妄想ワールドメーカー
華水ながれ
2人で駆け抜ける未来
あぁ、今日も仕事疲れたなぁ。
ドアの建てつけの悪いオンボロアパートのドアの鍵穴に、鍵を挿す。
ガチャ。
「!」
鍵をひねるより先に、ドアが解錠される音。
「おかえり! 遅いよもう……待ちくたびれた」
私には勿体無い、癒しの旦那・
「ごめん……でも、大口の仕事が来たんだ。
この仕事、九条君に渡したいと思って」
私は、バッグからクリアファイルに挟まれた書類を九条君に手渡す。
九条君は餌に飛びつく犬のように、その書類を手に取った。
「わ、わぁ!! これ、例のあのドラマ!?
良いの!? 俺なんかが……」
「ふふ……いいんだよ。表舞台で九条君が輝いてくれれば、それで」
「ありがとうー! 流石は俺の嫁っ!!」
九条君は、私に勢い良く飛びついて来た。
お願い九条君、場所を選んで……
「うわぁっ!? そういうくさいセリフやめて……」
「なんだよー……本当の事を言ったのに」
九条君は、かつては売れない役者だった。
数年前、会社で企画したプロジェクトにオーディションでやって来たのが、始まりだった。
正直、パッとしないというのが第一印象。
……それに、中学生と言っても誰もが信じるであろう童顔に、低身長。
これで、私と同じ27歳なんだ……
私は『女性を魅了する大人』を探してるんだけどな。オーディションの要項にも書いたのに。
まぁ……せっかく来てくれたのに追い返しちゃうのもあれだし、聞くだけ聞いとくか。
……やはり一流の役者とはスキルの差が圧倒的。
これはひどい。とても聞いていられない。
指定した台詞を読み上げてもらった後、彼は頭を下げてこう言った。
『貴重なお時間を頂き、ありがとうございました!』
あー……真面目っ子さんだなぁ。
でも現実は無慈悲なもんだよ。私は貴方を落とす気しか無……
『御社のオーディションに出られるなんて夢のようです。
今の僕の演技……悪いところを教えてください』
『え?』
参ったなぁ。さっさと次の人を通したいんだけど。
どうせもう会わないし、率直に言わせてもらいましょうか。
『申し訳ありませんが、悪いところしか無いです。
情熱は伝わりましたが、台詞は棒読み。情熱に値する演技を出しきれていない。
そして何より、弊社のプロジェクトのテーマには合わない……』
『ご指摘ありがとうございます! また、いつかお会いしましょう!』
彼はにこりと微笑んで、ドアの向こうへと消えていった。
私はもう会いたくないけれど。
この時は、彼を採用するつもりなんて1ミリも無かった。
……オーディションが終わった。
今回はピンと来る役者はいなかった。
残念だけど、また後日改めて……
『……?』
あれ……なんであの人が一瞬頭にちらついたんだろう。
テーマとはかけ離れた童顔・低身長の同い年のあの人が。
『……』
そういえば、私も昔は役者に憧れていたな。
でも、誰もが『ブス』と認めるこの見た目だし、体型にも恵まれてなくて……
挑戦する前から諦めてしまっている私より、立派な人じゃん。
最近安定志向で売り上げが落ちている会社……
ちょっとだけ……いや、完全に会社の方針に逆らってやろうじゃない。
『……決めた』
私は、この人の事務所に一本の電話をした。
『不遇』の貴方を、輝かせてみせる。
……それから、運命は変わった。
九条君は、表舞台での活躍を徐々に広げていった。
彼は変人だけど、可愛らしい見た目とのギャップが世間に受け入れられ、瞬く間に人気を掴み取った。
『九条君、良かったね。すごいよ、本当に』
『あの! 俺とお付き合いしてください……』
『え……?』
『俺、貴女がいないと生きていけない……』
九条君の突然の告白。
これは、何かのドッキリ?
カメラが仕掛けられているんじゃないだろうかと、辺りを見渡す。
『お願い、俺を見て……』
『っ……、
駄目だよ、こんな私なんかと……もっと相応しい人がいるよ』
『俺の人生を変えてくれた貴女に、幸せを返したいんだよ!』
私も、彼と出会って何かが変わった。
告白されてから5年、私達は籍を入れめでたく結婚。
最初は世間の批判が怖かった。
実際、心無い言葉も少なからず向けられた。
でも九条君は、私を守ってくれた。
とてもかっこ良くて、頼もしい『男性』だった。
———舞台は、現在のオンボロアパートに切り替わる。
『ねぇ、ちょっとー』
『あ、ごめん……考え事してた』
『本当にありがと。俺、頑張るから』
『うん。私も全力を尽くすよ』
———
(なーんて、そんな風になればねぇ)
私は、某大企業に務める派遣社員。
某大企業に勤めてるってだけで聞こえは良いけど、所詮は世間に受け入れられない非正規。
7年前に新卒の正規雇用で入ったブラック企業を上司のパワハラで追い出されて辞めたなんて、親には言ってない。
親の中では、私はまだブラック企業の正社員として働いていることになっている。
嘘つきな娘でごめんなさい……罪悪感は持ってます。
夢を追って前の仕事を辞めて思い切って上京して来たは良いものの、
未経験でそうも都合よくは希望の職には就けない訳で。
気がつけば何もまともなスキルを持たぬままアラサーになろうとしている。
最近テレビに映ってる子とかね……私より年下な訳ですよ。
私は一体なんなんだって話ですよ。
『将来への投資だ!』なんて自分に言い訳して、上京時の引越しに使ったキャッシングの返済、大変だぞ。
それに、こっちの賃貸は2年毎に更新料払う必要があるなんて聞いてないぞ。
なんだかんだで上京して2年経ちそう。
もうすぐ更新料払わねばならん。やばい。
なんかもう生きてるだけで金が減る! 住民税も高い!
確定申告で無慈悲に追加で税取られた!
もう何かの間違いで100万くらい落ちてこないかな!
私のクズ度が年々上がっていく……
『あの時は大変だったけど……昔の下積みがあったから、今があるんだよ』
『そうだね……俺らはこうして出逢えた』
あぁ九条君、私の脳内旦那よ。
君は私の天使だよ。
希望の職に転職して、九条君に巡り会った未来を勝手に妄想している。
え? ベタな恋愛ドラマくさい? 別にいいじゃんか。
この妄想を誰かに話さない限り、誰にも迷惑なんてかからないし。
あー……明日……いや、数時間後からまた仕事だ。
憂鬱すぎる。最近仕事ででかいミスやらかして立場段々無くなってるし。
次の契約更新なかったらどうしよう。賃貸の更新料払えないじゃん。
『ここで諦めないで。俺に会いに来て……待ってるから』
ありがとう九条君。君は優しいね。
……私が脳内で都合良く九条君に言わせてるセリフだから、当たり前だけど。
『おやすみ、九条君』
『おやすみ。仕事、頑張ってね』
『九条君』に出逢う何も根拠の無い未来を描きながら、
私はひとりぼっちの布団に入り、目を閉じた。
妄想ワールドメーカー 華水ながれ @hanamizu_nagare
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