23 ダンサー・インザ・ダーク④

わたしは想像の中で大きな牢獄を描く。


「西野くん…またPTAから苦情が入っているよ。大きな声でどなって…手をあげたんだって?」


牢獄の中には…気にいらない生徒や保護者、同僚や上司の教師が裸で収容されている。


「おい西野!お前、教師向いてねェよ!」


わたしは自分の心のバランスを保つため…頭の中の牢獄で、何度も何度も彼らを痛めつけてきた。


「あなたが担任の先生ですか?ウチの息子が今日怪我して帰って来たんですけど!」


わたしの頭の中の牢獄は、誰にも邪魔されない…わたしだけの楽園。


ここだけが…わたしだけの楽園。


「やめてください!西野先生ッ!」


「何をだ?」


「痛いッ!痛いッ!」


「君がわたしに浴びせてきた罵声が…これほどの痛みだったと思っているのか…?」


とある日のことだ。

わたしは…感情に任せて、生徒を殺してしまった。


やってしまった…

あんなに想像の中で何度も殺してきたのに我慢できなかった。


どうすればいい…どうすればいい…


しかし次の日…

誰も、その生徒が死んだことに気づいていなかった。

それどころか、他の生徒や先生達はその生徒がまるで生きているように、誰も座っていない空白の席に話しかける。


その時、私は気づいたんだ。

自分にはとある才能があると…

誰にも気づかれずに人を殺すことができる才能を持っていると…


世界が、やっと私を認めてくれたのだと。

神様が「お前だけ特別だよ」と笑顔を向けてくれた気がした。


わたしは、その才能に『ダンサー・インザ・ダーク』と名付けた。






「信ちゃんッ!?信ちゃん!?!?」


高梨さんが…工藤くんを探している。

後ろを振り向かなくても…俺はその状況が手に取るようにわかった。


工藤くんは…ここにいるよ。


俺はプールに浮かぶ男子生徒を見ながら、高梨さんにそう伝えようとした…

しかし…言葉が口から出てこなかった。


「『ダンサー・インザ・ダーク』という力なんだ…」


この状況で…

西野先生は穏やかに語り出す。


「周囲に、生きているという認識を残したまま…人を殺すことができる。」


「…」


「工藤くんが見えてないって…君は僕に聞いたよね?」


「…」


「そりゃぁ、僕には見えないさ。本当は死んでんだもん。」


工藤くんは…すでに死んでいた。

そして神崎さんも…。

俺が見たダストの光を放っていた人たちは皆…。


西野先生の能力によって…見せられていた幻。


「先生…?」


高梨さんの声が震える…


俺の中で…

熱いモノがふつふつと煮えたぎる。

その感情を押し殺し…やっとの思いで俺も口を開く。


「人を殺しても…周囲の人間には…その人が生きているように錯覚させる能力…そういうことですか?」


「…そんなものかな。正直君のことは最初から高梨さんのお兄さんだとは思ってなかった。…やはり君、専門家か何かかい?」


「自己紹介をするつもりはありません。」


「…そうかい。」


工藤くんとはじめて話した研究室。

そこで俺は彼に紙とペンを手渡して、状況の説明を求めた。


あの時…確かに工藤くんは何か書いていたのに紙は白紙のままだった。

つまり、最初から工藤くんなんていなかった。



俺は今…ここではじめて工藤くんに出会ったんだ。

そして…さっきまで一緒だった工藤くんが、俺にはもう見えない。

これはつまり…


「あなたの能力の欠点は…実際に死体を見た者は効果が切れてしまうということです。」


「…そこまでわかってるのか。」


謎はすべて解け、うす汚れた狂気だけが残された。


「俺達はずっと…高梨さんが神崎さんを見えなくなってしまったって思っていた。しかし…逆だった。」


「…」


「高梨さんだけが…真実を見ていた。」


「イノ…さん?」


「高梨さんは、神崎さんが見えなくなる前日…弓道場で大きな荷物を抱えた西野先生と会ったって言っていたね?そこで…神埼さんの悩みを聞いてもらったって…」


「……はい…」


「…」


高梨さんは…西野先生の抱えていた大きな荷物…

その中身をチラッと見たんだ。


「その中には……神崎さんの死体が入っていたんじゃないんですか?」


「え…」


カタカタと床のタイルが揺れる音が聞こえる。

高梨さんが震えている。


「だから高梨さんにだけ、神崎さんが見えなくなった。」


「…」


「西野先生…そうなんですよね…?」


「…あぁ。そうだ。」


西野先生は…

思っていたよりアッサリと認める。


「感情的になりやすいんだ…僕。そのせいで何度も失敗してきた。」


「…失敗?」


「生徒や…同僚を殴ってしまったり…よく今までクビにならなかったよ。」


「…」


「けど…この能力を手に入れてから…僕の心はすごい穏やかになったんだよ。やっと手に入れたんだ。」


「…手に入れた?」


「殺人許可証だよ。『ダンサー・インザ・ダーク』は、僕に人を殺す権利をくれたんだ。」


「…」


俺の頭の中は…完全にぶっ飛んでいた。

目の前にいるコイツをいますぐに殴りたい…

そんな衝動で…頭の中が満たされている自分に気づく。


「あの女の子をみてごらん…」


西野先生は、プールに浮かぶ裸の女の子を指差した。

その女の子の下腹部はまるで妊婦のように膨れ上がっている…


「最近殺したばかりの女子生徒だ。腹の中にメタンガスが貯まってるんだよ。見ててごらん…」


そのプールに浮かんだ女の子はしばらくすると…

ブブッという音をたてて、お尻からメタンガスを放出した。

赤い水が揺れる。


「はっはっはっはっ!面白いだろう!…死体も屁をこくんだ。」


「何がおもしれぇんだ!!!!!!!!!!!!!」


俺の中で…何かが切れる。

気づけば西野の首に掴みかかっていた…


「人を殺す権利を持っている奴なんかいねぇッ!高梨さんも工藤くんも…あんたをずっと信じてたんだぞ!きっと神崎さんだってッ!」


西野はまた表情をなくす…


ピッ!


「…いッ!」


頬から血が出ている…ナイフか。

咄嗟に距離をとって西野に視線をもどす…身体が光っている。

この学校で見た誰よりも強い光…


能力の発動光…『ダンサー・インザ・ダーク』。

やっぱりこいつ、最初から俺たちを殺すつもりだった。


「説教は僕の仕事だよ、専門家」


「…あんたに他人に説教する資格なんてない」


「あるよ。教員免許を持ってる」


「それが…説教するための資格だと思ってるのか?」


「違うのかい?」


西野先生は強引に俺に切りかかる…

不格好な攻撃の仕方だ。

よくこんなんで…これだけの人間を殺せたもんだな。


ドンッ!


「うッ!」


ナイフをよけしゃがみこみ、西野の足を払った。

西野は前に勢いよく倒れ込み、顔面を強打した。


「うああッ!」


倒れた西野の髪を強引に引っ張り上げる。


「いッ!!」


できるだけ丁寧に…

俺は西野に質問する。


「西野先生…あのプールの液体は一体なんですか?」


「放せッ!いてぇんだよクソガキがぁッ!」


西野の髪を強く引っ張り上げながら、俺はプールの飛び込み台へ向かう。

抵抗していたが、俺はそれに構わず西野を引きずる。


「…ホルマリン水溶液ですよね?刺激臭がする…濃度も高そうだ」


「なにする気だ…!?オイ!!!オイッ!!!やめてくれッ!お願いだ…頼むッ!」


俺は西野の後頭部を掴みなおし、顔面をプールに向ける。

西野の目の前には男子生徒の死体が浮かんでいる。


「いてぇんだよ!!オイ…やめろッ!クソガキッ!やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「俺は今まで…何人もロストマンが死んだ現場を見てきてる。実際に手をかけたこともある」


「待ってくれ…待ってくれ…頼むからッ!待ってくれ!」


「俺は昔…暴力は使わず、能力も使わず、話し合いだけでロストマン問題を解決すると心に決めたことがある。」


「ホルマリンは劇薬だぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」


「けれどあんたは…言葉だけじゃわからねぇみたいだな」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「イノさんッ!」


高梨さんが…俺に腰を強く抱きしめた。

いや、違う…。

俺を止めたんだ。


「高梨さん…」


「ダメです…ッ!殺しちゃダメッ!」


「…」


そこで俺は…自分が感情的になっていることに気づいた。

プールに浮かぶ死体…今にも顔面がプールにつきそうな西野先生…

その西野先生の後頭部に力を込める俺の手…

この腕をプールに突っ込めば、俺はまた…


「…ありがとう…高梨さん…」


高梨さんの身体が震えているのがわかる…

謝ろうと思っていた神崎さんや…大好きな彼氏の工藤くんが死んでいるという現実…

この子も辛いはずなのに。


「イノ…さん…」


「高梨さん…もう大丈夫だよ。」


何やってんだ…俺。


「西野…下の名前は?」


「……?…あ?」


西野先生の声も震えてる。


「下の名前は!?」


俺は大きい声でもう一度問う。

腕に力を込める。


「ま、まことだッ!西野誠だッ!」


「そうか…西野誠…貰うよ、あんたの『ダンサー・インザ・ダーク』」


西野先生の身体が光る。

彼の身体から『ダンサー・インザ・ダーク』が消えていく…

西野先生の頭を引き上げる。


「…あんたを命を助けたのは…あんたの生徒だ。」


「はぁッ!はぁッ!」


「あんたを殺すのは…あんたの犯した罪だ…死刑は免れない。」


西野先生の身体がガタガタと震えだす。

自分の能力が無くなったことを本能的に気づいたのだろう。

自分に訪れる結末を…考えたのだろう。





事件の後処理をしてくれたのは警察だった。

『プラグイン・ベイビー』のときお世話になった保坂さんだ。


「イノさん。あなたは警察ではありませんよ。」


「すいません…」


警察はプールの死体を一人一人引き上げる。

高梨さんはずっと神崎さんと工藤くんの死体にむかって


「ごめんね…ごめんね…」


と泣いていた。

高梨さんは、何も悪くないのに…


「今回の事件は大きく報道されるでしょう。ロストマンへの風当たりは強くなりますよ。きっと…」


「いつものことです」


「…イノさん」


「すいません。もう帰っていいですか?」


「…えぇ。事情聴取は終わってますので…気をつけて。」


保坂さんは、きっともっと言いたいことがあったろうに。

俺に何も言わずに行かせてくれた。


俺は高梨さんの顔を見て、駐車場へ向かった。

彼女にかける言葉を…俺は持ち合わせていなかった。


パトカーが停まっている駐車場は、パトランプで妙に明るい。

















桜乃森大学に車を停める。

高校と違ってまだ明るい。


…暴力も、能力も使わない。

俺はそう決めたはずなのに。

固く決めたはずなのに。


話し合いで解決できないとわかると、

残された手段が暴力しかないなんて…


なんて…醜いんだ。

…俺は。


日本に帰って来た理由は、もう暴力や能力を使いたくなかったからじゃないのか?

『プラグイン・ベイビー』『リリィ・シュシュ』…そして『ダンサー・インザ・ダーク』

ここ最近で俺は3回も…この能力に頼ってしまった。


ダメだ…俺。

きっと心の底で思ってるんだ。

俺の理解を超えるロストマンには…

俺の言葉は伝わらないと…


そしてそんな相手には。

能力で奪い…暴力で解決するしかないと…

俺は思ってるんだ。


俺はまだ、ロストマンを信用出来ていないんだ。



身体が重い。

心が暗い。





「イノさん?」





聞き馴染んだ声が聞こえた。

身体が冷え切っていることを今思いだす。

目の前に立っていたのは、かなちゃんだった。


「かなちゃん…」


「どうしたんですか?ほっぺ怪我してるじゃないですか!」


かなちゃんはすぐに俺に駆け寄ると、バッグからごそごそと何かを取りだした。


「いたっ」


「我慢してください。消毒液です」


すげぇいてぇ…

これ本当に消毒液?

しかも力強くねじこんでくる。


「あっ…」


「え…なに?」


「いや…何でもないです…ちがう消毒液を使いましょう…」


かなちゃんは不器用に俺のほっぺにバンソウコウをつける。

すごい下手くそなのに…すごい痛いのに…

なんでこんなに安心するんだろう。


「はい出来ました。」


「…ありがとう」


「イノさん…?」


かなちゃんは何か感じたのだろう。

俺の顔をじっと見つめる。


「くまちゃんです」


「え?」


「くまちゃんバンソウコウです。」


かなちゃんはバンソウコウの箱を見せてきた。

そこには凄くダサいクマが描かれている。


「男の人がこれをつけると…凄くかっこ悪いですね」


「かなちゃんがつけたんじゃん」


かなちゃんは「えへへ」と少し笑う。

何も聞かないつもりらしい。

…俺も、今日の出来事を話したくはなかった。


「イノさん、再来週の土日って空いてますか?」


「再来週の土日…」


たしか再来週の土日って…


「空いてるけど…」


「じゃあどっか連れて行ってください。まるまる1週間もやすんだんですから。」


「…うん」


「書類整理とかメチャクチャ大変だったんですよ。」


「…ありがとう」


あれ…

さっきまで、あんなに悩んでいたのに…

いつの間にか…


「それで、遊んでくれるんですか?」


「その日…俺なんかと過ごして本当にいいの?」


今はまだ無理でも…きっと出来るようになる。

暴力や、能力を使わないでロストマンの問題を解決できるように…

大丈夫さ。きっと。


かなちゃんは下を向く


「年末年始はママと…パパの実家にいくんです。お墓参りもかねて…平日は私、勉強しなきゃだし…会える日その日しかないんですよ」


「…ふーん」


「なんですか…その憂鬱そうな返事…こんな可愛い子と遊べることを嬉しく思うべきでは?」


「いや…はじめてなんだ…俺。」


「…?」


「クリスマス…女の子と過ごすの」


「…」


「…」


「…私もはじめてです」


かなちゃんと俺は、寒空の下で…

とても温かく笑った。


この事件をキッカケに…

今後もっと恐ろしいロストマンと出会う事もまだ知らずに。




■No6.西野誠

能力名:ダンサー・インザ・ダーク(命名:西野誠)

種別:概念操作系 指定効果型

失ったモノ:不明

生きているという認識を周囲に残したまま人を殺すことができる。

殺された人物と無関係の人物にも効果があるため、ほとんどの人間が死んだことに気づかない。

実際に死体を動かすわけではなく、あくまで周囲が「この人は生きている」と錯覚しているだけ。

よって飲み物を飲んでも飲み物は減らず、紙に何かを書いても白紙のままである。

錯覚している人が実際の死体を見ればその人が「死んでいること」に気づくため、生きているという認識を解くことができる。

能力消滅。



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