魔法が怖い怖い怖い!
四季崎
奪った魔法 与えられる魔法
「シスター、聞いてよ」
「なんでしょうか」
「俺の右目は何も見えない。左目も良くないんだ」
「まあ。お気の毒に。どうされたのですか?」
「一昨年、軍に徴兵された時に、相手の放った火の玉に焼かれたんだ。恐ろしい速度で真正面に迫ってきてなすがままにな」
「魔法……ですか」
「ああ。あれは恐ろしいね。いくら盾の性能や剣技に優れようとも塞ぎようがない。魔力がある者だけの絶対的特権だ」
「……まあ」
「ああ、すみません。少し暗い話になってしまった」
男の右目は何も見えない。右目は暗闇に取り残されて、淡く生き残った左目を頼りに日々を過ごしている。日々の暮らしに障害はあるがなんとか生活している。
「きっと恐ろしかったでしょうね。魔法は人間の叡智にして残酷さでもあります」
男の脳裏にあの時の圧倒的な暴力が浮かぶ。
日々鍛え続けた肉体と長年使い込んだ愛剣を意気揚々と掲げ戦場に出た。時代の恩恵で進化した戦場は地獄だと聞いたが、聞いた話の通りだった。
辺りに降り注ぐ熱球。
見えぬ刃。
凍てつく煙。
理解し難い蹂躙がそこにはあった。
「……ううぅぅぅぅ」
体の震えが止まらない。
怖い。あの時の経験が、情景が心底たまらない。恐怖で身体が疼いた。
シスターは男の背中を優しく撫でて、聖なる子守唄を歌う。子供をあやす時に歌う歌だったが男の心は大いに安らいだ。
「すみません。歌える歌が少なくて……」
「いえ、ありがとうございます。少し落ち着きました」
あの地獄を味わってから他人の悪意や憎悪などマイナスの感情に酷く反応する。特に少しでも戦場を思い出すと全身にささくれが出来たかのように敏感になってしまう。
「魔法を否定するわけでもありません。ですが、あれは……あれは本当に正しい人間の進化なのでしょうか」
だって、あれはあまりにも。
「人間には圧倒的すぎますよ……!」
シスターは口を開いては噤む。
シスターが所属する聖教会は癒しの魔法を行使して活動している。それが口を重くさせていた。
この世界は魔法で満ちていることを、男は、怪我をするまで考えたことがなかった。街の街灯や日用品、住んでいる家の建築にだって魔法が利用されている。それほどまでに魔法は人々に浸透されていた。
背中を撫で続けるシスターの手は、魔法が秘められているかのようにとても落ち着いた。
事実として、彼女は魔法を使えるのかもしれない。けれど判断する術はなかった。
「考えたらキリがないのはよく分かっているんです。シスターが魔法を使えていても、その力が正当なものだとも分かっています」
男はシスターを見つめる。
「怖い。だが……妬ましい」
「魔法」それは万人が掴めるものではない。潜在的な魔力と神への献身が生み出したものだ。「魔法」の参加資格は平等ではなかった。
聖騎士や聖女、賢者や祈祷師にも言えることだが、彼らは生まれての魔力と「神に気に入られるか」でその力を大きく左右する。
「魔力は生まれてから増えることも減ることもありません。そういう面では確かに不平等かも知れません」
生まれ、そして神の機嫌で魔法は、いや、世界は構成されている。
シスターは長いまつ毛を閉じながら魔法を唱えた。
男の背にある小さな手から淡い光が生み出され体に染み込む。酷く震えていた体は強制的に落ち着き癒しをもたらした。
「……落ち着きましたか? すみません。勝手に発動してしまい。あなたがあまりにも震えていたのもので、その、心配で」
「いや……いえ、落ち着きました。ありがとうございます」
嘘だった。
魔法への忌避感が一層増した。何故魔法はこうも人の心情さえ矯正できるのか理解できなかった。しかし、魔法への恐怖心が和らいだのも事実。ひどく、リラックスできた。
”ああ、気持ち悪い”
「今日はもう遅いです。暖かくしてゆっくり休んで下さい」
椅子から立ち上がり重い足を引きずりながら扉へ歩いた。
扉を開き振り返ると手を振るシスターとそのシスターの背後にある神像が視界に入った。
善なる神の使いと呼ばれるシスター。それに神を彫ったとされる神像が、男には酷く不気味に感じた。
再び前を見ると、火の玉が頭に向かってきた。
「ひぃっ!」
火の玉は当たることなく頭を突き抜け背後の神像へと向かったが当たる直前で火の玉は幻のように消え去った。シスターはまだ手を振っている。火の玉は幻覚だった。
「う、うぅぅぅ」
男は暗い街に逃げ出した。
救いを求めて来たがここにはない。
救いは治療院にも、冒険者組合にも、教会にもなかった。分かったことはひとつ。どこにも魔法はあるし、この世界は魔法で満ちていることだった。
魔法が怖い怖い怖い! 四季崎 @SIKAHATO
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