ギャルと筋トレと縁結びの神

「あたしを元の世界に帰してよ。ねえ、早く」


 まなじりを吊り上げる金髪ギャルの前で、私は今だらだらと冷や汗をかいている。

 なんとも情けない。はしくれとはいえ、私は神だというのに。



 ひょろい彼氏を守ろうと筋トレに励んだら、「君の隣に俺がいる意味ないでしょ?」と言われてフラれた女性がいた。

 彼女は気まぐれに縁結びの神社へもうでて、より良い縁があるようにと願った。その様子をそっと見ていた神(つまり私)は、つい出来心でこちらの世界へと招いてしまった。

 目の前にいるギャルが、私が招いた女性なのだ。

 経緯を説明すると、彼女は呆気に取られたあとぷりぷりと怒りだした。


「そりゃさあ、良いオトコと出会いたいとは祈ったよ? でも神様が立候補してくるのってありなの? そもそも、こんなの誘拐じゃん。あたしにだって意思も好みもあるしさあ……それにアンタ、元彼と同じかそれ以上にガリガリなんですけど」

「うっ」


 初手からボコボコである。怒った表情も愛らしいが、だからといって私にダメージがないわけではない。

 私のそばに控えている、神の使いの狐が冷たい横目でこちらを見てくる。


御身おんみはこのような女性が好みだったのですね……」


 う、うるさい。


「できれば知りたくありませんでした」

「う、うるさい!」


 分かっていた。私が彼女を気に入ったからとて、彼女が私を気に入ってくれるとは限らないと。分かっていたのだが、こうも一目で嫌われると辛いものがある。


「ありえない。アンタと夫婦になるとか無理。生理的に無理」

「おい、そこの娘。あるじが優しいからといって調子に乗りおって。こちらの方がどれだけの――」

「関係ないし。今のウチらはひとりの男と女なんだから、立場は対等でしょ?」

「なっ……」狐が絶句して長い口をぱくぱくさせる。

「よい、下がれ。お前は知らんだろうが、ギャルとは何者にも媚びぬ存在なのだ」

「ギャルに対しての解像度が高すぎて気持ち悪い」


 気持ち悪いとはなんだ。それが己の主に言うことか。


「あたしを元の世界に帰してよ。ねえ、早く」


 憤然と急かす彼女に、私は再びたじたじになる。


「そ、それがな……そうしてやりたいのはやまやまなのだが、そなたを此方こちらへ呼ぶのに力を使い果たしてしまってな。すぐには無理なのだ……」

「はあ。その細っこい体じゃ無理もないよね。体力なさそうだし」

「ううっ」


 さげすまれた。ギャルに蔑まれた。ちょっと嬉しい。

 またも冷えきった視線を向けてくる狐。項垂うなだれる私。何やらうーんと考え込むギャル。


「あ、思いついた!」一転してからりとした調子で彼女が言う。「あたしが筋トレ教えてあげる。アンタ、見た目は人間っぽいし、筋肉のつき方も多分一緒でしょ? 筋肉つけたら力も回復するんじゃない?」

「は……」


 私はぽかんとして相手を見る。にっと不敵にほほえむ彼女を。


「それは、その……教えてくれるなら願ったり叶ったり、いや喜んで教えを乞うが……」


 私がムキムキになれたら、彼女も私を好きになってくれるかもしれないし。

 狐にはその浅はかな考えを読まれたらしく、一段と視線の温度が下がる。


「正気ですか? 神の身でありながら人間ごときに物を教わるなど……」

「私は正気だぞ。それに、我々は対等なのだ。そうであろう?」


 目の前のギャルに声を投げかける。彼女はにっと笑みを深くして、ノースリーブのトップスから伸びる腕を曲げて力こぶを作ってみせる。


「もっちろん! 教えるなら本気でやるから覚悟してよね。ビシバシいくから」

「うむ。よろしく頼む」


 私はこっくりとうなずいた。永く凪のようだった心が、彼女という存在によって大きく揺り動いているのを感じる。

 この先に待つ筋トレの厳しさと辛さなど、このときの私はまだ知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る