56 ゴッド・ファーザー⑤



「黒の使途に…入る」


「…」




ホワイト・ワ―カ―…

いや、バルバロザン・コルレオーネは、にやりと俺にわかるように笑う。





「ありがとうございます…それでは、一筆書いていただけますか?」


「…一筆?」


「契約書ですよ…かなさんを解放したのち…ちゃんと私についてくるという契約書…」





そう言うとバルバロザンは胸ポケットから手帳を取り出した。






「まて、ただし条件がある…」


「…条件?」


「契約書は書く。ただし、お前が用意した紙には書かない…それと、かなちゃんが解放されるまでその契約書はお前には渡さない。」


「…なるほど…私の能力を警戒しているのですね…」


「…」




バルバロザンの能力は、紙に名前を書いた者を操る能力。

しかし、発動するためにはおそらく名前を書く以外にクリアしなければいけない条件があるはずだ。


なぜなら紙に名前を書いた人間を誰でも操ることが出来るのなら、そもそもこんな状況にはなっていない。

わざわざ俺やかなちゃんの前に姿を現さず俺のことを尾行して、どっかの店とか名前を書くような状況になるのを待った方が圧倒的に都合がいい。


俺に直接対面して名前を書かせようとしたことから、



『一度バルバロザンが触れた紙に名前を書く』

『名前を書いた紙をバルバロザンが手に持つ』

『名前を書いているところをバルバロザンが見る』



これらのどれか一つ、あるいは2つ以上の条件を満たさなければ発動しない能力のはずだ。

俺が出した条件を満たせば、取引中に俺が操作されることはない。





「私がイノさんに契約書を書かせた時点で約束を破り…かなさんを解放せずにイノさんを操作すると…?」


「可能性はゼロじゃない…その可能性がある以上、契約書は書かない…どっちにしてもかなちゃんを危険にさらすことになるからな…」


「いいでしょう…かなさんを解放したのち、契約書を私に渡してください…」


「いや…俺が操作されてかなちゃんを襲う可能性もある…契約書を渡すのは、かなちゃんがこの場から完全に逃げたあとだ…」


「用心深いですね…」




これで最悪俺が操られたとしても…

ラブとピースがかなちゃんを守ってくれる。




「それともう一つ…」


「…まだなにか?」


「今、俺が出した条件を守るという内容を契約書にして、あんたも名前をかけ…」


「…」


「…」


「…いいでしょう、それであなたが黒の使途に入ってくれるのであれば…」





そういうとバルバロザンは手帳にスラスラと契約書を書き始めた。

自分が俺の出した条件を飲む…という内容の契約書である。


俺は紙が無かったのでポケットに入っていたティッシュに契約書を書いていく。

…俺が、黒の使途にはいるという内容の契約書である。



「…」





―――――――――――――――

俺、失慰イノは沖田かなを自由にすることを条件に、黒の使途に入ることをここに誓う。



失慰イノ

―――――――――――――――




俺はそのティッシュを丸めて、自分のポケットに入れた。

これを奴に渡すのは、かなちゃんが逃げた後だ。


バルバロザンは契約書を書いた紙を手帳から破り、クシャクシャと丸めて俺の足元へ投げた。




「中身を確認してください」


「…」




俺は、操られている4人に警戒しつつ、紙を拾って開いた。





―――――――――――――――

私、バルバロザン・コルレオーネは失慰イノが黒の使途に入ることを条件に、中田かなを解放します。

また、『失慰イノが黒の使途に入る』という旨の契約書に触れる・見る・受け取るのは、当該人を解放したのちであることに了承します。


Balvalos an Corleone

―――――――――――――――




「…」



…?

…中田…かな?




「さぁ、これで文句はないでしょう?」




…これって。




「あぁ…文句はない」


「かなさん、こっちへ来なさい…」




バルバロザンがそう言うと、かなちゃんがふらふらと歩いてバルバロザンの前まで歩く。





「私の能力、『ゴッド・ファーザー』は…距離が離れすぎると効果がなくなります…かなさんがこのショッピング・モールの外へ出た瞬間、契約は成立したという事でいいですね?」


「…あぁ」




かなちゃんは黙って立っている。




「行きなさい…」




俺は、その瞬間を静かに待つ。



バルバロザンの契約書に書かれたかなちゃんの名前…

その、小さな希望の瞬間を…




「…」


「…?」


「…どうしたのです…?…行きなさい…」





かなちゃんは、その場で動かなくなった。

そして…





「私は、けほっ…行きません…」


「…!?」


「あなたも…『ここにいてください』」





ズゥゥゥンッ!

ドンッ!




「!?」




バルバロザン・コルレオーネがその場で倒れ込む。

状況が理解できていないような表情だ…




「かなちゃんッ!離れて!」




俺は倒れ込むバルバロザンを合図に、真っ直ぐ奴へ走り出す。

あの契約書に書いてあった、かなちゃんの名前…



『中田かな』



何でそうなったのかは知らないが(※24話参照)、バルバロザン・コルレオーネはかなちゃんの名前を間違っている…ッ!

かなちゃんの名字は「沖田」だ…かなちゃんは操られていない!




「…な…何が起こった…ッ!?…お前達!失慰イノを取り押さえろッ!」




バルバロザンは倒れ込み、オブジェの台座に顔を付ける。


こいつの名前はバルバロザン・コルレオーネだ。

たしか能力名は『ゴッド・ファーザー』だ。


能力を奪えるッ!




「イノさんッ!」


「…!」




タタタタッ!




なぜか少年だけはその場で立ちつくしていたが、バルバロザンに操られた老人と青年がかなちゃんを払いのけて俺に迫る。




バッ!




「くっ」




しかし、俺の方が少しだけ早くバルバロザンに触れる。

これで終わりだ…さんざん色んな人を巻き込みやがって…


お前の能力を…奪うッ!





「バルバロザン・コルレオーネッ!もらうぞ…お前の『ゴッ…」




!?





刹那の瞬間


ダストが光った。

能力が発動した。


しかし、俺はこいつの能力名をまだ言っていない…


発動したのは、俺の能力じゃなかった…






「…イノさん…」


「…!?」


「知っていたはずですよ…あなたは、私が嘘つきであるということ…」





バルバロザン・コルレオーネは、まだかなちゃんの能力で倒れ込んだままだ…

有利なのは俺たちのはずだ。


しかし、なぜか俺はこの時…

謎の喪失感に襲われた。





「貴方が私の名前を言って、私に触れた…その時点で契約書もそこの女も、もう必要なくなりました…イノさん、あなたさえも…」





ダストの光りが、俺を包む。





「…お前…まさか…」





身体が震えだす。

妙に立体的な実感があった。



俺の身体から…俺の能力が消えた実感



今…この男…

俺の能力を…





「イノさん、貰いましたよ…あなたの能力『アルジャーノン』…」



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