57 ゴッド・ファーザー⑥



わかる…『アルジャーノン』が、俺の中から消えた。

奪われた…?


いや、それだけじゃない…

俺の身体に…別の能力がある…


なんだ…なにが起こった…?




「…!?」


「きゃあッ!」





その時、操られた青年と老人が俺とかなちゃんを取り押さえた。





ゴッ!ゴッ!





青年は何度も俺を殴る。

俺が抵抗できないのがわかると、床に俺を叩きつけた。



その拍子に、俺とバルバロザンの契約書が床へ落ちる…



かなちゃんは老人にはがいじめにされている。

苦しかったせいか、バルバロザンにかけた『イエロー・スナッグル』は解除されていた…




「ど…どういうことだ…一体…」


「はははははははッ!」




バルバロザンはここで初めて、自分の感情を表に出した。

嘘偽りない、高笑いだ。




「やっと手に入れたぞ…ロストマンの能力を消しさる…『アルジャーノン』」




手に入れた…?

ラブやピースすら知らない…俺の能力名『アルジャーノン』。

それを大声で叫ぶ、バルバロザン・コルレオーネ。


取られたのか…?

『アルジャーノン』は今、バルバロザンの中にあるということか?



何を間違えた…!?

何が嘘だったんだ…!?




「混乱しているようですね…イノさん…」


「…」


「私の能力『ゴッド・ファーザー』は、そもそも紙に名を書いた者を操るなんて能力じゃありませんよ…」


「…!?」


「交換するんですよ…私の名を発しながら、私に触れた者の能力と…『ゴッド・ファーザー』を…」


「交換…だと?」


「そう…『ゴッド・ファーザー』はあなたの能力となりました…『アルジャーノン』を失ったかわりにね…」




交換…交換だと…

こいつ、初めから狙ってたってのか。

俺がこいつの名前と能力名を言って、能力を奪おうとする瞬間を…


けど交換したのなら…おかしいじゃないか…

俺は今『ゴッド・ファーザー』を持っているはずなのに…

なぜそれを使えるという実感がない…?




「はぁ…はぁ…」


「ふふ…今あなたが考えている疑問にお答えしましょうか?」


「…?」


「『ゴッド・ファーザー』は同時に一回しか交換できないのです。すでに今『ゴッド・ファーザー』と『アンジャーノン』を交換中…ですね?

つまりイノさんの身体に『ゴッド・ファーザー』が入った時点で…イノさんが他の誰かと能力を交換する事はできません…」





今の『ゴッド・ファーザー』は、役目を終えるまでなんの力も無いってことだ…

けれど…じゃあ、今老人や青年を操っているのは…誰だ?





「…じゃあ、誰が…この人たちを…」


「ふふ…教えてあげましょう…ねぇ?クリングホッファー?」






すると、唯一俺たちに手を出さなかった外国人の少年が、少しおびえたようにバルバロザンのもとへ歩いた。

この子か…紙に書いた人間を操るロストマンは…





「イノさんが『ゴッド・ファーザー』だと思い込んでいたのは、彼の能力です…見せてあげなさい…」


「…は…はい」





そういうと少年は、自分の握りこぶしを開いて俺に見せた。

中には紙が握られていて、ダストの光を帯びている。





「…」


「はははははッ!驚いて声もでないようですね…まったくロストマンというのは単純なものだ…」


「…なんだと…」


「私がいつも名前を偽るのは、本当の名前を隠すためではありません…私の能力はむしろ、相手に名前を知られていなければならない…」





対象者はさっきこいつが言っていた『私の名前を言いながら、私に触れた者』…





「隠されると人はそれを弱点だと思い込む…それが明らかになったとたんに、なんの不信感も持たず私の名前を言う…」


「ばかな…俺は、仲間からお前の名前を聞いたんだぞ…」


「私が日本警察に情報を流したんですよ…回り回ってあなたの耳に入るようにね…」





ラブの野郎…情報源は日本警察だったのか…

あいつもコイツの策にまんまとハメられたってワケか…





「それにしても…」





高笑いを続けていたバルバロザンだったが、なぜかフッと表情がなくなった。

バルバロザンの視線はクリングホッファーと呼ばれた少年に向く。


少年がずっと小刻みに震えていた。




「…」


「きさまは…自分の能力で誰を操っているのかも把握していないのか、クリングホッファー…」




バシッ!




そう言ってバルバロザンは外国人の少年をその場で殴った。





「うッ!」


バタッ!




少年はその場で倒れ込んだ。


その拍子に手に持っていた紙を床に落とす。

すると老人と青年にかかった能力も解けたのか、彼らもその場で倒れた。





「しかし…ホワイト・ワーカー様、まさか名前を間違えて書いてあるなんて、僕にも…」


「ふん、これだから奴隷出身のやつは使えないのだ…」




ゴッ!ゴッ!




「ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!」


「やめて!…げほっげほっ!」




かなちゃんのことか…

やっぱりかなちゃんを操れてなかったのは、こいつらにとっても想定外だったらしい。




「げほっげほっ…やめてっ!」




バルバロザンに激しく殴打されるクリングホッファーを見て…

かなちゃんが大きい声を出した。


何度も蹴られ、カビに侵された身体で…叫ぶ。

自分を痛めつけた張本人を助けるために…


かなちゃんは這いつくばるようにその少年、クリングホッファーのもとへ近づく。





「ふん、もうお前も必要ない…この能力さえ手に入ればな…」





そう言うとバルバロザンはポケットから何かを取り出した。

…ピストルである。




「悪いですが…この場にいる者には死んでもらいます…イノさん以外ね…」


「…な…んだと…」




身体中を蹴られて、俺も身動きが取れなくなっていた。





「イノさんを殺せば、あなたの中にある『ゴッド・ファーザー』が解除され、『アルジャーノン』もイノさんのところへ戻ってしまう…目的を達成するまでは、あなたに生きていてもらわないといけない」


「…一体…なぜ俺の能力なんだ…あんたらの敵はロストマンじゃないだろ…ロストマンを迫害しつづけてきた、イエス教だ…」


「…」


「なぜロストマンのいないイエス教と戦うために…ここまでして俺の能力を欲しがる…ロストマンにしか効果のない、俺の能力を!」


「ロストマンの…いない?」


「…?」




バルバロザンの表情が変わった。




「イノさん、イエス教の総本山バチカンをご存じですか?」


「…?」


「…バチカンでもっとも権力のある男は?」


「…ローマ法王だろ…高校生でも知ってる…」


「そう、ローマ法王…神イエスの代理人であり、何百年にもわたってロストマンを迫害してきた張本人…」


「…?」




バルバロザンは、俺から視線を外した。





「そのローマ法王こそ…ロストマンなのです…」


「…!?」





何百年間も、ロストマンを「神の冒涜者」として激しく迫害してきたイエス教…

その最高責任者であり、精神的指導者のローマ法王が…ロストマン…?




「自分たちだけが特別な存在であるために、イエス教は何万、いや何百万人もの能力者を殺してきた…それがロストマンとイエス教との真の歴史なのです」


「…」


「イノさん、あなたの所にもイエス教に雇われた者が来ましたね…」


「…イエス教…に…雇われたもの…?」





『そうよ。イノの嫌いな宗教関係の依頼。』


…ラブとピースか…。





「彼らの任務は、近く我々が起こす反乱を未然に防ぐこと…」


「反乱…?」


「ローマ法王暗殺計画ですよ…そのために私たちはイノさんを勧誘しにやってきた…そして当然、イエス教からやってきたそいつらもね…」





俺を勧誘しといて、断ったらすぐに殺そうとした理由はそれか…

こいつらは俺がイエス教側につくことを警戒していたんだ。


ラブとピース達も、俺が黒の使途側につかないための見張りをしていた…

知らないうちに俺は、くだらない宗教戦争に巻き込まれていた…





「イエス教も、我々の計画をすでにつかんでいる…そしてそれを防ぐために、自分たちが迫害してきたロストマンを雇っている…」


「…」


「なんと汚い連中だ…私は…いや、私達は絶対にイエス教をゆるさない…この能力『アルジャーノン』があれば、最悪ローマ法王の暗殺に失敗したとしても、能力だけ消しさることができる…邪魔をしてくるロストマンから能力を奪うこともできる…」






そういうとバルバロザンは俺にゆっくり近づいて来た。






「何が正義で、何が悪か…それを判断するのは常に権力を持った者たちだ…私達はそんな汚れた権力に、絶対に屈しないッ!」


「はぁッ…はぁッ…」


「さぁ、失慰イノ…」







そして

バルバロザンは続けて言葉を言った。





「…?」






しかしその言葉は、この俺が…いや、




「…」





きっとバルバロザンさえも…


予想だにしなかった一言だった…








「貰うぞ…お前の『ゴッド・ファーザー』…」


「…え?」







俺の身体が光る…






「…なんだと…?」


「…?」


「…私は…今、なんと言った?」





『アルジャーノン』によって…

俺の身体から、『ゴッド・ファーザー』が消えていく…






「『ゴッド・ファーザー』が消し去れば…『アルジャーノン』はもとに戻ってしまうのに…」


「…」


「私は…なぜ…こんなことを言った!?」






そして俺の身体に『アルジャーノン』が戻る。

確かな実感。


その意味のわからない自体に、バルバロザンも混乱しているようだった。

俺とバルバロザンは、同時に同じ場所をみた。






「…お…前…」







俺とバルバロザンの視線の先には、かなちゃんがいた。

そして隣には、少年クリングホッファーがいる。


彼の手には、紙が握られていた。


何の変哲もない手帳の切れ端。




バルバロザン・コルレオーネが、自らの名前を書いた契約書

さっき俺が落とした…契約書…

かなちゃんが拾って…渡したのか…






「クリングホッファー…きさま…今…」


「…」


「私を…その紙を使って…操ったのか…」





一瞬の沈黙が訪れる…

その沈黙は、少年クリングホッファーによってもたらされた…






「きさまあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」






俺たちの…勝機…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る