うまい棒は何処に

 年が明けた一月十九日、プロジェクトチームの面々が錦糸小学校へ集まっていた。ワンボックスカー二台に積まれた段ボールを下ろし、体育館へと運んでいく。

「全部でいくつあるんですか?」

「十七箱だよ」

「軽いのかと思ったけれど、そこそこの重さがありますね」

「口を動かすよりも体を動かして」

「分かりましたっ。この台車の分、持っていきます」

 田島が台車を押しながら、校庭を横切っていく。

 この企画を検討し始めたときには、こんな結果が待っているとは夢にも思わなかった。でも、これも「つながり」……。墨田区うちらしくていいじゃないか。

 そう思いながら、大きな段ボール箱を降ろしていく斎藤だった。


               *


「グランプリ、おめでとうございます。区の広報広聴担当、斎藤です」

「ありがとうございます」

「先ほどの式では、賞品として四種類の選択プレートをお渡ししましたが、何を選ばれますか?」

「その件についてご相談があるのですが……」

「何でしょうか?」

「賞品ですが、うまい棒にしたいんです」

「えっ! うまい棒ですか?」

「はい。この企画を知った時に賞品を見て、担当者の方は洒落っ気があっていいなと感じました。スカイツリーでのお食事券のつもりで準備されたと思いますが、自分は独り者だしレストランへ行く相手もいないので……」

「本当によろしいんですか」

「はい。もしグランプリを取ったら、うまい棒一万本にしてやろうと決めてました」

「……わかりました。それでは準備させて頂きます」

「その上で、ご相談なのですが……」



「こちらが錦糸小学校の山野先生です」

「山野です。グランプリ、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。水上です」

「何かお話があるとのことで……」

「今、水上さんと賞品の件でお打合せをしていたところ、うまい棒一万本を選ばれて、それを錦糸小学校の生徒さんたちにお譲りしたい、とのことなんです」

「えっ、いや、それは……」

「勝手な申し出ですいません。今回の応募の様子をフェイスブックで見ていました。みんな色々と工夫しながら頑張っている様子に感心していたんです。このコンテストは大人とか小学生とかの部門分けがなかったので、グランプリを頂いたもののちょっと申し訳ない気持ちになってしまって……」

「そういうお申し出なので、一度持ち帰って学校としてご検討いただけないでしょうか」

「……お話は分かりました。校長と相談させて頂きます」

「よろしくお願いします」


               *


「はい、水上です」

「墨田区の斎藤と申します。今、お電話でお話しても大丈夫でしょうか」

「大丈夫です」

「昨日お申し出のあった件ですが、錦糸小からご連絡があり、お受けするとのことです」

「そうですか!よかったぁ」

「そこで、今度は錦糸小からのお願いなんですが」

「何でしょう?」

「せっかくなので贈呈式を行い、そこへ出席して頂きたいそうです」

「いやぁ、そんな大げさにして頂かなくても。恩着せがましくなってしまうし、知らないおじさんが行っても、子どもたちも困るでしょう」(そういうのは苦手なんで……勘弁してくださいよぉ)

「そうですか……。分かりました。それでは錦糸小へはその旨お伝えします。手続きなどについては改めてご連絡します」

「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」(頼みます、斎藤さん)


               *


 一月十日、墨田区役所内の会議室に斎藤、水上と錦糸小の佐藤校長と山野が顔を合わせた。

「錦糸小学校校長の佐藤です。この度は本校へ寄贈のお申し出を頂き、ありがとうございました」

「いえ、勝手な申し出でご迷惑かとも思ったのですが、快くお受け頂いてこちらとしてもホッとしています」

「そこで、あらためて二十二日に行う贈呈式にご出席頂きたいと思いまして」

「いや、そこまでして頂かなくても……」(この前、断ったし)

「実は本校は外国と関わりのある児童が多いんです。そんな児童たちが校外学習として街の魅力を探して作った動画を、評価してくれた人がいたというのはとても自信になったと思います。

 そのことをあらためて児童たちに実感してもらいたい。そして、物をもらっておしまいではなく、本物の人との『つながり』を感じて欲しいんです」

「私からもお願いします。子どもたちは今回の学習を通じて、とてもいい経験をしたし、成長したと思っています。ぜひ直接言葉を掛けて頂ければ、子どもたちにはさらに自信になります」

 山野の言葉を受けて、斎藤が促す。

「水上さん、いかがでしょう?」

「……そんな風におっしゃって頂けるなら、出席させて頂きます。元はと言えば、私が言い出したことですし」(そんな話を聞いちゃうと、断れないし……)

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


               *


「――ということで、二十二日の朝礼時に贈呈式を行います。クラスを代表して、贈呈品を受け取るのは高橋君、お礼の言葉を炭谷さんにお願いします」

「えっ、私ですか?」

「そう。学級委員の二人に代表してもらいます。今も話したように、水上さんは君たちみんなが頑張っていたことに対して、賞品を贈呈してくれるんだから。自信をもって、感謝の気持ちと共に受け取ってください」

(愛梨、頑張ってね)リセルが後ろの席から小声でささやいた。


               *


「これで準備はいいですかね」

 体育館の舞台上に並べられた、うまい棒・十二種類、一万本、十七箱。

「蓋の部分をを切り取って、中が見えるように並べたのは正解だったな」

「四段積みだから二メートル近い高さがありますからね」

「色とりどりのうまい棒が一万本って、壮観ですね」

 そこへ水上さんも現れた。

「やっぱり、贈呈してよかったです。一人暮らしの部屋にこれが届いたら、寝るところがなくなっちゃいますよ」と笑顔で言った。

「それでは八時半から式典を行うので、いったん緞帳を降ろします」



「――というものです。それでは、五年生がプレゼントされたうまい棒、一万本を見てみましょう」佐藤校長の声と共に緞帳が上がっていく。

「うわー」「キャー」「すごーい」

 目の前に現れたうまい棒に、子どもたちの歓声が上がり拍手が沸き起こる。

 贈呈品の授受が終わり、児童代表として炭谷愛梨がお礼の言葉を述べた。

「公園を使っている人たちに、色々とインタビューしたときは緊張したけれど、みんな優しく話をしてくれました。この動画で、多くの人に公園の良さを知ってもらえてうれしかったです。水上さん、ありがとうございました」


 そして最後に水上からの挨拶となった。

「今日、この場に出席させて頂いて本当に良かったです。私もいい経験をさせてもらいました。先程うまい棒を見たとき、みなさんがとっても歓んでくれて。あの歓声を聞いた時は、グランプリだと知らされたときよりも、ずっとうれしかったです。

 これからも、人と人とのつながりが強い墨田区で育っていくことを、誇りに思ってください」



「それでは、これで贈呈式を終わります」司会の副校長に代わって、山野が言葉を続ける。

「このうまい棒は錦糸小学校に贈呈されたので、五年生だけではなく、全員に配ります」

「うわぁー!」「きゃーっ!」「やったー!」前にも増した歓声が上がる。

「ただし、この後、二年生の授業で使うので給食の時間に配ります。それでは、教室へ戻ってください。五年生だけ、その場で待機」

 斎藤たちも水上も、勉強で使う話は聞いてなかった。

「二年生の勉強、って……」「何をするんでしょう?」

 他の学年の生徒が教室へ戻ると、五年生たちが手分けしながらうまい棒の十個入り袋をアリーナに並べ始めた。

 佐藤校長がやってきた。

「本校ではユニバーサルデザイン授業と言うのを取り入れています。言葉の理解が不十分でも伝わることを意識しており、それには視覚へ訴えるのが最も効果的です。今回はまたとないチャンスなので、一万と言う数の概念を実感してもらう授業をここで行います」

 アリーナには十個入りの袋がばらばらに置かれたエリアや、百個にまとめたエリア、千個にまとめたエリアが作られていく。楽しそうに並べていく子どもたちの姿に、この学校が持つ芯の強さが垣間見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る