第38話「賞金首」

 その機会は、突然訪れる。


「先生、今日は、部活なしでお願いします」


 授業が終わるとすぐに、部員の一人である南城紬なんじょうつむぎが、刀真とうまに声を掛けて来た。


「ん? お前が休みじゃなくて?」


「はい、部長のお父さんが誕生日らしくって、今日は横浜で外食するんだそうです。ほら、部長が居ないと部活出来ないですからね」


「そうか、解った」


 やるなら、今日だな。


 足早に職員室へ戻ると、すぐに帰宅の用意をして、誰かに声を掛けられまいと、逃げるように職員室を後にした。

 刀真は、ヘッドセットを耳に当て、スマートフォンを鳴らしながら、歩道を駆け抜ける。

 そして、その相手が出るや否や、息を切らせながら、叫ぶように伝えた。


「ラルフ! 出撃許可を! 18時には、出れるように調整をしてくれ!」


「了解した!」


 ラルフは、社内に緊急警報を発令し、サーベルタイガー出撃の準備に取り掛かるよう指示する。

 勿論それは、自宅で作業をする、叔父の虎塚帯牙こづかたいがの元にも、連絡が届いていた。


「予定より、早かったな」


 帯牙が予定していた計画は、ゴールデンウィークに東儀姉妹をインベイド本社へ招き、その移動中に刀真が出撃するという策だった。

 そして、帯牙も刀真の出撃の為の調整へと入る。


 出撃の調整、それはサーベルタイガーの出撃をGTWのイベントにする計画で、その内容とは――。


 GTWのドライバーのモニタ、オペレーターのPC用モニタ、その全てが真っ赤に染まり、警報が鳴る。

 全てのプレイヤーが初めて体験する現象に、プレイヤーの中には『災害が起こったのではないか?』と思った者や、故障したと思った者も数多く居た。

 だが、その警報は、1分も経たない内に鳴り止み、代わりにスクリーンに現れたのは、ラルフ・メイフィールドの姿だった。


「ドライバーおよびオペレーター、そして、施設のモニタを観戦している諸君、脅かして済まんな。只今より、特別なイベントを開催する。それは非公開時代に、余りにも強過ぎて、当面の間プレイ禁止にしていたドライバー、サーベルタイガーを出撃させるイベントだ」


 GTWプレイヤーで、サーベルタイガーの名を知る者は多い。

 難しい機体であるにも関わらず、GTX1000の選択できるようにしていたのは、その為だった。


「こんな難しい機体、絶対、誰にも扱えないよ!」


「いえね、非公開テスト時代に、それを自由自在に操れたサーベルタイガーって奴が居たんですよ。もしかしたら、そのレベルの人間が世界には居るかもしれないと、残しているんですよ」


 こうしてプレイヤーたちは、知らず知らずの内にスタッフから刷り込まれ、そのプレイを観る事無く、サーベルタイガーの名は、広まったのである。


「今回は、試運転ということもあり、もし、君たちがサーベルタイガーにとされたとしても、それによるランクポイントの減算は行わない。ただし、それ以外の者を墜としたり、とされた場合は、通常通りの計算を行うので、注意して欲しい。そして、最後にもう一つ。サーベルタイガーは恐ろしく強い、もしも、もしもだ、サーベルタイガーをとした者が現れたら、そいつには、プロ、アマを問わず、一億くれてやる! サーベルタイガーの出撃は、18時30分より19時まで、場所は東京だ」


 このアナウンスは、ゲーム内は勿論のこと、インベイドの施設や、アプリのメッセージとしても全プレイヤーに配信され、一攫千金を狙う者たちで、各地はパニック状態を引き起こした。


「おめでとうございます! 登録者数、3億を突破しました!」


「よし! 何も知らないまま、金だけで釣られた奴が居たか。さ~て、アマチュアには順番待ちが有るからな、謝罪でも考えておくとするか……」


「社長、ローレンスからお電話です」


「マリア、左のモニタに繋いでくれ」


 怒号と共に、ローレンスがモニタに現れた。


「お前、なんの嫌がらせだ! 俺はジェットで、移動中なんだぞ!」


「知らねーよ、そんなの。適当な所で降りて、施設にでも入れよ」


「馬鹿か、お前は! オペレーター1000人、連れて歩く訳ねーだろーが!」


「そんなに抱えるからだろ? 自業自得だ」


「3時間遅らせろ! 今からなら戻れる!」


「それは無理だ、今回は諦めるんだな」


「くそがぁぁぁーーーッ!!」


 再び、怒号と共に回線は切断された。

 それと同時に、今度はポケットのスマートフォンが鳴る。


「掛けて来たか、そりゃ掛けて来るわな」


 ラルフは、ニヤけながら電話に出る。


「ラルさん、お願いだから2時間後、否、3時間後にしてよ!」


「フを付けろ」


「もう、そんなのどうだっていいでしょ!」


「よくねーよ、そして、時間は変えられん」


「アタシとラルさんの仲じゃない!」


「フを付けろ、そんな仲になった覚えはない」


「アタシとラルさんは、友達でしょーが!」


「お前、お願い事しいてる癖に、かたくなに『フ』付けねーのな」


「ラルフの馬鹿!」


「おい、テメー! 悪口の時だけ、フ付けるんじゃ……クッソ、切りやがった!」

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