たまには銃と刑務所はいかがです?

39 ショーシャンク・リデンプション、そしてブラック・ホーク・ダウン

俺たちは沖縄で数日の休暇を楽しんだ。

美味しい物をたべたり、綺麗なモノをみたり。


龍二さんは大事をもって入院する事になった。

朱里さんも付きっきりで病院に行っているらしい。

俺たちは沖縄最後の日に、2人のもとへ行ってお別れの挨拶をしにいった。




「これ、少ししか残っていませんけど、能力の精度を下げるお香です。

もしこの先なにかあったら、これを使ってください。」


「ありがとう…イノくん。何から何まで。」


「いえ…俺たちも楽しい滞在になりました。」


「また沖縄に来たら、お店によってね。」


「はい!朱里さんも龍二さんもお幸せに!」





俺たちは帰り支度をして、朝早くに沖縄をたつ。







東京に着いたのは15時すぎだった。

俺とかなちゃんは、お土産を持って大学の研究室に向かう。

この時間なら麻衣さんもいるし、沖縄の土産話でもしてやろう。



「お土産買いすぎちゃいましたね」



ちんすこうとかシークワ―サージュースとか…

とにかく目についた有名なものは全部買った気がする。

普段お金を使う習慣がない俺は、自分の意外な浪費癖に驚いた。


そうこうしているうちに研究室に到着する。




カチャ…




「ただいまー」


「ただ今戻りました。」


「おかえり、イノ…かなちゃん…」




…?

麻衣さん…元気がない…。


麻衣さんが神妙な面持ちでデスクの前で何かを見ている。

なんだ…手紙…?


何か起きたんだと察した俺とかなちゃんは、麻衣さんに駆け寄る。




「何か…あったんですか?」


「…どうしたんですか?麻衣さん。」


「…イノ…これ。デスクの上に置いてあったわ」


「…?」




麻衣さんが、俺に手紙を渡す。

そこには、荒々しい筆記体でこう書いてあった。




――――――――――――――

Dear Ino Shitsui.

(親愛なる失慰イノ)


I'll meet you at Nanashiro High School exit at 11:00 p.m., Saturday, April 30.

(4/30の土曜、11時に七城高校で会おう)


Dark Apostolos : Iron Man

(闇より派遣されし者、アイアンマンより)


――――――――――――――





「…」




俺の表情を見てから、かなちゃんも手紙を読む。




「七城高校……」


「…かなちゃん?」


「あ、いえ。すいません…Dark Apostolos…闇より派遣されし者って…なんなんですか?」


「黒の使途の英語圏での呼び名よ。Apostolosっていうのは、イエス教の信徒のことを表す宗教スラング…それをもじった…イヤミみたいなものね。」


「黒の使途…じゃあこれって…」




そう。

これは黒の使途からの勧誘通知。

…あるいは挑戦状ともとれる。

しかし…




「このアイアンマンって…」




アイアンマン…

異名とかそんな感じか?

宗教関係の隠語か?


俺の疑問を感じ取った麻衣さんが、説明してくれる。




「イノ、ラブたちから聞いた黒の使途のメンバーで、要注意人物として挙げられていた2人覚えてる?」


「人形使い、ショコラ・ベルスタインと…元米兵のレオナルド・リッジオ。」


「…アイアンマンっていうのは、レオナルド・リッジオの軍役時代のコードネームらしいわ。」




…。

つまり、この手紙の差出人は…

CIAがマークしている大物犯罪者の一人、レオナルド・リッジオ。





「4月30日って…今日じゃないですか…」


「えぇ。」


「…。」





今日の11時…





「イノ…危険すぎる。行くべきじゃないわ。ラブたちとも連絡がとれない。」


「…最初っからあいつらに期待なんてしてませんよ。」


「イノさん…」





だんだんと、俺たちもこの状況を理解し始める


この手紙…差し出し人も送り先も書いていない。

つまり、直接研究室に持ってきたんだ。


研究室の場所も把握されている。

これは無視すれば、麻衣さんとかなちゃんに危害を加えるというメッセージでもあるんだ。


行かなくちゃいけない…





「麻衣さん。…俺、行きます。」


「…イノ。」


「まだ11時まで時間があります。相手は大物犯罪者だ。できるだけ情報を集めて…」


「イノ!」




麻衣さんが…

珍しく真剣な顔で大声を出した。

それに俺は…いや、きっとかなちゃんも驚いた。




「お願いイノ…危険なことはしないで。ラブたちからの連絡を待ちましょう…」


「麻衣さん…」




いつも明るい麻衣さんだが…

実はかなりの心配性だ。

俺に「かなちゃんに対して過保護すぎる」だとか言っていたが、この人も十分そうだと思う。

矢代新とスヴェンソン・ドハーティの一件で、特にそれは強くなった。


あれから麻衣さんが俺たちに隠れて危険そうな依頼を断っているのを…俺は知っていた。

けど…




「ごめんなさい。麻衣さん。」


「…」


「…行きます。」


「…イノ」





麻衣さんが俺を説得しようとしたとき…

かなちゃんが間を割って入ってくる。





「イノさん…あの…。」




かなちゃんがまた来たいと言い出そうとしてる。

けど俺は、かなちゃんと麻衣さんを危険な目に合わせないために一人で行くんだ。

今回は連れていくわけにはいかない。





「ダメだ。かなちゃんは麻衣さんと一緒にここで…」





しかしかなちゃんは意外な言葉を俺と麻衣さんに投げかける。





「勝算があります。」


「…え?」


「…今回は…momoさんの時みたいに、勢いだけで言ってるんじゃありません。」


「かなちゃん…?」


「私も…イノさんの役に立ちたいんです。」









まったく…

今日の朝、沖縄にいたことが嘘みたいな展開だ。


時間は午後11時。

俺は一人、静かな七城高校の校門にたっていた。


ここらへんには高校が2ヶ所しかない。

名前は知っていたが、来たのは初めてだ。


余計な荷物は全て置いて来た。

ラブ達には麻衣さんが連絡したといっていたし…

俺は何かあった時のために保坂刑事の携帯に留守電を残しておいた。





「…ふぅ」



当たり前だが…

七城高校は真っ暗だった。

職員室にも明りはついていない。


矢代新の件もある。

突然襲われるかもわからない。

俺は警戒しながら校門を抜け、見晴らしのいい校庭を歩く。




「…」




誰もいない校舎。

静かな校庭。

『ダンサー・インザ・ダーク』のときを思い出す。


あの時もこんな嫌な雰囲気だったな。

大学では『エミリー・テンプル・キュート』みたいなこともあった…

俺ってきっと学校と相性がわるい。


そんなことを考えながら周囲を見渡す…




「…ん?」




校庭のど真ん中に何か落ちている。

…なんだ?…紙?


俺は周囲に警戒しながらそれに近づく。

あたりを見渡しながらしゃがんで、その紙を手にとる。




「…英語だ」





――――――――――――――


入所申請書


私、【 失慰イノ 】は監獄・ショーシャンク・リデンプションへ入所することを申請致します。


・この申請書に触れた場所から半径50m圏内が監獄ショーシャンク・リデンプションとなります。

・入所されているかぎり、獄内から出る事はできません。

・ノートン所長は獄内にいなければなりません。

・獄内での行動は常にノートン所長に監視されます。

・獄内での飲食、トイレの利用、携帯電話の利用はノートン所長の許可が必要となります。

・出所をご希望の方は獄内の「出所申請書」に触れるか、ノートン所長の許可が必要となります。

・ノートン所長はこの入所申請書に、監獄ショーシャンク・リデンプションの概要・注意事項を明記し、入所者に伝える必要があります。


ショーシャンク・リデンプション所長 黒の使途 ノートン・ハッピー・ルチアーノ 



――――――――――――――




ふわりと…

紙が光る。

ダストの能力発動光。


全身から…

鳥肌がたつ。








「クソッ!」





ダッ!




俺は直ぐに振り返り、校門へ走る。

突然のことで反応が遅れた…


やられた…ッ!

うかつだった…!


紙に触れることで発動するトラップ型の能力。

俺を半径50m圏内に閉じ込める、行動を制限する能力だ。



ガンッ!




「いッ」




さっき通ってきた校門を通ろうとすると…

何か見えない壁のようなものに阻まれる。




「はぁッ…はぁッ…」




触れるが温度はなく…

やわらかいゴムのような…けれど固い鉄のような。

形容しがたい感触。




「閉じ込められた…」




俺をここから出さない事が目的…

あの紙を信じるなら、レオナルド・リッジオの他にもう一人ロストマンがいたってことだ。

すぐに襲ってこないところをみると、やはり目的は交渉か。




ピッピッ


…。




携帯の電源は入らない。

どうやらあの紙に書いてあることは本当のようだ。

俺はすぐに気持ちを切り替え、今度は校舎を目指して走る。




「はぁッ…はぁッ…」




生け垣を飛び越え、校門から一番近い入り口を入る。

たくさんの下駄箱が置いてある。

エントランスだ。


とにかくいまは、この能力『ショーシャンク・リデンプション』を解除することが先決だ。

あの「入所申請書」を見るかぎり、この能力のロストマンは校内にいる可能性が高い。

俺を拘束することが目的の能力者だ。

1対1になれば勝機はある…


俺がこの能力のロストマンだったら、迷わず身を隠す。

どこにいる…どこにいる…


頭をフルに回転させる。

予想外の出来ごとに混乱気味の脳みそに渇をいれる。

そのとき…




コッコッコッ




下駄箱の先の廊下から、高級そうな靴の足音が聞こえる。

それだけでも、芯の通った歩き方だということがわかる…

それほどしっかりとした、存在感のある足音。

廊下の先は暗くてよく見えない。




コッコッコッ




「…」




全神経を暗闇の足音へ集中する。

足音がどんどん近付いてくる…





「…はぁ…はぁ…」





月明かりに照らされて、足音の主が姿を現す。

それは俺の見覚えのある男だった。





「…イノ・シツイだな?」




思っていたよりも太く…芯の通った声。


黒目の小さい、瞳孔が開ききったキリッとした目。

服の上からでもわかる立派な筋肉、骨格。

体幹がしっかりした歩き方。


短く刈り込んだ坊主頭は、うっすらと茶色がかっていたが…

肌は恐ろしいほど白く、日本人ではないことがすぐにわかる。


元米兵の大物犯罪者、…コードネーム・アイアンマン…

レオナルド・リッジオ。





「…」


「英語は話せるな?」





少し北欧なまりの入った英語。

元米兵だと聞いていたから、アメリカ人かと思ったが…

肌の色を見る限り、スウェーデンとかフィンランドの人間か。


俺も英語で応対する。




「…あぁ。あんたの噂は聞いてる…俺を勧誘しにきたんだろ?」


「…そうだ。」




矢代新やスヴェンソン・ドハーティのように軽くない話口調。




「ノートンの『入所申請書』は読んだな?」


「…あぁ」


「お前はもう逃げることはできない。」


「…黒の使途には…はいらないぞ」


「…その話は、私の話を全て聞いてから聞く。」





リッジオは淡々と話す。





「黒の使途に入ったら、衣食住は我々が保障する。今我々が持っているお前の情報を全て破棄し、仲間にも危害を加えないと約束しよう。」


「…」


「…もし断れば…すぐに攻撃を開始する。お前を殺した上で、仲間も殺す。」





その瞬間…

リッジオの身体が光る。

能力を発動する気だ。





「これがなんだかわかるな?」




リッジオの服から…

3つの何かがふわり、ふわりと宙へ浮き上がった…

これがこいつの能力か。


それらはリッジオの周りをふわふわと浮遊している。

飴やボールだったら可愛げもあるが…


それは3つともゴツい拳銃だった。




「…」




しかもただの拳銃ではない…めちゃめちゃでかい。

紛争地域にいたとき、ピストルは何度も見た。

けれどもそれらの比にはならないほど…でかい…


片手打ちの形状をしているが、全長は40…50cmはある…

まるでショットガンだ。





「イノ・シツイ…やはり拳銃を見慣れているな?…この銃がただの拳銃でないことに気づいている。」


「なんなんだ…その頭わるそうな拳銃は…」


「プファイファー・ツェリスカという。見てわかるとおり、一発でお前の頭を吹き飛ばす威力があると思ってくれていい。」




プファ…?

聞いたことない拳銃だ。


レオナルド・リッジオは宙に浮いたその3つの銃にゆっくりと弾を込めていく。

その間もずっと俺から視線を外さない。

弾を込め終わると、今度は手の平をスッと下へ下げる。


すると3つの拳銃の銃口が全て俺に向いた。





「さて。説明と注意事項は全て伝えた。改めてお前に問う。2秒以内に答えろ」


「…」




矢代新のように…

無駄な事は一切話さない。

リッジオの全ての行動・言動に理由がある。


俺も理解した。

こいつは、マジでやばいヤツだと。






「黒の使途へ入れ。イノ・シツイ。」


「…」











「…断る。」



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