第25話「はじめてのスマホ」

 インベイド社からシリアル機のレンタルが出来るようになった東儀雅とうぎみやびは、筐体を家に置く許可を得るべく、母親に電話を掛けた。


「もしもし、母さん? 前にお願いしてた件なんだけど……」


 先に相談はしていたものの、その欲しい許可とは、3m四方の巨大な物体。

 自宅の車庫が空いているからとは言え、良い返事が貰えるかどうか不安に感じていた。

 だが、母から返ってきた言葉は、その答えではなく、


「あ! 父さんに聞くの忘れてた!」


 その姿は見えないものの、舌を出してゴメンネしてる母の姿が容易に想像できる。

 流石に今日決まって、今日工事って訳にはいかないものだと思いながら「あぁ、じゃ、今日、父さんに相談してから……」と返事したところで、母は喰い気味に「良いわよ、決めてきなさい」と、迷う事無くあっさりOKを出した。


「いいの? 父さんに、聞かなくて?」


「いいんじゃない? ウチに車、無いんだし。それになんかねー、最近、お父さん忙しいみたいなのよ。日曜まで仕事しててね、なんか凄く疲れてて、帰って来たら、すぐ寝ちゃうのよ」


 サプライズで失敗する典型のような行動を、父はってしまっていた。

 普通なら、最低でも妻には相談するものなのだが、家族全員を驚かせてやろうと考えていた為、誰にも言わず、しかもバレないように、態々わざわざ隣の市にある自動車教習所まで通っていたのである。


「で、いつ来るの?」


「今言えば、今日にでも工事してくれるんだって」


「そうなの……だったら、春休み中にやって貰った方が良いから、じゃ、もうお願いしてきなさい」


「解った、ありがとう。じゃ、コッチで話、進めちゃうね」


「稼いだら、家にもお金入れてよぉ、プ・ロ・ゲー・マー!」


「はいはい、了解いたしました」


 電話を切るとすぐに、筐体の手配をしてもらい、お世話になったスタッフ一人一人に握手を交わした。


「また、何かあれば遠慮なく、いつでもお越しください」


「ありがとう、また、来ますね」


 エレベーターの扉が閉まって、ようやく長かった合宿生活は終わりを告げるのだった。



 一階ロビーは、いつも人で溢れ返っている。

 人が集まる場所には、人気の店舗も集まり、遊びに来たついでに買い物を楽しむ者、美味しいと評判の店へ食事に来た者、もちろん、ゲームをする為にカウンターで受付けしている者。

 そんな施設を雅たちが出ようとしたその時、視界の片隅に、カウンターで順番待ちをする人の中に、妹を見つける。


「飛鳥ーッ!」


 姉は、妹の名を呼んだが、一方の妹から返って来た言葉は、名でも続柄でもなく、悪口だった。


「嘘吐きーッ!」


 飛鳥は『撮影OK』のポップを指差し、姉を睨んでいた。


「あぁ、ゴメンゴメン……でも、受験勉強に集中できたでしょ?」


「ゲームの動画観ても、集中できたモン!」


 それは怪しい……。


 嘘を吐いていた負い目がある分、口には出さなかったものの、それよりも、別の事が気になって、


「並んでるの?」


「うん」


「ちょっと、待ち時間6時間じゃない! 駄目よ!」


「えぇ~!」


「えぇ~じゃないでしょ! 今、2時なんだから、8時になっちゃうでしょ!」


「早まるかもしれないし、それに春休みなんだから、いいじゃん……」


「駄目よ! お母さんに怒られ……えぇい、仕方ない! 後で驚かそうと思ったけど……」


 すると、雅は飛鳥に近づき、耳打ちする。


「驚かないでよ、大声も出さないでね」


「え? なに?」


「あの機械、ウチに来るから」


「えぇぇぇぇぇぇ~!」


「シーッ! シーッ!」


「なんで?」


「えへへへ、アタシ、プロになったの」


「えぇぇぇぇーッ! お姉ちゃんが、プ……」


 全てを言う前に、慌てて妹の口を塞ぐ。


 危なかったーッ、この前の二の舞だけは、ゴメンだからね。


 妹から、尊敬の眼差しを期待していたのだが、返って来たのは恨み節だった。


「てことは……アタシに内緒で、ずっとやってたのね! ズ~ル~イィィィ~!」


「あ、いや、その……解った、解ったわよ、それじゃ、お詫びにお姉ちゃんがアンタのスマホ買ってあげるから、それで許して」


「え? お姉ちゃんが?」


「好きなの買ってあげるわよ」


「ホント!」


「何でもいいわよ! なんせ、273位のプロですからね!」


 妹だけに自慢するつもりが、つい声を張ってしまい、それを聞いた周囲がざわつき出した。

 時既に遅いのだが、左手で自分の口を押さえると、右手で妹の手を掴み、一目散にホテル内の携帯電話販売店へと駆け込んだ。


 ドタバタと激しい足音と共に入店し、息を荒くしながらも店外の様子をうかがって、まるで何かから逃げて来たような女子三人組が、果たして客なのか疑問に感じながら、女性店員の大田おおたは、一応、挨拶をするのだが、疑問系を隠せないでいた。


「い、いらっしゃい……ませ?」と、挨拶と共に、軽く首を傾げた。


「あ、はい。さ、さぁ、飛鳥、好きなの選んでいいわよ」といって、雅は妹の背中を押し出す。


 店内には、棚に並べられたスマートフォンが各通信会社別で並べられており、飛鳥には、それが宝の山に見えた。

 噂で聞く、スマートフォンゲームは面白い物が多いらしく、しかも、基本無料で遊べるという。

 あれもこれも、良い物に見えた。

 飛鳥は女子には珍しく、見た目よりも、性能派で、例えやらなくても、要求スペックが高いゲームが出来るに越した事はないと考えていた。

 そこで飛鳥は、素直に店員に聞いて見る事にした。


「どれが一番、いいヤツですか?」


「そうですねー。お客様、GTWはされてますか?」


「してます! してます!」


「まぁ、此処へ来る人で、してない方が珍しいんですけどね」


 最初の挨拶で、可笑しいとは感じてたけど。

 この店員……空気読めないタイプの人だわ!

 ここは私が、話を早く進めて、妹さんを助けてあげないと!


「GTWをしてる人へのオススメが有るんですか?」


 なに、このメガネ?

 そのつもりで、言ったんだけど?

 ははーん、さてはこのメガネ、クレーマーね。

 嫌だわー、面倒臭いのが居るわー。

 サッサと、終わらせないと。


「これなんか、如何でしょう?」


「これが一番、良い奴なんですか?」


 親友の妹に、変な物を掴ませる訳にはいかないわ!


「ちょっと待って、調べるから」


 ほら、やっぱり!

 店員が薦めてる傍で、ネットの評価を調べるって、どういう神経してるのかしら?

 アンタが居るから、売れ残りなんて薦めないわよ!


 すると紗奈は、スマートフォンの性能よりも、或る一文が気になって、雅を呼ぶ。


「雅、ちょっと、コレ!」


 そう言って、親友にスマートフォンの画面を見せ、気になる項目を指差す。


「通信料をEN《えん》で!」


 この施設内は、全てゲーム通貨ENで買い物ができ、スマートフォンも例外ではない。

 しかし、それはスマートフォン本体の話であって、契約内容、つまりは基本料金や各種サービスなどは、各携帯電話会社との契約になる為、その支払いは別となっている。

 だが、紗奈が指差すゴーゴル社の春モデルは、インベイドのゲーム通貨ENでの支払いに対応していると書かれてあった。


「しかも、ENでなら、他と比べて結構安くなってるでしょ!」


「ホントだ、アタシもコレに機種変更しよーかなー」


「いや、雅だけでなく、私も、飛鳥ちゃんもコレにすれば!」


「そうか! 飛鳥もオペレーターにしてしまえば、給与で払える!」


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