第10話「アタシ、プロになる!」

 2025年に始まった、インベイドのレンタル事業公開テスト。

 公開当初は、想定以上の混乱を招いたが、1週間ほどで整備され、ユーザーたちが長蛇の列に悩まされることは無くなる。

 それは日を追う毎に、GTW用アプリが進化を遂げ、各地の待ち時間情報や、更に予約まで出来るようになり、時間にさえ間に合えば、何処に居ても構わない。


 しかしそれは、スマートフォンを持っていない人にとって、関係の無い話で――。


「やっと……やっと出来るぅ!」


 目を輝かせながら東儀飛鳥とうぎあすかは、自分の順番がまわってくるのを待っていた。

 その順番待ちとは、スマートフォンを持っていない人へ向けた事前登録兼、予約案内。

 飛鳥は、壁に貼られた文字を見て、姉を非難した。


みやび嘘吐うそつき!」


 飛鳥の姉、雅はプレイすることで、ゲームの楽しさを知ってしまい、これを妹に伝えるのは危険だと考え、撮影できなかったと嘘を吐いていたのだった。

 飛鳥は、今の今まで、元日の情報以外、どんなゲームなのかを知らなかった。


「やってみたけど、そうでもなかったわよ」


 だが、クラスの男子グループから聞こえてくる、このゲームの話題は、姉の感想とは全くの別物だった。


「あれやったか?」


「おう、やったよ! あれスゲーな!」


「6回並べるか? 俺、0時から並んでみたんだよ、でも、5回がやっとだったぜ!」


「一日最大20分にして欲しいよな、それなら、もっと早く回ってくるのによぉ、運営エアプだわー」


 うぅぅぅ、聞きたい。


 残念なことに、飛鳥は超弩級ちょうどきゅうの人見知りをわずらっており、特に男子とは卒業間近である今に至っても、話したのは返事程度だった。

 一方、話せる女子はというと、ゲームを卒業し、違う趣味を移行する者の方が多かった為、最新のゲームを話す相手など一人も居なかった。


「アイツら、バッカじゃないの? 一回5分プレイで4時間も並ぶんだって、ホント、馬鹿よねー」


 そんだけ、面白いってことでしょーがぁ!


 だが、コミュ障の飛鳥は「そ、そうだね」と、心と真逆の返事をしてしまうのだった。


 しかし、そんな男子たちも2月に入れば、受験勉強でゲームどころでは無くなり、その話題は教室から消える。

 学校のスケジュールも、早い段階で期末テストや球技大会が行われ、それが過ぎると卒業式の練習以外は、受験対策に時間が割かれた。

 あっという間に時は過ぎ、卒業を迎え、春休みに入った。

 飛鳥は、都立高校と桃李成蹊とうりせいけい女学院の二校を併願していたのだが、桃李の受験日が3月21日と非常に遅かった。

 それは桃李の校長の優しさで、3月の第二週もしくは第三週の大安の日としていた。


「当校が最後の砦です、せめて受験生に大安を」


 しかし、飛鳥にしてみれば余計なお節介で、受験日が先であればあるほど、ゲーム禁止日が延びるのだ。


 そんな、3月21日の金曜日。

 受験が終わるや否や、その足でインベイドの施設へと向かう。

 施設内のあらゆる壁には、各戦場が観戦モードで映し出され、そのモニタには『撮影OK』シールが貼られており、写真や動画、生放送をしている人まで居た。


 後にラルフ・メイフィールドは、自伝で語る。


「ロケーションテストをしておいて、隠す意味が解らない。来ている人を映すのは、勿論ダメだが、仮にゲームがバグって停止したとしても、それはそれで大切なデバッグと言えるし、つまらないという反応であったとしても、それすらも改善を探す為の貴重な意見だ。そして、何より良い宣伝になる。我々が一時期、非公開でロケーションテストを行っていたのは、ゲームを創る上での初期の初期、あくまで実験段階だったからだ」



 何をどうすればと、キョロキョロしていると人が並んでいる最後尾に「スマホお持ちで無い方はコチラへ」と書かれた看板を持ったスタッフを発見し、慌ててそこへ並ぶと、15分も経たない内に、飛鳥の番になった。


 タブレットを持ったスタッフに案内されながら、登録を進めて行く。


「こ、これカッコイイー! これにします!」


「GTX1000は、操作が難しいですけど、よろしいですか?」


 紹介スタッフの青木は、心の中で叫んだ!


 あぁ、これで何回目だろ?

 なんでこんな難しい機体、いつまでも残してんだよ!

 イチイチ、説明入れんの面倒なんだよ!

 せめて、ランクが上がったら、選べるようにしろよ!


 しかし、スタッフ青木に、それを本部へ進言する勇気は無かった。


「後からでも機体も、武器も変えられますので、もし、合わない時には、コチラの案内所までお申し付けください」


「大丈夫です、4月までには、スマホ買ってもらえるんです!」


 そう言って、飛鳥はスタッフにVサインする。


 ――飛鳥にスマホなんか与えたら、きっとゲームばかりして、受験勉強しなくなる!


 そんな姉の予言のせいで、買って貰えなかったのだった。


「そうですか、それは良かったですね」と言いながらも、青木は『んじゃ、その時に始めろよ!』と心の中で叫ぶのだった。


 全ての項目を打ち込んだ後、タブレットに現れた文字は……。


 ただいま、4時間32分待ち。


「え? すぐに出来ないんですか?」


「現在は、最大で4時間32分待ちになってますね」


「最大? 早まることがあるんですか?」


「はい、開始1分で撃墜され、終わることもあります。戦場で5分間戦い続けられる人の方が珍しいのですね。でも、中には戦わないで、ゲーム内を観光される方もいらっしゃいますので、その方たちは、5分まるまる掛かりますね」


「観光?」


「はい、地球が再現されてますので、世界遺産を廻ったりする方は、かなり多いですよ」


「へぇ~」


「あとですね、先日、プロ化が発表されましたので、もし、ランキングが640位内になれば、ゲームで食べて行けますよ」


 登録数2300万人の内の640人、まぁ、無理だけどねー。

 なんで、こんな女の子や、爺婆にまでプロ化の話させるかねー。

 あぁ、マニュアルってヤダわー。


 しかし、そのマニュアルから逸脱できないスタッフ青木だった。


「プロ目指して、頑張ってください!」


「はい!」


 アタシ、プロになる!

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