だけで見抜くんだからさ。まぁ、僕も信じてなかったよ。夜中にレーナ様が抜けだした現場を実際に見るまでは。いつまでこんなこと続けるつもり? こっちもさ、時間帯バラバラで毎日やられたんじゃ流石にリオンと交互とは言え寝不足なんだよね」

 グッ……うまくやれていると思っていたのに、そんな前からばれていて、おそらく護衛も兼ねて見守っていたんだろうなと思う。

 出ていく時間帯がバラバラなのは、私が尿意を感じて起きる時間が毎日微妙に違うからなんだけれども……。



「そんな前から……」

「リオンが情報を得るためにも泳がせたほうがいいっていうから今日まで続けたけれど。一体こんな夜中に一人でレーナ様は図書室で何やってるの? どこに消えるの? 聞きたいことがいろいろあるんだけど」

「それは……」

 シオンにはジークの件にはかかわりませんと宣言している。なんてごまかせばいいのか。



「なんて弁明するか考えるのはかまわないけれど。時間は後5分ってところかな、どうしてレーナ様が学園の警備の巡回ルートとおおよその移動時間を知りえたのか知らないけれど。巡回ルートを知ってるならもうわかってるよね。もうすぐ警備員が此処に来る。僕の満足できない答えだった場合は、レーナ様はここで警備員に見つかるか、濡れた服が見つかって夜の抜けだしがメイドにばれるか」

 ヤバい、次ここが巡回ルートだったのね。ヤバいヤバい。


 どうしよう、なんて言えばいいの。

 ジークのことを調べていましたってことを言えば、シオンとの約束を破ったことになるし、それでシオンに去られたら終わり。

 傘はすぐそこにあるというのに、いい言い訳が浮かばない。

 どうしよう、時間が。




 これじゃどっちがご主人様なんだか……ってアレ。ちょっと待てよ、私が命令すればシオンは私を傘にいれないといけなくなるはずだ。

 むしろ、傘を私によこせ! といえば彼は渡すしかないはずなのである。

 私が捕まることを望むのであれば、出てこないことが正解で、姿を現すってことは明らかに失敗のはずだ。私はさっきまで命令を失念していたけれど、命令される側であるシオンがそのことを失念していたとは思えない。



 もう時間がない、その疑問を聞き出すのは傘に入れてもらってからだ。

「シオン」

「何?」

「命令よ、私を傘に入れて此処から離れなさい」

 私が強くそう望んで言うと、シオンは苦々しい顔をした後、私の手を引っ張り傘の下に入れてくれた。



 そのまま一言も話されることはなく先ほどの場所から移動する。




 シオンの顔は不機嫌そうだ。

 そりゃ、命令でねじ伏せたんだから仕方ないのかもしれないのだけれど。

「シオン」

「何?」

「ごめん」

「謝るくらいならしないでよ」

 その通りである、けれどあの場所から逃れるにはこれしかなかったのだもの。



「本当はさっき現れた理由って私に夜の抜けだしを諦めさせることじゃなかったんじゃない?」

 私は先ほどからの疑問をぶつけた。

「何でそう思ったのさ?」

「だって、命令って手段があることシオンが忘れていたとは思えないし。私の夜の抜けだしを止めることが目的だとすれば、シオンがそのまま姿を現さなかったら警備員に見つかるか雨に濡れることで私の抜けだしを止めるって目標は達成されたと思うし。今回のことを上手く私が切りぬけたとしても、シオンがメイドにレーナが夜部屋を抜け出しているみたいだと言えば終わるじゃない。姿を現す理由にならないわ」



「はぁ……鈍いところは鈍いのに。変なところだけ鋭いよね」

 今日のシオンはため息が多いわね。

「人間優れているところの一つくらいはあるものですよ」

「抜けだす理由がわからないと、夜を防いだところで、次は僕もリオンもわからないところで暗躍されると危ないじゃん。だから抜けだす理由を知りたかったの」

 なるほどである。

「とにかく、私なら大丈夫よ。今度も上手くやるから」

「どうして一人でやろうとするのさ、皆が心配して遠ざけてるのがわからないの?」

「皆こそ、どうして不自然なほどになかったことにして、私を平穏な生活の中に閉じ込めようとするのですか?」

 私は今回に始まったことではない疑問だ。



「それは、レーナ様はアーヴァインの直系で……」

「私は領主教育を受けておりませんから。ジークと婚約を解消してもアーヴァインは継げません。頭のできも魔力についてもシオンも知っているでしょう」

 淡々と事実を告げる。

「公爵令嬢に何かあったら問題でしょ」

「グスタフの時もそうですが、私は確かに公爵令嬢ですが、フォルトは領主教育を受けた時期領主候補ですしどう考えても私よりフォルトのほうが守られるべき人材だったのでは?」

 またしても事実を告げる。

「フォルト様と違ってレーナ様魔力って乏しいし、身体強化すらできないじゃん」

 それは確かに事実だけれど。

 フォルトやアンナやミリーのアンバー組はともかく、なぜシオンがそこまで気にかけてくれるのかがわからない。

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