第236話「指名手配」

「ヨハン、お前もいい歳になって来たから、改めて言っておく」


「家族は作るな、か?」


「女を作るなとは言わんが……」


「死んでも構わない相手にしろ、だろ?」


「解ってるならいい」


 ブラックレインの仕事は、戦争だけじゃなく、相手がマフィアの場合もあり、その残党から報復を受けることが度々起こり、それがブラックレイン本部だけでなく、その家族にまで被害が及ぶこともあった。

 事態を重く見た創設者アーノルド・フィッシュバーンは、相手がマフィアの場合は捕まえず、殲滅させることを条件に付け加える。

 それによって、その数は減っていった。


 依頼してきておいて「マフィアにも人権がある」と、口にする依頼人も少なからず居たが「ならば、自国の警察で対応しろ」と、アーノルドはそれを一蹴。

 依頼を蹴られた者たちが、その腹いせに「ブラックレインは、相手がマフィアなら老若男女問わず、皆殺しにする!」と公言したのだが、それは逆効果となり、ブラックレインが世間から責められるどころか、マフィアから恐れられるようになった。

 だが、中には依頼金惜しさに「ブラックレインだ! 死にたくなければ投降しろ!」と名をかたられることもあった為、報復の数がゼロになることもなかったのだが、インターネットが普及するようになって、依頼された仕事をホームページに載せたことにより、その数も減り、これによっておおむねこの問題は解決していた。


 しかし、二代目のエリックが別のビッグビジネスを見つけてしまう。

 みかじめ料をマフィアから徴収し始めたのだ。

 無論、表に出れば大問題なのだが、知った者は悉く、その口を封じられた。

 創設者であり、父であるアーノルドさえも。


「でもよ、俺は親父の家族じゃねーのか?」


「お前は、もう一人前だし、俺もお前も捕まるようなヘマはしねーだろ?」


「大丈夫か、親父? 寄る年波には勝てねーって言うぜ」


「フンッ! 例え、捕虜になったとしても、そん時は俺を見捨てろ! 俺もお前を見捨ててやるからよ!」


「はいはい、解りました」


 アーノルドからの依頼で、パトリックは極秘に調査をしていたのだが、証拠を掴めないまま、アーノルドが不慮の事故死を遂げたことで、この問題から手を引く。

 その理由は、パトリック自身が禁じていた筈の家族を作ってしまったからだ。


 後に、ヨハンはフレデリカを家族として迎えるのだが、それをパトリックには「家政婦を雇った」と言っていたのである。


 ヨハンは、拳銃をエリックの後頭部に突きつけながら、改めて、養父の言った忠告を噛み締めていた。

 戸惑ってる様子のヨハンに、痺れを切らせたマルコがそれを急かせる。


「なに、グズグズしてんだよ。サッサと、その銃でババァ撃てよ!」


「恨んでないといえば、嘘になる。だが、殺したいほど憎い訳じゃない」


 3歳だったお前は、そんな記憶はないだろうが、

 父さんが入院するまでは、いい母親だったんだ。


「殺したくなる理由が、あればいいのか?」


「そんな理由、俺には無い!」


 すると、マルコは大きな溜息を吐いた後、激しく頭を掻き毟り出した。


「テメーが絶望する姿を後で拝みたかったんだが、仕方ねーな!」


 悔しい表情を見せた後、マルコはいやらしくわらう。


「テメーの女、なんて言ったっけ?」


「それがどうした!」


「ブラックレインが近いっていうのに……なんで眠らせた?」


「フレデリカに、何をしたーッ!」


 ヨハンの激昂げっこうに、マルコは満面の笑みを浮かべ、


「いいねー、いい表情だ。憎いか? 俺が憎いか?」


 だが、ヨハンは冷静を取り戻し、


「理由になるってことは、まだ殺してないんだな?」


「あぁ、その通りだ。だが、急いだ方がいいぜ」


 ヨハンは、エリックを盾にして、ドアへと向かおうとするのだが、マルコがそれを許さない。

 サイレンサー付の銃から撃ち込まれた弾丸は、プスッとだけ小さな音を立て飛び出すと、床に穴を開け、小さな埃を上げる。


「やることやってからにしろよ!」


 このまま、膠着状態が続くかと思われたその時、社長室の内線が鳴る。

 ヨハンは、この状況を打破するため「テロリストが此処に居るから警察を呼べ」と言おうと、内線を開いたのだが、


「社長、FBIのローガンという方がお見えに……」


「ローガンッ! 3階の社長室だーーーッ!!」


 受話器から漏れるヨハンの声を聞き取ったローガンは、胸にしまった銃を抜き、駆け出しながら部下のハンナ・コレットに指示を出す。


「ハンナ! 緊急配備を!」


「はい!」


 ヨハンが私を呼ぶということは、危機的状況に違いない!

 なんとしても、ヨハンが殺される前に接触しなければ!


 ローガンは、此処を敵地と認識し、閉じ込められる危険性のあるエレベーターを使わず、隣の階段を駆け上がる。


 マルコは、大きな舌打ちをした後、銃からサイレンサーを外すと、音を出すことを許された銃は、激しい音を立て、老婆の頭を貫いた。


「マルコーーーッ!」


 マルコは、再び銃にサイレンサーを付け、セーフティレバー(安全装置)を上げ、隠すように腰へ差し込むと「兄さん、なんてことを……」と涙を浮かべ、ニヤリと嗤う。


「お前、何を言って……」


 銃声を聞いたローガンは、さらに足を速め、息を切らせながら叫んだ。


「FBIだ! 此処は既に包囲している! 銃を捨て、大人しく投降しろ!」 


 ローガンが社長室へ飛び込むと、死体となった老婆とそれに抱きつき泣き叫ぶ男、エリック・フィッシュバーンを人質にするヨハン・ポドルスキーの姿があった。


「ヨハン! 銃を捨て、大人しく投降しなさい!」


「あの男が、あの男が、俺の母さんを!」


 だが、ローガンは冷静だった。


「撃ったのは、貴方ですね。そのまま、両手を頭の後ろに回し、床に伏せなさい!」


「お、俺じゃない! あの男が!」


「あの位置から、後頭部は狙えない!」


「嘘じゃない! 母さんは俺をかばって、あの男に……」


「ヨハンの銃では、人を殺せない。そうでしょ? ヨハン」


「アンタ、優秀だな」


 そう言って、ヨハンは持っていた銃を捨てる。


「玩具だったのか!」


 マルコの涙は枯れ、舌打ちすると、苦悶の表情を浮かべながら、ローガンの指示に従う。


「ローガン、ブラックレインがハイジャックに関わっていた可能性がある」


 血相を変え、エリックがそれを否定する。


「おいおい、なんてことを言うんだ! 言い掛かりも甚だしい! 無関係だったのは、この前の捜査で判った筈だ!」


「ブラックレインには、裏名簿がある!」


「ない! ない! ない! 断じて、そんなモノは無い!」


「その男が証拠になる。マルコ・ノイマンの名は、FBIが調べた名簿に無い筈だ」


「知らない、俺はこんな男は知らない!」


「往生際が悪いですね。なら、何故、彼が此処に居るんです?」


「知らん! 俺は何も知らん! ヨハンが連れて来たんだ! そうだ! ヨハンこそ、真のハイジャック犯だ!」


「お話は、後でゆっくり伺いますよ。取調べ室でね。さて、ヨハン、貴方たちの命は、私が保障します! だから、大人しく投降してもらえませんか?」


「有り難い申し出だが、やはり、俺に銃を構える組織を信じることは出来ないな……」


 自分の銃口は、床に伏せてる者に向けられているのに、そう言ったヨハンの言葉を不思議に思い、振り返ると銃を構えるハンナの姿があった。


「ハンナ、もう終わりました。君は銃を降ろしなさい」


「終わってないわよ」


 その言葉と共に、乾いた銃声が鳴る。

 銃弾が向かった先は、ヨハンではなく、ローガンだった。

 背後から右の肺を撃たれたローガンは、最後の力を振り絞り、握っていた銃をヨハンへと投げる。


「ヨハン!」


 ヨハンは、それを受け取るや否やハンナに向け放ち、その弾丸はハンナの頭を貫いた。

 それを見て、マルコが銃を構えたのだが、ローガンが覆い被さるようにそれを塞ぎ、二発目の弾丸を受け、ヨハンは躊躇うことなく、マルコの頭を撃ち抜く。


「ローガン! しっかりしろ! 今、救急車を呼ぶから……」


 ローガンは、携帯電話を手にするヨハンの右腕を掴み、


「もう無理です。貴方は、早く逃げなさい」


「すまない」


 フレデリカのこともあったヨハンは、後ろ髪を引かれるような思いで、その場から走り去った。

 ローガンは、薄れ行く意識の中で、自分の推理を完成させる。


「ヨハン、貴方の敵は、ブラックレインだけじゃない。FBIの中にも居た……つまりは……」



 今日未明、民間軍事会社ブラックレインの社長室で一般人二名、FBI捜査官が二名、計四名が殺害される事件が起こりました。

 生き残ったブラックレイン社長エリック・フィッシュバーンの証言によりますと、犯人は過去にこの会社所属し、現在はプロゲーマーの


 ヨハン・ポドルスキー。

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