バカンスを楽しんでる場合ではない

第1話 バカンス

 アンナ、ミリー、そしてメイド達はレーナがジークに朝の挨拶をしにいくための早起きに付き合ってくれていた。だからこそ私の周りは早起きになれていた。

 皆が出発するような時間はやはり街道が混むのでその前に出発することにした。


「レーナ様が不在の間に部屋に置いてある大型の家具はすべて部屋から出してメンテナンスをする予定となっておりますし、あのような事件があった後ですから……空き部屋があるそうなので部屋を移動してはいかがでしょうか? そうすれば少し気分もかわるのではないでしょうか?」

 あの事件でグスタフが私を見つけた部屋はこの部屋ではないけれど。やはり私を探して寮の部屋をグスタフが回っていたという話が後から耳に入ってしまったから不気味だったこともあって部屋を引っ越しすることにした。


 実際この部屋のリビングの窓からシオンに抱えられて外に出ることを私は経験したし、ジークも難なく私の寝室の窓から訪問してきたのだから防犯上……問題ありだわ。

 グスタフではなく攻略キャラクター達ではあるけれど、人が窓から出入りできる5階は防犯上危ないわと今さら思う。もしかしたら、部屋を移動することで窓は出入り口ではなくなるかもしれない。

 メイド達も主人が拐われた事件があったときに、実際に私がいた部屋はこの部屋ではないけれど。本来の私の部屋を害そうと考えているやからがグスタフのほかに知ったかもしれない可能性を懸念しているのだと思う。

 だからこそ、私が部屋の移動を承諾したことでメイド達はほっとしているようだった。


「あっ、そうだわ。私はしばらく留守にするからこの部屋の荷物の移動と引き渡しできるよう掃除さえ終わらせてくれれば、新しい部屋は私が戻ってくる夏休みまでに整えばいいので。あなた達も片づけが終わり次第夏休みをとってから仕事をすればいいわよ」

 私から出たお休みの単語でメイド達の指揮が高まっていたので、思ったより早く引っ越し作業は終わりそうね。

 やはり、仕事にはメリハリが必要だと思うのよ、そうすることで仕事の質も上がるはず。



 学園都市にある馬車はこの帰省の時期になるといったんすべて出払ってしまう。

 当然馬車の数には限りがあるため、夏休みが入ってすぐに帰れる人帰れない人が出てきてしまう。特に領地が学園都市から遠ければ大変だ。

 アンナ、ミリー、そして私に一台ずつ馬車を用意されていたけれど、他にも馬車の予約は取れなかったけれど家に帰りたい人もいるだろうと、3人で乗ったほうが楽しいわよということで私達は3人乗りあわせで4日かけてアンバー領へと帰ることとなった。


 金がある貴族はともかくカツカツの下級貴族となると帰宅したくても夏休み開始から1週間は馬車を借りるのが高額なため金を持ってる貴族が帰るのが落ちつくまでは馬車を借りることができないのだ。

 2台の高級なタイプの馬車であるが、身分が高いほうから貴族が馬車をランクアップさせることで空いたランクの低い馬車を下の貴族が借りるようになるので、2台だけれど、下々の者が少しでも早く領地に戻れるように祈るほど私は心に余裕があった。

 これが夏休みの凄さよ。



 夏休みだけれど、学園の生徒すべてが、実家にこの長期休みに帰るわけではない。ヒロインのように学園が休みの間に学園都市でバイトをしたり、クラブの練習をしたりと結構残る生徒もいるのだ。



 私は、学園都市から出てすぐに馬車の窓をあけてぐるりと学園都市を囲む城壁を目に焼き付けた。

 ヒロイン、バイト頑張ってね。お金をためて装備品を購入したり、アイテムもしっかり買うのよ。

 ジーク悪く思わないでね、逃げるが勝ちってことが世の中にあるのよ。

 フォルト、アンバー領は私が貴方の分まで楽しんでくるからね。

 シオン、寮の移動手続きは申請したらすでにお父様がなんとか動いてるっていってたから何かしら接触がお父様のほうからあると思うから、安心してね。


 皆、アディオース、アミーゴ!

 これで厄介事に巻き込まれない私の夏休みの始まりだぜ!!!と笑みがこぼれてしまう。

「レーナ様嬉しそうですわね」

「アンナそれはそうよ、家を離れてから初めての帰省ですから、私も待ち遠しかった」

 アンナが私の様子を指摘したのをうけて、ミリーはしみじみとそう言った。

「あっ、私おやつを持ってきましたの。コックに頼んでクッキーやら日持ちをするものを早速食べましょう」

 私はすかさず手もちの鞄からお菓子を取りだす。旅を楽しむための準備には余念がない。

「まぁ~、私も用意してきたのですよ」

 アンナはそう言っておいしそうなマフィンを

「私もですわ」

 ミリーはスコーンとジャムとクロテッドクリームというのを取りだした、最近はまっているそう。

 皆でおやつを広げて、おやつパーティー状態で楽しく旅が始まった。



 女が3人もいると当然いろいろ話がでてくる。

 まず、出てきたのは先日のパーティでのダンス相手のことだ。

「もう、とてもかっこよくて私ドキッとしてしまいました」

 ミリーがうっとりとそう話す。ほうっとため息まではいちゃって、そんなにイケメンだったの?

「うらやましいわ~、私も一曲踊りたかったのですが時間がなくて……」

 アンナもすぐにその話に乗っかり、ほんとうに口惜しいという表情になった。

「そんなに素敵な方だったの?」

 まぁまぁまぁの連続である。


 ジークのせいで上の空だったけれど、やはり先輩にもイケメンがいたのだ。あぁ……どうして私はイケメンチェックをしなかったのと自分を呪う。

 アンナとミリーはちゃっかり何人かのイケメンと踊ってきたらしく、あの人はダンスも御上手だっただのどんな容姿だったとかを詳しく私に話す。

 あぁ、絶対ダンス覚えよう、決めました絶対覚えますから!!!! ダンスとかこつけて至近距離でイケメンを拝みたいんだもの。

 次は私もジーク以外のイケメンとも踊るわ、なんとしても! とよこしまな気持ちから別の野望が誕生した。



 馬車は途中で2度ほど休憩をはさみながら夕方には、今日宿泊する街に到着した。

 結局話が盛り上がりすぎた私たちは、いったん3人で食事が終わってお風呂も終わった後、私の部屋にいつの間にか集合して夜通しおしゃべりをしてしまった。そのせいで二日目は皆で馬車の中で爆睡だった。だって、座るところがふかふかなんだもの、そんな馬車でごとごと揺られていたら、普通寝ちゃうわよ。



 結局次の日も、宿についたら、今度はアンナの部屋に3人集まって、 夜通しおしゃべりである。宿の料理もおいしいし、お話の合間につまめるようにとおいしいものが出てくるのが悪い。楽しすぎる、修学旅行のようだわ。

 当然次の日は馬車の中で爆睡である。



 3日目の夜であった。ミリーの部屋でおしゃべりをしていると、扉をノックされたのだ。

「お嬢様方、すみませんが同じアンバー領に行かれる方の馬車が壊れたそうで……。お嬢様方の護衛の方にお話を通したら直接お嬢様に伺って判断を仰ぐように言われまして。いかがいたしましょう」

 そう言ってきたのは、今回の馬車の操作を交代でしているうちの偉いほうだと思う。申し訳なさそうにそう切り出された。

 護衛というのは、馬で私達の馬車と並走して走っている人物でおそらくアンバーの私達の関係者なのだと思うのだけれど、いまいちお嬢様生活が浅いためどういう立場の人なのかわからない。

 それにしても、馬車が壊れてしまうだなんてかわいそうである。

 私たちの馬車は大きく広い。本来6人は乗れるところを3人でゆったりキャッキャしているのだ。

 乗せてもらえないかの相談なのかなと思う。

 アンナとミリーは当然私の出方を伺った。


 ん~、どうしよう。でも、普通であれば私たちに話を持ってくる前に護衛のほうから断るはずなのだから、話を通してみるに値する人物なのかもと思い。

「明日にはつくのですから、1日であれば乗り合わせてもかまいませんわよ。ただ、アンバー領に付きましたらとびっきり美味しいお店につれていってくださいなとお伝えくださいませ」

「かしこまりまして」

 そう返事をすることにした。


「どんな方なのかしら、レーナ様の馬車と知ってお願いされたわけですよね」

 アンナがそう言う。

「そこが気になりますわ。それにしても……明日は馬車の中で眠れませんね」

 ミリーはそういってクスリと笑う。

「ホント……馬車で寝れないとなると辛いかも」

 私はそういって笑い、今日はそうそうに皆で眠りについた。



 宿の前に私達の馬車がつけられると二人いるうちの若いほうの馬車の操縦者が私達に準備ができましたと呼びに来た。

 3人で宿を後にすると、馬車の前に今日の乗り合わせるだろう相手が立っていた。


 あぁ……。


 あぁ……。


 嘘でしょう……。


 見覚えのある金髪と、黒髪の青年ではありませんか。

 どういうこと? なんで?

 どうして、二人がアンバー領にくるのよ!

 何かの間違いじゃないの? と思うけれど私に気付いた彼らがこちらに頭を下げ挨拶をしてきたことからそっくりさん説は消えた。

「ごきげんよう、レーナ嬢、アンナ嬢、ミリー嬢。今日は世話になる」

「おはようございます。レーナ様、アンナ様、ミリー様。本日は乗り合わせに承諾してくださり大変助かりました~」

そういってフォルトとシオンは頭を深々と下げる。


「まぁ、お二人ともごきげんよう。乗り合わせの相手は誰かと思ったらお二人でしたのね」

 アンナはニコニコと挨拶をする。

「ごきげんよう。とびっきり美味しいお店楽しみにしてますわね」

 ミリーはそういう、そうだった! 乗せてくからなんかおいしいもの奢ってねって言ってあるのだったよ……。


「レーナ様?」

 アンナが挨拶をしない私に不思議そうな顔を向ける。

「ちょっとまって、何で二人がこちらにいるのですか?」

「何でって夏休みに俺が実家に帰ることの何がいけないんだ?」

 フォルトは不思議そうだ。そりゃそうだけれど。

「僕は、レーナ様のお父様に事件のことで話がしたいからと招待を受けたんだよ」

 シオンはシオンで私の父からの招待……。



 レーナの中身が私と入れ替わったことで大幅にシナリオが変わってしまっている。

 フォルトとレーナの仲は、私がジークと上手く言ってないことをフォルトに言ってからかなり改善した。

 本家と分家のことで悶々としていたフォルトだったが、レーナも政略結婚とわりきって、あの状態のジークと婚約が上手くいくように努力をしていることや家のために我慢してることもあると知ったことでフォルトは自分の親への不満やわだかまりもかなり緩和し無理に夏休み学園都市にとどまる理由がなくなってしまったようなのだ。


 シオンに至ってはもう教会の神官ですらない。夏休み教会の要請で学園都市に残って治療を行いお金を稼ぐ必要はないし、事件にかかわったことでアンバー領にいる私の父に呼ばれたということで、学園都市を出るというゲームでは絶対にありえなかった展開になってしまっている。


 攻略対象者2名が学園都市にいない前代未聞の夏休みが始まっていたのだ。




「レーナ様、そろそろまいりましょうか?」

 アンナは馬車に乗るように私に声をかける。

 私はふらふらとした足取りで馬車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る