37 グランブルー③


次の日の朝、今日はお昼に朱里さんのお店に行く予定だ。

昼までは少し時間がある。

龍二さんともう少し話をしたいと思った俺は、貰った住所を頼りに龍二さんの家へ向かう。



昨日龍二さんと話した時…

俺は感じたことがあった。



一見爽やかなスポーツマンに見える龍二さん。

しかしその裏に垣間見える……はかなさ…危うさ。


海を愛しすぎるゆえに、その境地に浸りすぎている。

…そう感じた。


青よりも深い青い海。

深海100mに素潜りで到達できたものにしか見えない色、グランブルー。


一体…どんな色なのだろうか…




「…龍二さん。」


「あれ…イノくん。今日は朱里の店にいくんじゃなかったのかい?」




龍二さんの家につくと、龍二さんが自分の車に潜水器具を乗せているところだった。

昨日よりずいぶん早い時間なのに…




「はい。少し時間があったので来ちゃいました…今日はずいぶん早いんですね。」


「…あぁ。…今日は…一人だからね。」




龍二さんの顔が少し暗い。

やはり一人で潜るとなると色々と大変なんだろう。


準備を少し手伝って、俺と龍二さんは、近くの公園に場所を移した。

建物がどこも低く、空が広い。良い雰囲気だ。

植えてある木も少し南国風だし。




「イノくんはいつもこんな感じで仕事しているのかい?」


「えぇ。仕事っていうほど決まりごととかありませんけど。」


「楽しそうだな。じゃあ俺みたいなロストマンにはたくさんあってきたのかい?」


「えぇ。たくさん会いましたよ。」


「聞かせて欲しいな。好きなんだ。知らないことを知ること。」




やっぱり、ほとんど誰も見た事のない世界に挑戦しようとする人だ。

好奇心旺盛なんだな。




「そうですね…母親に似た虚像を作る赤ちゃんとか…他人の夢の中でライブをする歌手とか…色々いましたけど…」


「…いろんな能力があるんだね。」


「龍二さんと同じ亜人系ロストマンでいうと…『ブレード・ランナー』という能力を持った男の子がいました。」


「『ブレード・ランナー』…なんだかかっこいいな。」


「早く走れば走るほど、身体が刃物のように鋭くなってしまう能力です。

彼はマラソン選手になりたかったんですけど…早く走ろうとするほど、周囲の選手に傷を負わせてしまって…」


「…その子は…どうなったの?」


「結局選手になることは諦めてしまったんです。」


「…そうか。」




龍二さんの顔に影がでる。

俺から視線を外し、龍二さんが続ける。




「…ロストマンって、不幸になることが運命づけられているのかな。」


「…」




不幸…か。

奥さんを無くし…仕事を無くした龍二さん。

ロストマンになるために龍二さんが失ったモノは、確かにとても大きい。

けど…




「そんなこと、ないですよ。」


「…」


「『ブレード・ランナー』の男の子は、今は違う競技でスポーツの世界にいます。他のロストマン達も、きっと幸せなはずです。」


「…きみも?」


「俺ですか?幸せですよ…今までのことが嘘みたいに。」


「…そうか。」


「龍二さん、あなたの能力は、徐々に龍二さんを蝕んでいる気がします。」


「…」


「龍二さん…腕、見せてもらってもいいですか?」


「…。あぁ。」





龍二さんは手袋を外す。




「…」




…少しだけ、透明の部分が増えている気がする。


昨日龍二さんが海に潜るときに発した能力の発動光…

やはり…海に潜ることで…


龍二さん…




「今日で…海に潜るのは最後にするよ。」


「…え?」


「今日は、亡くなった妻の命日でもあるんだ。」


「…」


「最後に…一人で…」




止めるべきだと…わかってはいた。

しかし、俺には止めることができなかった。


龍二さんが海に賭けているもの…

その大きさが、俺には計りきれなかったんだ。








「いらっしゃい。かなちゃん、イノくん。」


「おはようございます!朱里さん!」


「おはようございます。」




龍二さんと別れた後、俺はホテルでかなちゃんを起こしてすぐに朱里さんのお店に向かった。

かなちゃんは昨日ずっと品だしをしていたらしく、全身筋肉痛のようだ。




「昨日はありがとね!かなちゃん、凄く頑張ってくれたんだよ!」


「そうらしいですね。」


「いえいえ、私に出来ることが少なかったんで…逆にご迷惑かけちゃって…」


「はは!ちょっとまっててね。もうすぐお昼休みだから!」




店の前で少し朱里さんを待つ。

4月だというのに気温が暖かく、行き交う人達は半袖の人が多い。

本当に爽やかな場所だな。沖縄。


朱里さんを待って、俺たちはレストラン『海寿楼』で食事をとる。




「それで…何かわかった?」


「…いえ」




何となく…答えは出ていた。

龍二さんが失ったモノ。能力が発言した理由。

龍二さんが身に付けた…あの能力のこと。

しかし、仮説にすぎない。

まだ言うべきではない。




「そっか…大丈夫、大丈夫!!2人が帰るまでまだ4日もあるんだし!」


「…はい…ありがとうございます。」




朱里さんは明るい人だ。

逆に元気づけられてしまった。



「そうだ!せっかくだし龍二も呼ぼうよ!」


「…え?龍二さん…ですか?」


「うん。今日は家にいるはずだし…」




…?

朱里さん…龍二さんが海に潜るって話を聞いていないのか?




「朱里さん…でも龍二さん、今日も海に潜るって言っていましたよ。」


「…え?でも…他のダイバーさんが皆…予定入っちゃったって…」


「…はい。今日は一人で潜るって…」



ガタッ!

突然、朱里さんが立ちあがる。

その表情は焦りとも、不安ともとれるようなもので、

俺たちの胸にざわつきを起こした。



「…一人で…?」


「えぇ…」



俺の言葉を聞くと、朱里さんの顔から血の気が引く。

なんだ…?




「…ダイビングは…一人で潜ってはだめなの…」


「…?」


「海はとっても危険なの!…ごめん、わたし…行ってくる!」




朱里さんは派手な音を立てて店を出ようとする。





「待ってください!俺たちも行きます!」




状況が理解できないまま、俺たちは朱里さんの車に乗り込む。

すぐに車は走り出す。

昨日の場所なら10分もかからず着くはずだ。


けど…

一人で潜ってはいけないって…


『明日は…一人で潜るさ。』


龍二さんが当たり前のように言うもんだから疑いもしなかった。



「フリーダイビングは…ダイビングの中でももっとも危険なスポーツなの…

潜っていくときも、浮上してくるときも、いつ意識を失ってもおかしくない…そんな状況で潜り続けるの…だから常に誰かが近くにいないと…」



朱里さんが、運転しながら状況を説明してくれる。


そうか…

昨日、龍二さん以外のダイバーさんが潜らないはなぜだろうと思っていたけど…

あれは龍二さんに何か起きた時のためのサポート役だったってことか…


しかも数人いた。

それだけフォローを固めた上で行わなければいけないスポーツだということだったのか…


知らなかったとはいえ…

俺の落ち度だ…



「…すいません…」


「イノくんが謝る必要なんてないわ。でも…龍二、一人だときっと無理な潜り方をする…」


「無理な潜り方…?」


「うん…きっと…無理にでも辿りつこうとするわ…」


「…」


「グランブルーの…その先…水深120mの世界に」







俺たちは昨日、龍二さんが潜っていた真栄田岬に到着する。

龍二さんの車がある…やっぱり来てる。


電話で船のチャーターを終えていた俺たちはすぐに船に乗り換えて、海のダイビング・スポットへ向かう。

船の運転は朱里さんが出来るらしい。



「…」


「イノさん…大丈夫ですよ。」


「あぁ。」



不安そうな俺をかなちゃんが慰めてくれる。

そうだ…龍二さんならきっと平気だ。

俺が慰められてどうする…

一番辛いのは朱里さんだ。


その時…



「船があった…!」



朱里さんの声に俺たちも船を視界にとらえる。

龍二さんは乗っていない。

つまり…



「海に…潜ってる…」


「…」



俺とかなちゃんは、海の中をみる。

龍二さんの姿は見えない。



「龍二…」



朱里さんは、ハンドルから手をはなし、小さくカタカタと震えている…

龍二さんは俺たちよりも30分以上早く来ているはずだ。

もしスムーズに準備を終えて潜っているとしたら…最長で10分以上は潜っている計算になる。




バシャンッ



「イノさん!」


「視認できないか見てくる!」



俺は上の服を脱いで海に飛び込んだ。

海に頭をつけてグッと水中に入る…


海水でつらいが…

龍二さんを探す。


しかし…



「ぷはぁッ!」



なかなか潜れない…

深く入ろうとしても、俺じゃ10mも潜れない…

もう一度…


下は…

まるで巨大な奈落のように真っ暗だ。

恐怖すら感じる闇。


しかし、俺はその闇の中で、何かが光っているのを見つけた。



「ぷはぁッ!!…見つけたッ!ダストの能力発動光だッ!30mくらい下にいる!」


「本当!?」



…30m先。

潜水中なら遅い。

浮上中でも…遅い。




「かなちゃん!俺じゃ潜れない!『イエロー・スナッグル』だッ!」


「でも…ッ!」


「早く!」


「…。『ここにいて』」






ズゥン





身体が重くなる。

辛いけど…いくらか潜り易い。


龍二さん…

ロストマンの能力は自分の望みを叶えるためのものだ。


身体が…透明になっていく…

水のようになっていく能力…



あなたが望んだのは…


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