Virtual State Invaders

第1話「みんなプロゲーマー」

 或る日、或る時、或る場所の新作ゲーム機の制作発表会で――。


 インベイド社CEOのラルフ・メイフィールドは、巨大モニタを背に、ステージ場で抑揚を付けながら語り出した。


「今回のインベイドTYPE7を持ちまして、我々はゲーム機の販売事業から撤退したいと考えております」


 この発表会は、全世界にライブ配信されており、放送画面には『やめないでくれ』というコメント群が飛び交った。

 この衝撃は、ゲームファンに留まらず、株主たちにも飛び火して、株価暴落の兆しを見せた。

 TYPE6は、世界の実稼動の7割を占めるゲーム機で、今回の新機種発表においても、ライブ配信を50万人が視聴している。

 特に、経営難である訳でも無いにも関わらず撤退を発表した事に、会場は動揺で包まれ、後で記者会見が在るにも関わらず、記者たちから、疑問の声が次々と投げ掛けられた。


 ラルフは、ざわつく会場を制するように口元へ人差し指をやり、静まるのを待った。

 それで会場が静かになる事はなかったが、十分に声が届くまでになったところで、再び話を続ける。


「ゲームを愛する皆さんは、ご存じ無いかも知れませんが……我社は長年、保証期間を過ぎると故障するように出来ている……などと言う風評被害を受けて参りました」


 本当の事じゃねーか! とぼけんな!

 そんな事? そんな事で止めんのか?

 今の時代、クレームを受けない会社なんて無いだろう?

 そんなアンチの意見、気にすんなよ!

 俺たちで、支えてやるよ! やめんなよ!


 熱い声援と怒りのコメントが、ライブ映像に入り乱れた。


「ですが、インベイドタイマーと呼ばれてしまうほど、故障が多かったことも事実です。とは言え、故障が絶対に起こらない機械を量産するのは、不可能に近い」


 それ、開発会社が言っちゃダメなヤツだろ!

 努力する気が無いのか?

 やめる理由に、ならねーだろ?


「勿論、それは決して努力することを諦めたからではなく、視点を変える事で、現実的かつ、より良いゲームライフを皆さまにお届けできるのではないか、との考えに至ったのです。その新しい視点とは……」


 お? なんだ?

 新しい提案ってなんだ?

 ゲーム機じゃなく、PCとかか?


「ゲーム機のレンタル化です」


 はぁ? レンタル?

 ガッカリだな、レンタルって、時代遅れじゃんかよ!

 否、レンタルは有りなんじゃないか? 高額の本体を買わなくて済むだろ?

 ↑テメーは馬鹿か! レンタルなんてモンは、トータルのレンタル料で回収するようになってるから、結局、買う以上払うハメになんだよ!


「言葉だけに注目して、本質を見て居ない人が多いようですね」


 なんだ? 客を馬鹿にするのか!


「インベイド6は、何度モデルチェンジをしました?」


 4、4、4

 4回だよ!

 4回だ!


「そう、4回です。ハードディスクの容量を増やしたり、メモリを増やしたり、その度、販売してきたのです。お客さまによっては、4回とも購入された方もいらっしゃるのではないですか?」


 5回だよ! 壊れてな!

 オメー、運が良いよ、俺なんて7回だ!


「そうです。本体購入は、壊れて買い換えるという問題も抱えているです」


 ん? レンタルなら、修理無料なのか?

 え? モデルチェンジ料も要らないのか?


「残念ながら、今は未だ、無料の目処が立っていません」


 目処は立っているんだがな……だが、先に発表してしまうと、必ず、邪魔が入る。


 ラルフは、心の中で言いたい気持ちをグッと抑え、スピーチを続ける。


「ですが将来必ず、我々は、修理費もバージョンアップも無料、もしくはそれに近いスタイルを実現させる事を約束し、今回の制作発表を終了させていただきます」


 会場の割れんばかりの拍手と共に、そのライブは終了した。


 この時の世界は未だ、ラルフ・メイフィールドが考える未来を予期する者は、一人として居なかった。

 そして、これが世界を徐々に侵攻して行く、最初の第一歩であったと知る頃には、世界の誰も、それを止める事が出来ないほど、巨大な仮想国家となるのである。


 そして、後の人々は知るのである、社名が『インベイド(侵略)』であったことを。



 それから、20年後。

 そのゲーム名は、社名から受け継ぎ、仮想世界の名になっていた。

 仮想世界、インベイドは巨大な空間で、ゲームの中でゲームが出来る仕組みになっていた。

 解り易く言えば、遊園地(インベイド)に行き、色々なアトラクション(ゲーム)で楽しむような世界だった。



「ティコ、今日どうする? 竜退治でもやる?」


「ごめん、今月ピンチなんよ。この後、バイト行かないと」


「今月って、アンタ、いつもピンチじゃん!」


「あぁ、アタシも、リーナみたいに、歌が上手かったらなぁ~」


 仮想国家インベイドでは、現実と変わらない、否、寧ろそれ以上に、色々な商売が成り立っていた。

 このリーナと呼ばれた女性のように、歌を配信する者、小説や漫画などを配信する者、動画を撮影し映画として発表する者、アバターはおろか現実世界でも着れる服を作成し販売する者など、その商売は多岐に亘っている。


 仮想国家インベイドの国民、つまりユーザーはインベイダーと呼ばれ、その数はなんと世界の7割を占めた。


 どうして、これほどまでに普及したのか?


 それは、インベイドがオンラインゲームでは珍しい、RMT(リアルマネートレーディング)を推奨していたのである。

 しかし、他とは違い、ゲーム外での取り引きが出来ない仕組みを構築していた。

 それは、このゲーム機が、一人に対して一台のみの貸し出しで、ゲーム機を売る事は勿論、譲る事も出来ない。

 また、改造を行った場合は、永久追放になるのだが、そもそも改造が出来ないような構造と仕組みにもなっている。


 まず、ゲーム機が運ばれると、担当者が配線工事を行い、一度電源が入ると電源を落とすことは出来ないことを説明して、部屋を決める。

 もし、電源を抜くと予備電源が作動し、通信が遮断された事によってアカウントが停止され、その際、未だゲームを続けたい者は、自腹で手数料を支払わなければならない。

 勿論、事前申請していれば、一切の料金は発生しない。

 次に、改造行為だが、ゲーム機内は真空になっており、改造をする為に破壊すると、空気センサーが反応して、通報する仕組みになっている。

 その場合は、アカウントを永久に停止し二度とゲームへ戻ることは出来ない、しかも、それだけではなく、ユーザー全てに本名が公表される、とても厳しいルールだった。


 しかし、改造に手を出す者やルールを忘れてしまう者も少なからず居り、また身元のしっかりしていない者は参加できない為、ユーザーが世界の7割で留まっているのは、その為だった。


 面倒に感じる仕組みではあるものの、ルールを守りさえすれば、其処にはユーザー数およそ50億人の市場が待っているのである。

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