第239話「刀真の研究室」
2036年、世界の防犯システムはインベイド社の独擅場となっていた。
それは、インベイド社の顔認証システムがズバ抜けていたこともあるのだが、それよりも、ゲームのユーザー登録者(インベイダーズ)が、この時点で40億人を突破しており、つまり、全人類の二人に一人がインベイド社に顔と網膜を抑えられており、また、犯罪抑止の目的で指紋登録も任意で行われており、登録したユーザーには、防犯協力金として毎月1万ENが贈られ、指紋登録者はユーザーの6割を占めていた。
そのことから、重犯罪は勿論のこと、交通違反などの軽犯罪においても、インベイダーズ率(登録者の犯罪率)は低くなっていた。
――もし、ヨハンが犯人だという証拠が出たなら、その時は、口座を凍結させるし、逮捕にも協力させてもらう。
警察幹部の前でそう宣言してしまった手前、ラルフ・メイフィールドは不本意ながらも全面協力の報告を自らFBIへ連絡することになる。
紗奈は炊事と洗濯、美羽は掃除と電話対応、紬は日常品や食料品などの買出しが担当で、その帰りに筒井耕太と出くわしたのである。
病院から虎塚家に戻った紬に、虎塚早苗が声を掛ける。
「あの人は、どうだった?」
「医者が言うには、健康に問題はないようです。インベイドの社員パスを持っていたので、ラルフに連絡しておきました」
「そう」
「とりあえず、何しに来たのか気になりますので、目を覚ますまでアタシが見に行きます」
「ありがとう、お願いね」
通夜の日、真司が帯牙を一方的に殴っていたのを目の当たりにしただけに、あの男が帯牙に会いに来たとは言えなかった。
紬は誰にも相談しないまま、耕太が目を覚ますのを待ち、そして、その目的を知るのである。
刀真の研究室を耕太に提案したものの、その研究室は誰でも入れる訳じゃない。
虎塚家か東儀家、誰かの許可が必要になる。
もちろん、ありのままを話す訳もいかないため、耕太が「刀真と共同開発していた物を完成させるため、研究所を貸して欲しい」ということにした。
刀真の研究室は、自宅の地下にあり、インベイド本社と変わらないほどの設備が整っていて、もちろん、土台となる眼鏡や足らない部品はあるものの、購入すれば済むだけの話だった。
幸いだったことに、PCにはパスワードが掛けられておらず、何もかもが自由に使える状態だった。
紬は部屋の中央に在った、おそらく真凰用に刀真が作ったと思われるブランコに座り、ゆっくり漕ぎ始める。
「足らないモンがあったら言ってくれ、アタシが買ってくるからよ」
「ありがとう……ねぇ、なんで協力してくれたの?」
「言ったろ? 仇が取れるなら、言われなくてもヤルって」
「いいのか? 君も共犯になるんだぞ」
「ならねーよ」
「なんでさ?」
「そいつは、バレりゃの話だろ? だが、その可能性は極めて低い。もし、ヨハンが捕まったとしても、口を割るとは思えないし、おそらく、奴ならそうなる前に壊すだろうからな」
「だったら、それを社長に……」
「馬鹿かテメーは! ラルフだって、そんなこと解ってるに決まってんだろーがッ! だがな、万が一でもあっちゃなんねーんだよ! インベイドの社員だけでなく、40億のインベイダーズ(ユーザー)を路頭に迷わせることになんだろうが! そんなことも解んねーのか、タコォ!」
もっと、優しく言えないモンですかねー。
そんな心の声が聞こえたのか、不快な表情を見たからか、紬は耕太に鞭を打つ。
「サッサと完成させろ! 愛しのフレデリカさんを助けたいんだろ?」
「な、な、な、何を言ってんだ、き、君は!」
「口を動かすな! 手を動かせ!」
「言われなくてもやるよ! 君が余計なこと言うからだよ!」
「全く、人妻の何処が良いのかねぇ?」
「……」
「普通、雅さんとかじゃねぇの?」
「……」
「それとも、
「よ、欲情って! 憧れって言っただろーッ! アイドルを応援するようなモンなんだよ!」
「ハイハイ、ソウデスカー」
なんなんだよ、この女は!
全く、フレデリカさんと同じカテゴリ(女性)とは思えない!
ちょっと
「何か足らないモンがあったら言ってくれ、アタシが買って来てやる」
「じゃ、同じような眼鏡を2つ」
「解った、じゃ買ってくるよ」
そう言って、ブランコから降り、ドアへ向かう紬を耕太が引き止めた。
「あ、あのさー……」
「なんだ? 他にもあんのか?」
「帯牙さん行方不明って、本当なの?」
「あぁ。当分、会えないと思っておいた方がいい」
「そっかー……」
「でも、もういいんじゃないのか? 爺に研究施設を借りに来たんだろ?」
「違うよ。指名手配されたヨハンと接触する方法を教えてもらいたかったんだ」
「ハァ? マジかよ! ヨハンと連絡取れねーのに、あんなモン作ったのかよ!」
「僕には、そんなことしか出来ない。でも、何もしないよりマシだろ? だったらさ、安西美羽さんを紹介してくれないか?」
「人妻から乗り換えんのか?」
「全く、君って人は!」
「解ってるよ。爺の代わりが欲しいんだろ? だが、答えはNOだ!」
「どうして!」
「テメーで答え言ってたじゃねーか、共犯になるからだ」
「でも、さっきヨハンは言わないって……」
「美羽の理由も、ラルフと同じだ。インベイド関係者の手は借りねー。アタシとアンタでヤル」
「いや、君は此処まででいいよ。これ以上、迷惑は掛けられない」
「アタシが、爺の三番目の弟子と知ってもか?」
「え!?」
実は、紬が帯牙の三番弟子というのは、
一時期、紬へのヘイトを軽減させるため、帯牙が「自分の三番弟子だ」と公表しようとしたのだが、紬がそれを断ったからだ。
ダーティーなのは、アタシだけでいい。
「君に、策があるのか?」
「ある。だが、かなり危険だ」
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