第238話「boy meets girl」

 ――理想の女性像。


 可愛い、優しい、明るい、頭が良い、スタイルが良い、料理が上手などなど、項目を挙げればキリがない。

 だが、それはあくまで理想であって、譲ることの出来ない絶対条件って訳じゃない。

 まして、自分はそんな高望みを出来るような存在でもないことも知っている。

 もちろん、相手にも理想像は有るだろうから、お互いに出来る範囲でそれに近づければいいと思っているし、また、愛情の方が上回っていると感じるのであれば、出来なくても構わない。

 きっと、僕も幾つかの出逢いと別れを経験して、最終的に結ばれる女性が現れる。

 そう思っていた。


 Y(恋愛未経験年数)=X(年齢)


 残酷にも、未知数Xはドンドン進んで行き、それに比例して、Yという数値も大きくなる。

 まさか、この不名誉な方程式に、自分が納まるとは思わなかった。


 厄介なことに、20代半ばまで『絶対条件』じゃなかった筈の項目が『妥協するのか?』と囁く悪魔の声に魂を奪われ、Xの値を進めてしまう。


 誰でもいいから、彼女が欲しいんじゃない!

 好きな人が、彼女になって欲しいんだ!


 さらに最悪だったのは、自分のことを好きな女の子が突然現れ告白してくるんじゃないかという妄想を始めたことだ。

 ここまで来ると、もう末期の患者だ!


 僕がこのブラックホールかと疑いたくなるような磁場から脱出できたのは、30手前。

 それでも未だ、僕は正解に辿り着いておらず、答えの中に『ありのままの自分を好きになって欲しい』という注意事項を入れていた。


 この方程式に納まらない者たちは皆「理想を減算して行けば良い」などというのだが、その答えは正解のように見えて間違っている。

 なぜなら、うの昔に減算を行っていたからだ!

 いや、正確には間違っていないのだが、それは答えの一部に過ぎなかった。


 そう、もう解っていると思うが、この『フェルマーの最終定理』かと疑いたくなるほど、複雑で難解な方程式の答え、実は既に解けている。

 解けているのだが、この時の僕は証明まで至らない。

 なぜなら、その答えが、


 A.自分から動く勇気


 世間一般で、恋愛以外でもよく使われている「ヤレば出来る」ってヤツだ。

 動かないのにである。

 動かざること、山の如しなのにである。 

 しかも、答えにも拘らず、必ずしも正解になるとは限らないんだ。


 だけどね、運命というのは不思議なもので、こんな僕に式には当てはまらないことが突然訪れたんだ。

 神様ってのはホント、悪戯が好きなんだなって思うよ。

 だって、理想と真逆の人を好きになったんだからね。


「なに書いてんだ?」


「息子への手紙だよ」


「気がはえーな、まだ、腹にも入ってねーのに」


 いつか君は「ママの何処を好きになったの?」と、僕に聞いてくるかもしれない。

 だけどね、その答えは、今でも解らないんだ。

 特に、出会いは最悪だった。



 徹夜続きで意識が朦朧もうろうとする中、筒井耕太が目指した先は、虎塚刀真の家。

 もちろん、家主とその妻が先日のテロで亡くなっているのだが、現状を打開してくれる者が、そこに居るのではないかと、一縷いちるの望みをかけていた。


「タイガーさんなら、指名手配されたヨハンに会える策を教えてくれる筈だ!」


 電話やメッセージを使わず走っているのは、そこから社長(ラルフ)に行き先がバレてしまうことを恐れたからだ。

 すでに通夜と葬儀を終えていたが、日本の法事を考えると、まだ四十九日があり、そこまでは滞在しているのではないかと考えた。

 幸いなことに、インベイド本社と虎塚家は近く、フラフラの足取りでも30分ほどで辿り着けた。

 両手に買い物袋を手にした一人の女性が、虎塚家に入るのを見かけ、慌てて声を掛ける。


「す、すみません! こ、こ、虎塚帯牙さんは、ご在宅でしょうか?」


「爺? 虎塚帯牙は、此処には居ねーぜ」


「え……に、日本に、か、帰ったのですか?」


「さぁ? 行方不明なんだ」


 その返答が余りにもショックで心を支えが折れてしまった耕太は、崩れるようにその場に倒れ、意識を失ってしまう。


「お、おい! テメー、どうした? おい!」


 次に目が覚めた時、周りは真っ白な世界で――。


「こ、此処は?」


「気づいたか? 病院だ」


「病院? ぼ、僕はどのくらい寝てしまったんですか?」


 それを聞いた女性は、腕時計に目をやり、


「丸二日だな」


「ふ、二日も! あ、あの、ヨハンは、ヨハン・ポドルスキーは捕まりましたか?」


「まだ、捕まっちゃいねーよ」


「い、行かなきゃ」


「おい、大丈夫か?」


「僕の体なんて、どうなっても……め、眼鏡が無い! ぼ、僕の眼鏡は?」


「あぁ、それなら、ラルフが持ってったぜ」


「ど、どうして、渡したんだーッ!!」


「知るかよ! そんなに大事なモンだったんなら、金庫にでもしまっとけよ!」


「も、もう、これでヨハンは救えない……」


「ハァ? 本当に救いたいのは、フレデリカの方だろ?」


「な、なにを、い、言って……」


「僕がフレデリカさんを助けるだーって、寝言で言ってたぜ。人妻に惚れてんじゃねーよ!」


「ほ、ほ、ほ、惚れたとかじゃない! た、ただの憧れなんだ」


「憧れねー」


 この女、なんなんだ!

 口も悪いが、空気も読めないのか!

 普通、そこは知っても、言わないだろ!

 あ! 思い出した、こいつあの悪名高いピクシーだ!


「で、あの眼鏡、なんなんだよ」


「……」


「いまさら、隠しても仕方ねーだろ?」


 僕は、恨みを込めるように、態度と反比例した身長の女にどんな眼鏡だったのかを説明した。

 すると、女は腹を抱えて笑い出し、


「テメー、馬鹿だな。ラルフが正しいわ」


「き、君は、恩師の仇を取りたいとは思わないのか!」


「出来てりゃ、テメーに言われなくてもやってる! なんだ? その眼鏡が有りゃ、全て解決すんのか?」


「する! あれが有れば、FBIだって、CIAだって、ホワイトハウスだって進入できるんだ!」


「そうか、じゃ、また作れよ」


「もう無理だよ! あれは、会社でしか作れない」


「作れる場所が在れば、いいのか?」


「え?」


「在るぜ、おそらく作れる筈だ」


「顔認証テストもしないといけないんだぞ、会社以外にそんな場所……」


「行く前から、決め付けてんじゃねーよ」


「何処なんだよ!」


「先生の……虎塚刀真の研究室だ」

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