第68話「プレジデントメーカー」

「トーマ!」


 名を呼んで駆け寄って来た金髪の美しい女性は、刀真に飛びつくように抱き付くと、その頬へキスをした。


「久しぶり、マリア。また一段と、綺麗になったね」


「ありがとう、トーマ。貴方こそ、素敵になったじゃない、スーツ姿なんて初めて見たわ」


「そうだっけ?」


「そうよ、いつもTシャツとジーンズだったもの」


 まるで恋人同士かのような振る舞いを見て、つむぎは、からかいスイッチを全開にし、そのカップルへと近づく。


「おやおや、先生も隅に置けませんなぁ」


 だが、刀真はニヤリと微笑むと、速効でそのスイッチを切りに行く。


「南城、残念ながら彼女は、ラルフの恋人なんだよ」


 すると今度は、隣に立つ別の部員のスイッチが入った。


「え! ラルさんの! ラルさんやるぅ~」と、飛鳥は目をギラつかせている。


 まぁ、ラルフがイジられる分には良いかと思っていた矢先、紬は振り向き様に、その矛先を変える。


「安心した、美羽? ねぇ、安心した?」


「もう、だから違うんだってば!」


 あぁ、早く飽きないかねぇ~、そのイジリ。

 面倒だが、注意しておくかぁ……。


 すると、刀真よりも早く、部長の雅がそれを止めに入った。


「あれから一週間も経つんだから、もうその辺にしなさい、南城さん」


「はぁ~い」


「ありがとう、東儀姉」


「どう、い・た・し・ま・し・て!」


 ん? なんか怒ってる?

 俺に不甲斐なさでも、感じてるんだろうけどさぁ。

 ハァ~、面倒臭いわー。


「マリア、ところでラルフは?」


「隣(ゴーゴル社)に、行ってます」


 さては、対戦を見る気だな。


「そうか……」


「ラルフから、伺ってますよ。この子たちの案内でしょ?」


 ラルフめ、マリアに押し付けたか。


「ありがとう、じゃ俺は行って来るから、この子たちをお願いするよ」


「了解」


「あれ? 先生、何処行くんですか?」


「俺は、ゴーゴルで会議だよ。これまでの報告やら、今後のこととかな、長引くかもしれんが、まぁ、昼飯時には、帰って来れると思う。じゃ、お前ら、マリアに迷惑かけんなよ」


 そう告げると、刀真はインベイド社の隣に在る、まるで美術館のような建物へと入って行った。



 マリアは、社屋しゃおくの方へ手を差し出し「さて、それでは行きましょうか?」と、一歩踏み出したところで、慌てて振り返る。

 何事かと部員たちは、キョトンとしていると、少し恥ずかしそうにしながら、自己紹介を始めるのだった。


「まだ、貴女たちの名前聞いてなかったわね。改めて私から、私はマリア、ラルフの秘書をしています。仲良くしたいから、貴女たちもファーストネームだけでお願いね」


みやびです」「紗奈さなです」「つむぎです」「美羽みうです」「飛鳥あすかです」


「それじゃ、みんなよろしくね。では、行きましょう!」



 インベイド本社は、外観もそうだが内部も日本に在る施設を一回り大きくしたようなビルだった。


「1階から3階は、色々な店舗が在るんだけどね。施設と大きく違う点が1つあってね。それは、此処に在る全ての店舗は、社員が経営しているの」


「みんな、社員なんですか?」


 部員たちが驚くのも無理はなく、飲食やファッション、玩具屋まで、ありとあらゆる店が並んでいたからだ。


「えぇ、そうよ。ラルフの考えでね。社員には……否、人にはどんな才能が埋もれてるか解らないから、出資はラルフがして、色々、挑戦させているの」


「ラルさん、いい社長だねぇ~」


「そうとも言い切れないわよ。きちんと事業計画を書かせた上で、黒字が見込めるものに対してのみ、出資するの。そして、月毎の決算で1回でも赤字を出したら、即終了!」


「え! たった1回で!」


「その事業に取り組んでいる間、その社員はインベイドの仕事を全くしなくていいし、給料も出るの。つまり、その事業に集中できるのね。だから、赤字になるってことは、その間、貴方は何もしなかったの? マーケティングについて考えましたか?ってことなのよ」


「でも、モノによっては、半年ぐらい辛抱が必要なモノって、在りそうですよね?」


「サナの言うように、そう言ってラルフと交渉する社員も居るわ。でもね、そこまで熱意というか、成功が見込めるなら、他人のお金でやらなくても、借金してでもやれば良いのよ」


「確かに……」


「そしてね、例え成功して、トンでもない黒字続きだったとしても、1年で打ち切るの」


「え? なんで黒字で辞めるんですか?」


「順番待ちの人は、山のように居るってのもあるんだけど、そんなに黒字なら、自分でやりなさいってことよ。だからね、ラルフは『プレジデントメーカー』とも呼ばれているのよ」


「へぇ~」


「サナ、貴女は経営者としての、才能が有るかもしれないわね」


「え!」


「今、自分ならどうするかって、想像したでしょ?」


「はい」


「それはね、大切な事よ。失敗がイメージ出来る人は、そうならないように努力するもの」


「そういうもんなんですか?」


「そういうもんなのよ。困った事にね、優秀な人材が揃っているウチでさえ、たまに居るのよ、アイディア一本だけで勝負してくるヤツが。頭の中では、既に成功しちゃってるようでね、案の定、失敗するのよ。その後、どうして失敗したのか、何が足りなかったのかを考察できる人は、未だ見込みがあるんだけど、そういう奴に限って、運が悪かったとしか思わないのよねぇ」


「大変ですね」


「そう、大変なのよ。ラルフが支援しているのは、アイディアが欲しい訳でも、まして、運が良ければ儲かるかもしれないというようなギャンブラーも必要ないの。同レベルの経営者として、帰って来て、使徒に……仲間になってくれることを望んでいるのよ」

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