第39話「出撃10分前」

 ゴーゴル社会長ローレンス・ミハイロフは、プライベートジェット内に在る巨大スクリーンに、インベイドの世界を映し出し、ワイングラスを片手に、参加できない戦場を観ながら、その時が来るを待っていた。


「俺以外に、墜とされんじゃねーぞ!」


 そんな不機嫌そうにしている会長に、第一攻撃班チーフオペレーターのジェームズ・レナード・マクスウェルは、声を掛けようか掛けまいか迷っていると、その相手に気付かれ、さらに不機嫌な表情に。


「なんだ? ジェイミー!」


「あの~、返事が来ましたので、報告を」


「おぉ! どうだった?」


 その報告とは、先日の戦略会議の中で、ジェームズが言った『絶対数感を持つ友人』をスカウトするように指示し、そして、その返事が今、来たのである。


「それが、その……メールで返信が来たのですが……」


「ん? なんだ?」


「その内容なんですが……」


 ローレンスは、言うのを躊躇ためらっている部下にイライラして、声を張り上げる。


「なんだ! サッサと言え!」


「ろ、ローレンスに、お、俺の名前を言えとだけ……」


「はぁ? なんだ、その無礼な奴は! で、そいつの名前は?」


「こ、虎塚刀真こづかとうまと言います」


 その名を聞いて、ローレンスはワインをこぼすほどに笑い出した。


「なるほど、これでお前のせつが正しいと、証明されたな」


「はい?」


「そいつが、サーベルタイガーだ」



 この『サーベルタイガー参戦、墜とせば1億イベント』による混乱は凄まじいもので、給与決算日以上の大戦争を見せることとなる。

 アマチュアには、制限時間と待ち時間があることから、不平等を訴えインベイド社に抗議メッセージを送る者も少なからず居た。

 一方、プロたちは、様々な考えをする者たちが現れる。

 ライバル視している者たちは、1対1の勝負を望み。

 その実力を知る者たちは、チームを組み、賞金を山分けにしようと考え。

 また、どうせまたこんなイベントが来るのだろうと、今回は見送る者。

 殆どドライバーがサーベルタイガー、否、1億だけに集中しているに違いないから、そんなドライバーたちを遠くから狙撃して、自分の順位を上げようと考える者。


 そして、もう一人、違う考えを持つ者が、インベイド新宿施設内で食事をしていた。


「兄やん! 1億やて! 急がんと!」


「全く、晩飯時に迷惑な話やで」


「兄やん! 悠長ゆうちょうに喰ってる場合やないで!」


「落ち着け、童貞!」


「今、そんなボケしてる場合やないやろ!」


「お前な、よう考えろ。今、戦場は、どうなってると思う?」


「そら、もう、給料前みたいに……」


「それどころやない、無茶苦茶になってる筈や」


「無茶苦茶?」


「じゃ、ヒントをやろ。プロは戦死した場合、同じ戦場に復帰でけへん」


「あ! プロ同士の潰し合い」


「せや、サーベルタイガーって奴が来る前に、邪魔な奴を消したいやろ? あとな、参加できる可能性が低いアマどもは、そのおこぼれを狙う。そんな場所に、飛び込んだら、自殺しに行くようなもんやで」


「じゃ、兄やん、参加せえへんのか?」


「確かに、参加せーへん方が順位は上がるやろうな。やけど、拾える1億を拾わん阿呆あほうるか? タイミングや、目の前に来るタイミングを待つ」


「流石、兄やんや!」


「解ったら、落ち着いてメシ喰え! この童貞が!」


「お子様ランチ喰ってる奴に、言われたないわーッ!」


 そう言われても、気にする事無く鼻で笑うと、チキンライスに刺さった国旗を倒さないようにスプーンを入れ、一口分を掻き出し、口へと運ぶ。



 世界の各地で、混乱を起こしている張本人は、呼吸を整え、専用のシリアル機に乗り込んだ。


「さーて、行きますか……ん?」


 機体選択画面に映し出されたマイGTMは、明らかに違う配色で、以前は白いだけの機体であったのだが、今は、ベースが光沢のある白色、関節部分を黒鉄色、結合部分には墨入れが施され、肩には紅いシルエットのサーベルタイガーの横顔が描かれていた。


「叔父さんが、色着けたの?」


「否、プロのデザイナーに依頼した」


「え? なんで? そこまで?」


「お前には、このゲームを盛り上げる為の広告塔、要はカリスマドライバーになって貰わないと困るからな」


「それは、責任重大だな」


「なかなか、カッコイイだろ?」


「確かに、それは認める。認めるんだけどさー、この肩のマークってさー、昔、叔父さんに見せてもらったロボットアニメの……」


「あれは狼! それは虎だから!」


 そう言うと、帯牙はそのオマージュしたロボットアニメの主題歌を口ずさみ、立ち去っていった。

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