53 チャイルド・プレイ、そしてジュラシック・パーク③

「ショコラ様…イノ・シツイを見失いました…」


「まぁ、いいさ。アンタの能力で奴は48分の1のサイズになってる…出入り口はドールに見張らせてあるし、ゆっくり痛めつけようじゃないか」


「ショコラさまぁ…」




ドM男ナヴァロは、ショコラの足元に土下座するように這いつくばった。

ショコラはナヴァロの背中に足を乗せて「ふぅ…」と息をついた。




「ラジコンヘリやドールを一旦ここに戻すよ。…アンタは換気扇とか、小さくなった奴が逃げこみそうな小さい出入り口を封じな」


「はいッ!」




ショコラがかかとでナヴァロの背中を蹴るとすぐに立ち上がり、イノの捜索に戻ろうとした。

その時…




ブロロロ…




ショコラのもとに戻ってきたラジコンヘリ数台と、ナヴァロがすれ違う。



「…?」



ナヴァロは、自分とすれ違ったラジコンヘリに違和感を覚えた。

ラジコンヘリはどれも同じ種類で、深い緑色をした機体ばかりだ。

しかし、今すれ違ったラジコンヘリに、ピンク色の何かが…

…乗っていたような。




「…!」




ふとそのラジコンヘリを確認しようと、振り返ろうとしたとき。

ナヴァロは自分の肩に違和感を感じる。





「動くな…」


「!?」




ナヴァロはその声で、振り返ろうとした頭をその場で止めた。


肩にフィギュアの服を不格好に重ね着した…「何か」がいる。

誇りまみれで一見するとゴミにも見えるが、それにしては重い。


ナヴァロはすぐに、それが失慰イノであると確信した。




「…ナヴァロ?」




ショコラもナヴァロの違和感にすぐに気づく。

イノは小さくなった身体で出来るだけ大きな声をだした。

しかし荒げているわけではなく、出来るだけ淡泊に言葉を繋いだ。




「ナヴァロって言うんだな?」


「…貴様…ラジコンヘリに乗って…なぜオモチャ達に襲われない…!?」


「質問するのは俺だ。いいかよく聞けナヴァロ…もし抵抗したらお前の頸動脈(けいどうみゃく)を噛み切ってやる…」


「…!」




イノはナヴァロの首筋を軽く撫でる。

「ここを噛み切るぞ」と警告している。




「ナヴァロッ!イノかい!?」




ショコラはナヴァロから数秒遅れて状況を把握する。




「ショコラに動くなと言え」


「ショコラ様、動かないでッ!」


「…!?」




立ち上がろうとしたショコラを、ナヴァロの声が止めた。

小さくなったイノの声は、ナヴァロにしか届かない。




「いいか…頸動脈を噛み切られたくなかったら、お前のフルネームかショコラ・ベルスタインの能力名を言え…」


「貴様…」




ナヴァロの表情が歪む。

ショコラ・ベルスタインと自分の命を天秤にかけているのだ。




「おいッ!ナヴァロ、状況を説明しなッ!あんたの首もとにいるのはイノかい!?」


「…ショ…ショコラ様…」




イノの声は、ナヴァロにしか聞こえない。

ショコラはナヴァロの肩にイノが乗っていることを確信してはいたが、直ぐに振り落とそうとしないナヴァロを見て正確な情報を掴もうとしていた。

ショコラは圧倒的に有利な立場であるが、ドールやラジコンヘリがイノを襲おうとしないという異常な事態が、彼女の次の判断を遅らせている。




「さぁ、ナヴァロ…選べ…お前のフルネームか、ショコラ・ベルスタインの能力名か…」


「はぁッ…はぁッ…」




イノの質問の意味をナヴァロは理解している。

イノの能力が『ロストマンのフルネーム』と『ロストマンの能力名』を必要とすることは、ホワイト・ワーカーから聞いていた。

つまりこの質問は『どちらの能力を失うのかを選べ』と問われているのだ。


ナヴァロからしてみれば、ショコラの能力名を言った方が圧倒的に良い。

なぜならナヴァロの能力『ジュラシック・パーク』を奪われれば、イノは元のサイズに戻ってしまい、その後の戦闘があきらかに劣勢になるからだ。


逆にショコラの能力名を言ったとしても、イノがショコラの能力を奪うためには、ある程度の距離まで近づく必要があることもナヴァロは知っていた。

『ジュラシック・パーク』によって48分の1の大きさになったイノには、ショコラに近づくだけでも非常に困難なことだ。

ならばショコラの能力名を言ってイノを首筋から離すことができれば、あとは握りつぶすなりしまえばいい。


つまり、この問いの返答で正しいのは『ショコラの能力名を言う』である。

しかし…




「はぁッ…はぁッ…」




ナヴァロは言えなかった。

能力名を知らないわけではない。

ナヴァロは一瞬でもショコラを裏切るような行為を取ることができなかった。

ナヴァロにとってショコラはそれだけ特別な存在だった。




「どうした…言え…」


「…はぁッ…はぁッ…」


「言えッ!」




ナヴァロは全身から汗をかく。

そして答えを出した。




「ジョン…」


「…?」


「ジョン・ジュ・ナヴァロ…だ…」


「…それは…お前のフルネームだな…?」


「そうだ…私には…」




イノにしてみても意外な返答だった。

そのせいで能力の発動条件が整ったのにも関わらず、イノも次の行動が少し遅れた。





「私にはッ!ショコラ様を裏切ることは絶対に出来ないッ!」



バンッ!



「…うわッ!」





その瞬間、ナヴァロは自分の肩を勢いよく揺らし、左手で小さくなったイノを思い切り払った。



ボギボキッ!



小さくなったイノにとってその痛みは強烈で、その衝撃は身体中の骨が折れる音とイノを宙に放り投げた。




「『ジュラシック・パーク』ッ!1/72(ウォーバート)スケールッ!」




イノの身体がダストの光りに包まれる。

48分の1のサイズだった身体が、さらにみるみる縮んでいく。

そのせいで身にまとっていたフィギュアの衣類が空中で脱げていく。




ブロロロッ!



「コマンド―ワンッ!ハイチ二ツケッ!」




衣服が脱げると、ショコラの操作するオモチャ達はイノを認識する。

その場にいるオモチャ達の視線が一気に宙に浮いたイノに向く。




「…ッ!」




油断した…


イノは、あきらめた。

沖田かなを助けることを…

自分の生きる道を…


オモチャ達に殺される以前に、72分の1となった今の身体では落下の衝撃にも耐えられないだろう。

運よく落下を耐えたとしても骨もたくさん折れたボロボロの身体で太刀打ちできる相手ではない。


ここで死ぬ。

イノは、そう確信した。













「だっせぇなぁ」













その時。

イノの聞き馴染んだ男の声が聞こえた。

イノ、ナヴァロ、ショコラの眼前に長く赤い髪が揺れる。


しかし、その赤い髪の人物の正体を確認する前に…





「うわあああああああああああああああああああああああああああッ!」


「きゃああああああああああッ!」




3人の目の前が、突然真っ暗になった。

もともとオモチャ屋は暗かったが、自分の目が閉じているのではないかと錯覚するほどの暗闇である。


2つの悲鳴はショコラとナヴァロ。

ほおり投げられたイノは赤い髪とその声で、この状況を瞬時に理解した。


続いて美しい女性の声が聞こえる。




「『失慰イノ times, back one hour』…」




その声と共にイノの身体は再びダストの光りで包まれる。

身体中の痛みが引いていき、身体がどんどん大きくなっていく。




ドンッ




サイズが元に戻り、イノは商品棚にぶつかった。

顔をあげると、視界は明るくなっていた。


自分が吹き飛ばされた方を見ると、オモチャ屋の中心に球状の巨大な漆黒の物体があった。

直径10mはあろう巨大な黒い物体の中で、ショコラとナヴァロの悲鳴が聞こえてる。

イノは吹き飛ばされた衝撃で暗闇の中から出てこれたようだ。





「本当アンタはスマートじゃないわね…イノ…」


「…ピース」





イノが顔をあげると、「やれやれ」という表情のピース・エイジアがいた。

そして暗闇の中から、その暗闇を作り出した本人が現れる。


長い赤髪を蓄えた、ナヴァロに負けない大男…

ラブ・エイジアである。





「ラブ…遅せぇよ」


「すまないなイノ…こいつらは俺とピースに任せろ…話を聞かなきゃならん…お前はホワイト・ワーカーのところへいけ」





バンッ!




ラブは宙に浮いたラジコンヘリを殴って壊した。

イノの身体にたくさんのBB弾が当たるが、身体がもとに戻ったことで少しも痛くない。



「…」



ドール人形もわらわらとイノの周りに集まって身体を叩いたりしている。

BB弾に比べるとやや力が強いが、子供に蹴られてるくらいの痛みだ。

イノはすぐに立ち上がると、ラブに言った。




「ありがとう…」


「ふん…少しは素直になったみたいだな…かなちゃんを絶対連れて帰ってこい…」


「あぁ…」




イノはすぐにオモチャ屋を出ようと振り返る…




「まて、イノ」


「…?」


「良いことを教えてやる。」


「…?」








「…ホワイト・ワ―カ―の名前だ」






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