一度でいいから

 誰しも、生きているうちに一度でいいから言ってみたい言葉ってのがあるだろう。

 僕の場合はこれだ。


「皆さん! 犯人は、この中にいます!」


 人が集まった広間の扉を開け放って僕が叫ぶと、六対の目が一斉にこちらを見た。皆が皆、すがるような光を瞳に宿らせている。


「本当ですか!?」

「誰なんです、それは」

「早く教えて下さい! もう他人に怯えるのは懲りごりだ!」


 不安、焦燥、動揺、そういったものが場を覆い尽くしている。

 その原因は、この洋館で昨晩に見つかった男の遺体だった。

 男は洋館の主人で、僕を含め七人をささやかなパーティーに招待していた。遺体は頭に空いた穴から血を流しており、明らかに他殺だった。山奥にひっそりと佇んでいる洋館には電波は届かず、携帯電話が通じない。その上電話線は誰かに切断されていて、車のタイヤは全て刃物でずたずたときた。絵に描いたような殺人事件と言えよう。

 日頃主人の世話をしていた男が麓まで人を呼びに行ったが、警察が来るまであとどれくらいかかるかは分からない。


「もったいぶらずに教えてよッ!」


 集まった人々の中の、若い女がヒステリックに喚く。


「まあまあ、落ち着いて下さい」


 僕は皆を安心させるように、微笑みながらゆっくりと広間を見渡した。


「この館の主人を殺めた犯人、それは――」


 一呼吸置いて、僕はにっこりと笑う。


「それは、僕です」


 場にいる全員が、息を飲むのが分かった。

 僕は昨夜、僕以外の晩ごはんにこっそり睡眠薬を仕込んでおいた。そして全員が寝静まった頃を見計らって、主人を撃ち殺したのだ。主人には恨みなどは特に無かった。


「な、なぜなの! なぜ貴方がご主人を…?」


 皆が青ざめて絶句する中で、先ほど喚いていた女が震える声で問う。

 僕がそちらへ目を向けると、女はひっと喉を鳴らした。


「なぜかって? 簡単ですよ。犯人はこの中にいますって、一度でいいから言ってみたかったんです」


 つまり、撃つのは誰でも良かったのだ。死体を作れさえすれば。


「それに、人を殺すのにこんなにお誂え向きのシチュエーションには今後出会えないと思いますし。いやあ満足です、長年の夢が叶って。気持ち良かったですよ。もうこの世に思い残すことはありません」


 僕は主人に向けた銃を懐から取り出した。鈍く重厚な光を放つそれを、皆が強張った表情で見る。

 幼い頃からの願望を叶えた僕は、心の底から満ち足りた気持ちだった。自分のこめかみにゆったりと銃口を押し付け、躊躇なく引き鉄を引いた。

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