第221話「生ける伝説」

 筒井は、かつて恩師にスパイ容疑を掛けた先輩の言葉を思い出していた。


 ――自分にとっての常識が、必ずしも、他人にとって常識であるとは言えない。


 結局、あれは紗奈さんの迷推理に終わったが、結論が間違っていただけで、推理自体が間違ってた訳じゃなかった。

 どことなく面影もあるが、そういう意味においても、お前は父親似なのかもしれないな。


 つむぎがGTWで名を馳せたのは高校時代の3年間で、プロ時代はというとトップランカーでもなかったため、知る人ぞ知るという程度のプレイヤーに過ぎなかった。

 しかも、紬は10年前に引退しており、そんな昔の中途半端なプレイヤーを13歳の中学生が知っているのは、通常では考え難い。


 お前にとっちゃ、知ってて当然なんだろうが、

 10年前に引退した万年二軍のプロ野球選手を、今でも覚えてるようなモンだぜ?

 それとも、正体を知ってることに気づいていると、牽制でもしてんのか?

 まぁ、どちらにせよ、

 当面の間は、互いに知らない振りするタブーゲームだろうがな。


 すると、隣に座っていた香凛が震えながら立ち上がり、まるでゾンビのように近づいて来る。


「な、なんだ!? どうした?」


「あ、あ、あ、あの、せ、せ、せ、せ、せ、先生……」


「なに緊張してんだ、気持ちわりーな」


「だ、だ、だって、せ、せ、先生は、れ、れ、レジェンドなんですよ!」


「大袈裟な……雅さんや飛鳥、シリアルキラーが目立ってただけだ」


「せ、せ、先生は、し、し、シリアルキラーと、た、た、戦ったことありますか?」


「あるよ」


「戦っただけじゃなくて、勝ってるわよ。シリアルキラーだけでなく、東儀雅にもね」


「えーーーーーーーッ!!」


 余計なことを……、



 帯牙の修行を終えた紬は、自分の戦術が通用するか、飛鳥だけでなく、卒業した雅にも声を掛けていた。


「勝っても負けても、凄いストレスが掛かる。ごめんね、南城さん。でも、これは褒め言葉でもあるのよ」


 そう言わせたほど、紬は成長していたのだが、対戦相手を不快にさせてしまうプレイスタイルに悩んでもいた。

 また、それによって辞めてしまった部員を数名出してしまったことから、連覇を成し遂げたら即座に引退しようと考えるまでになっていった。


 そんな或る日、いつも対戦してくれる飛鳥に申し訳なく思い、聞きたくなかった筈の質問をしてしまう。


「ねぇ、飛鳥……アタシと対戦して楽しい?」


 だが、飛鳥は何故そんな質問をするのか不思議そうに首を傾げ、


「え? 楽しいよ! 楽しくなかったら、毎日やらないよぉ~。ツムちゃんのプレイってさ、何するか解らない時あるから、ワクワクするよ!」


 飛鳥が居なかったら、もっと早くGTWを辞めていたかもしれない。



「せ、先生! 先生のハンドルネームは?」


 大きな溜め息を吐いた後、仕方ないとばかりに、


「カタカナでツムギだ」


 香凛は、ジオラマのタブレットでシリアルキラー対ツムギの戦歴を検索し、ツムギの勝ちだけを絞り込んだ。


「す、凄い! 先生、シリアルキラーに、12勝もしてるじゃないですか!」


「たった、12回じゃねーか」


「そんなことありませんよね? シリアルキラーの敗戦数は、46222回。内、サーベルタイガーによるモノが46136回ですから、86敗中の12敗が先生ってことになりますよね?」


 よくもまぁ、そんな細けー数字を!

 やっぱ、お前は父親似だな。


「勝ちはしてるが、そいつは1勝分の価値しかない」


「どうゆうことですか?」


「初見殺しなんだよ。あいつは、一度見たら二度と同じ手は喰らわなかったからな」


 すると、眞鳳みおは揚げ足を取るかのような口調で「ということは、初見ならスカーレットも倒せるんじゃないですか?」と、香凛を指差す。


「さぁ、そいつはどうかな?」


「先生から見て、スカーレットはシリアルキラーよりも強いんですか?」


「いいや、未だだな」


「未だ?」


「あぁ。いずれスカーレットは、戦場を支配するようになるからな」


 その言葉で、眞鳳は勢いよく立ち上がり、まるで詰問するように声を荒げた。


「東儀雅がスカーレットを指導しているんですか!」


 親友がテメーの身代わりになってるのが、気に喰わないのか?

 それとも、父親の技を赤の他人に教えるのが許せないのか?


「直接聞いた訳じゃないが、まず、間違いねーな」


 すると、今度は香凛の方が筒井に詰め寄る。


「ちょっと待ってください! スカーレットは、サンフランシスコですよね? 東儀雅は、新宿の連覇が大事じゃないんですか?」


「昔から雅さんにとって、新宿の連覇なんてどうでも良かったんだよ。名誉顧問になってるから、仕方なく指導してただけで、ずっと自分の後釜……後継者を探してたんだ」


 後継者という単語が、香凛を凍りつかせる。


 ――桃李で待ってるわ。


 もしかして、あの時まで、アタシが後継者だったんじゃ?

 アタシが、スカーレットに負けたから?

 だから、桃李に相応ふさわしくないの?


 その想いは熱となり、動けなくしていた香凛の心を突き動かし、筒井の腕を掴ませた。


「アタシ、頑張ります!」


「おぅ、どうした急に!? なんのスイッチが入った?」


「なんでもやりますから、アタシを強くしてください!!」


「なんだ? 改まって? 言われなくても、そのつもりだ」


 話の流れから眞鳳が「じゃ、今年が勝負の年なんですね」と言うや否や、


「いいや、今年は見送る」


「え? どうして?」


「部員、足らねーからな」


 すると、一斉に視線が眞鳳へと集まった。


「は、入らないわよ!」



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あとがき


 タブーゲームは、タブーコードとも呼ばれている複数人で行う会話型のゲームで、禁止ワードもしくは禁止行動の書かれたカードを配り、自分以外がそれを見えるようにします。

 そして、プレイヤーたちは、会話をする中で他のプレイヤーに、各自が持つ禁止ワードを発言させ(禁止行動をさせ)、最後まで生き残った者が勝者に、もしくは、逆に自分の禁止ワード(禁止行動)を当てるとゲームから抜けられ、最後まで残ったプレイヤーが敗者となるゲームのことです。

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