やり直し 

大木佳章

第1話 リストラ そして堕落


 やり直しなんてできない。だからこそ人間は失敗しない道を考える。正しいであろう道を探す。それが人の道に反することでも、自分が善いと思う道を進む。


 人として五十年近く生きているが、これ程までに低迷したことがあっただろうか。ウイスキーの水割りをあおりながら考える。

 会社をリストラされ、長年一緒にいた女房と子供は家を出て行った。重たい身体を引きずり、毎日のようにハローワークに通い、職を探す。

 適所が見つかれば面接を受けに行き、俺よりもはるかに若い面接官に頭を下げる。五分もしないうちに、おっさんは戦力外と告げられ、その度に酒を飲み、よれよれのスーツ姿で明け方、誰もいない家に帰る。

 確かに仕方が無いことだ。こんな姿を見せられては今後が心配になる。毎日毎日、面接の内容を息子に愚痴れば、いくら身内であるといえども愛想を尽かす。リストラされた、ということ以外は全て仕方ないことなのだ。

 毎日クソ真面目に会社に行き、遅くまで会社に残り、上司にはいい顔をして、会社に尽くして働いていたのだ。それなのに年端も行かない若造に俺の場所を奪われた。

 理由は簡単だ。俺には先がない。自分では認めたくはないが、作業能率が下がっているのも事実だ。そして、技術の進歩においていかれた俺は給与に見合う働きができていなかった。

 会社に情けはない。いや、仕方ないことなのだ。なにもかも、全て。

情けで会社が人を残せば会社が傾く。俺たちのような年代の者が会社に我が物顔で残り続ければ、若者の負担ばかりが増える。なにより、少子高齢社会でありながら正社員で働ける場所も、人数も時間も限られているのだ。

 仕事もせずに毎日のように酒を煽る日々。そんな生活を二年も続けていれば金もなくなる。退職金などもうすでに無く、年金支給など、はるか先のことだ。女房と子供のことが心残りだが、もう俺がこの世にいる意味など無いのではないか。酒がなくなり、酔いが冷めると思う。

 風に当たりにふらふらと家を出て、隣町とを繋ぐ長い橋に着く。橋の真ん中ら辺で立ち止まり、手すりをまたぎ、川を覗く。いつもはなにも感じずに渡る橋だが手すりを越えると分かった。ここは想像以上に高い所に立っていると。

 夜中に見る川には、白い線のようなものが光り、流れる水は音をたてながら闇を運ぶ。昼間、魅せることの無い、魔性。今の俺を吸い込むような魅力がある。手招きされているようだ。

 このまま落ちても良いかもしれない。冷たい風に吹かれ、そう思った。この冬の寒さだ。きっと川に落ちれば命はないだろう。

 心残りが無いと言えば嘘になる。女房と子供のことは常に心配している。だが、それも疲れた。こんなときだけ良い親父でいるのはやめよう。

 急にズボンを引っ張られる。色々と考え込んでいて、人の接近に気付かなかったようだ。振り向いてみると中学生ぐらいだろうか。ミニスカートに黒いコートを着た女の子が立っていた。

 こんな時間に一人で何をしているのだろうか。この子の親は何を考えているのだろうか。子供を持つ親という立場になり、この子を見ると急に怒りが沸き上がってくる。

「おじさん、死ぬの?」

 しかし、少女の意外な質問に、俺はなんと言い返せば良いか分からず口ごもる。

 この女の子は何故そんなことを聞くのだろう。何故俺に声をかけるのだろう。まだ酔いが残っているのだろう。頭の中はまとまらず、疑問と怒りから、少女を怒鳴り付けたくなった。

「人生、やり直ししたいと思う?」 

 俺に対する質問の答えを待たず、少女は続けた。しかし、どうだろうか。うつむき、考えてみる。やり直しが出来れば俺はこんなところで川を見ることは無いのかもしれない。

 断言は出来ない。自信がないのだ。現に失敗し、このように窮地に立たされている自分がいるのだから。

 だが、可能性はある。それに今以上に不幸な事などまず無いだろう。

 顔を上げ、少女の目を見て言った。

「やり直したい。出来るならば」

 何を言っているのだろうか、俺は。俺の四分の一も生きていないだろう少女に。

 少女は俺の返事を聞くと、にこりと微笑み、俺を胸を強く押した。あまりに急なことでふんばることもできず、川へと落ちていく。

 落ちながら橋の上にいる少女を見る、口を動かすが声にならない。自然と頭が下になり黒い泥沼を見る。駄目だ。目を閉じ、すべてを諦めた。

 

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