第6話 イケメンを虐めてる場合ではない

 おっさんの声援を受け、さらにフォルトの弱いところに魔力を流した、その時――


「いたっ!」


 唐突に激痛が私の手を走った。フォルトがありえないくらいの力で私の手を握ったのだ。

 痛い、思いっきり痛い……本当に痛い。これは離してもらわなければ指が折れるかもしれない。

 痛みを感じてようやく、私はエロいおっさんモードから生還した。頭が冷え、急いでまわりに目を走らせる。

 今やっていたことを他の人に見られたらマズイ。よからぬ噂が立つともっとマズイ……

 内心大汗を掻かきながら周囲の様子を窺うと、皆自分の課題に精一杯なようで、こちらに注意を向けている者はいなかった。それを確認して、ほっと息を吐く。

 ここで止めておこう……止めよう、自分。

『鎮まれ、鎮まれ……』と心の中で念じながら、フォルトに流していた魔力をゆっくりと収めていく。

 魔力が引いていくのを感じてか、フォルトがおもむろに目を開けた。


「先ほど私がどのようになっていたのか、身を持っておわかりになりましたね? ほんの少し苦痛をわかっていただければよかったのですが……つい、思いっきりやり返してしまいました。ごめんなさい」


 まあ、私がされた時はこんなハレンチなことにはならなかったけどね。


「すまなかった」


 絞り出すような声で、フォルトは上気した頬のまま、申し訳なさげに告げる。

 たっぷり弄んだ上に、こんな表情を見せられてさすがに良心が咎めた私は、それらを振り切るように口を開いた。


「では、痛いのでそろそろ手を離してくださいませんか? 魔力の流れや操作はもう十分に理解できたことでしょうから、もう私は必要ないわよね?」

「わ、わるい!」


 フォルトはただでさえ赤い顔をさらに真っ赤にさせ、勢いよく手を放した。

 解放された私の手には、フォルトの手や爪が食い込んだ痕があり、所々薄く血が滲んでいる。いったい、どれだけの力で握り締めていたのか。

 これは手を洗ったりしたら沁みそう。まあ、自業自得なのだけれど。


「これで汗を拭いて」


 私は刺繍の入った高そうなハンカチをポケットから取り出して、フォルトに渡した。

 フォルトは黙ってハンカチを受け取ると、まだ上手く考えることができないようで、黙々と私の指示に従って汗を拭ふき取る。


「貴方は魔力量も多いですし、そう……雷なんかととても相性がよさそうな気がします。これから戦闘訓練もあるでしょうし、その時はぜひご一緒しましょうね。私に対して長く辱めを続けたことは、これでチャラにして差し上げます」

「わかった」


 フォルトはこれまた深く考えずに、こくこくと何度も頷うなずく。

 よし、フォルトから戦闘訓練でパーティーを組むという確約をゲットしました。これで、より私の安全と成績が保証されるわ。

 アンナの火は攻撃能力が高くて便利だが、森の中では火災の恐れがあるから使い勝手が悪い。なにより、いずれ魔法薬学の授業で使う、素材になるモフモフ系の獣けものを焼いてしまう。

 でも、アンナの炎で小型のモンスターをビビらせて追い詰めたところを、フォルトの雷魔法で麻痺させて倒せば素材は傷まないだろう。


「フォルト、顔が真っ赤よ。魔力を使いすぎたのかもしれないわね。少し風に当たったほうがよさそうよ。それでは、失礼いたしますわ」


 最後にフォルトの頬ほほに触れるセクハラをしてから、私はフォルトの傍から離れた。

 私がフォルトにセクハラをしていた間に、アンナとミリーはよくやってくれたようで、教わった生徒皆がなんとなく魔力の流れを感知できるようになったそう。

 さすが悪役令嬢の取り巻きだけあって二人とも仕事ができる。

 それにしても、今日はいい仕事をしたからゆっくり眠れそう。大きな声では言えないけれど、今日のフォルトとのことは、当分の私の活力となるだろう。

 辛い時、悲しい時、暇な時もとにかく忘れないように思い出すことにしよう。

 また脳内にセクハラおじさんが出現しそうになるのをすんでのところで抑え、私は練習場を後にしようとした。すると、モブ達が私のもとに集まり、私がアンナとミリーにやり方を皆に教えるように言ったことに対して口々に感謝を述べる。

「落ちこぼれなくてすみます」とか、「これで魔力感知を自主トレできるから次の授業では応用します」とか、こぞって私に言いに来てくれたのだ。

 モブといえども、一人一人にちゃんと名前がある。

 ヒロインを虐いじめるより、もっと私にできることや、するべきことはあるはず。そんなことを、たくさんの人に囲まれながら考えた。


「気にしなくていいのよ。皆ができたほうがいいに決まっているじゃない。皆で高い成績を収められるよう頑張りましょう」


 そう口にして、私は丁度いい位置に発見した花の蕾までゆっくり歩いていき、手をかざす。

 そう、こういう時はパフォーマンスが大事。


「そうね、こんなふうに」


 蕾に触れて魔力を込める。顔は優雅に、だけど内心で『ふーーーんぬぅっ!』と気合を入れて魔力を放つ。

 フォルトとの魔力循環のおかげで、ところどころ詰まっていた私の魔力線はそこら中開通した。さらに、人様の身体に魔力を流してコントロール……またの名を悪戯したことで、朝よりスムーズに蕾に魔力を流すことができたのだ。

 まだほんの小さな蕾だった花は、私が魔力を送ったことで瞬く間に美しく開花した。


「いくつもの才能の花が咲くように頑張りましょう」


 一連のパフォーマンスを目にした生徒達は、尊敬の念を込めて、私を見つめている。

 ……決まった。決まったわ。かなーり魔力は使った気がするけれど、見事成功ね。

 これで、私に対するイメージは大幅アップのはずよ。

 もし悪役令嬢レーナにもっと人望があれば、ヒロイン虐めを誰かが止めてくれたかもしれない。少なくとも、レーナが関与していないことの罪まで被せられて、学園から追放されるという結末にはならなかったはずだ。

 だからこそ、イメージアップは今後も意識していかなくちゃ!



 その後、二限目の授業で行った薬草に関する問題で、私は結構な正解数を叩き出した。

 薬草の名前や効果は、ゲームを何回も周回しているうちに自然に覚えたのだが、以前はこんなものを覚えたってなんの役にも立たないと思っていた。

 その知識がこんなふうに役に立つとは……

 おかげでまわりの生徒の評価が上がった気がするわ。

 後は、これといって変わったことはなかった。強いて言うなら、食堂で出くわしたフォルトが全力で私を避けていたくらいね。

 寮に戻った私は鞄をテーブルに置いて、寝室にある大きなベッドにお行儀悪く飛び込んだ。ぼふんっと音を立てて、身体がふわふわなベッドに沈む感覚を味わう。

 ベッドが大きいと、なんて楽しいの!

 一人ではしゃぎながら遊んでいると、鏡に映うつる自分の姿が目に入った。

 ……悪役令嬢レーナは縦ロールがトレードマークだけれど、この髪型は止めたほうが絶対にいいと思う。メイドがいるのだから、たいていの髪型は彼女達に頼めば毎日セットしてくれるだろうに……

 なぜたくさんある選択肢の中で、わざわざこのドリルのような縦ロールを選んでしまったのか。

 私は胸前に垂れ下がった髪を一房ひとふさつまみ、難しい顔をしながら睨にらみつけた。

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