2018年3月18日 三羽烏
一日一作@ととり
第1話
彦三は悩んでいた。弟の光丸のことだ。最近、自分のあとを付きまとって迷惑だ。自分のようになりたいと憧れるのはいいが、一緒になって刀を振ったり、水練について来たり、修行の妨げでしかない。そして才能が感じられるのだから始末が悪い。今日は二人で剣術の試合の真似事をして、したたかに打たれた。あいつは何だ?魔物か?よわい11歳のガキが真似事でする太刀筋じゃねえ。彦三は悩んでいた。自分がこの家を守る。両親が死んでからそう誓っていた。どんな仕事も進んで引き受けた。すべては光丸と妹の月子のためだった。
妹の月子は13歳になる。なんでも気が付くいい子だ。文句も言わず、家事と光丸の世話を引き受けてくれる。そんな妹が居るから彦三は安心して仕事にいけるのだ。彦三は公儀隠密だった。江戸幕府の忍びだ。表向きは下級武士だが、裏の仕事は忍びの者なのだ。
彦三は決めた。上様に光丸のことを話そう。光丸には才能がある。いい忍びになる。俺の元に置いておくより、上様に相談してもっといい師匠に付けよう。そうすればあいつの才能は花開くに違いない。数日後、光丸を連れて上様に会いに行った。訳を話し、光丸に腕前を披露させた。上様は感心して、いい師匠を見つけてくると約束してくださった。
光丸が旅立つ時が来た。月子はさみしそうに、光丸の着物を畳み、使っていた茶碗や小物を集めて荷物にまとめた。「光丸、師匠のいうことをちゃんと聞くんだぞ」「さみしくなってもけして帰ろうなんて思うなよ」「一人前の忍びになれよ」そう、何度も言い聞かせて、彦三は光丸を見送った。
3年が経った。彦三は光丸と会う機会があった。光丸は成長していて、見違えるようだった。「兄上、お久しぶりです」輝く笑顔で光丸に迎えられると、彦三は頭がくらくらした。「立派になったな光丸」そういうと彦三は光丸の肩を叩いた。
光丸の初陣を彦三は共に飾る。一緒に仕事に出るのだ。もう一人の相棒は光丸の師匠を担当した男だ。伊丹仁助という。仁助は冷徹な忍びとして有名で、彦三はその名前だけを知っている。たしかに腕は凄腕だが、性格は非常に冷たいと。不安になってそれとなく光丸に聞くと「そんなことないです、師匠は優しいです」というので、とりあえずは安心した。
彦三は光丸に案内されて仁助の家に挨拶に行った。家は殺風景でほとんど物がない。その一室で仁助は読書をしていた。「光丸がお世話になっております、私は兄の彦三です」そういって一礼した。「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」だが、仁助は一言もしゃべらない。
彦三はあたりを探った。何かおかしい。人の気配がしない。彦三は仁助の背中に小石をぶつけた。鈍い音がして衣装がへこむ、中身はもぬけの殻だ。彦三はとっさに光丸の身体を抱え横へ飛んだ。今まで二人が立っていたところに手裏剣が刺さる。「からかわないで下さい」庭の木の枝の茂みに、彦三は小石を打ち込んだ。カツンと金属に当たる音がして小石が落ちてきた。その小石の側に仁助が音もなく降り立った。
「悪かったな彦三」そういうと仁助は静かに笑った。「手荒な真似をしたのはお主の力を見たかったからだ」「光丸が、兄貴はすごく強いといつも自慢するのでな」彦三は冷や汗が出た。「それで、どうだったんです?」仁助はまた静かに笑うと「悪くない」といった。「私は伊丹仁助、お主とはそんなに歳も離れていないし、気を遣わず話してくれ」彦三はまだ仁助から目を離さないで「恐れ入ります」と一例をした。
三人は仕事のため、旅に出た。目指すは西の国、光丸は大好きな二人と一緒に居れて、その上見たこともない所を旅するのだから、終始ご機嫌だった。そういうところはまだまだ子どもだなと彦三は微笑ましく見ていた。
正直、仁助と光丸との旅は楽しかった、仁助は噂とは違って非常に面倒見のいい男で、彦三はすぐ好感を持った。仁助いわく、自分が冷徹だという噂は自分で流したのだという。冷徹で卑怯で、女癖が悪いと自分でいいふらしたのだ。どうしてそんなことをしたのだ?と彦三が聞くと、「そうでもしないと女達が始終騒いで五月蠅いのだ」となんでもないことのようにいってのけた。なるほど、仁助は女が好きそうな顔をしている。しかし大胆不敵な奴だと彦三は思った。
(2018年3月18日)
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