12 プラグイン・ベイビー④
ばあーあ
「凄い血…はぁ…は…産ん…じゃった…お湯…これ…切っちゃっていいんだよね…」
あーうーあいきゃっ
「もしもし…あたし産んだからね!ちゃんと母親になったんだから!ねぇッ!聞いてる!?」
「クスリ…注射器…かずま…きっと2人でも幸せになれるよね…」
「すいません…1カ月…ほど…休ませてください。いえ…はい…はい…では…。…お金…どうしよう…」
あぅ、あぁ
「かずま…ごめんね。わたしおっぱい出ないみたい…」
「愛してるよ…なんで…なんで…ちっとも泣きやまないの…?」
おぎゃぁっおぎゃぁっ
「うるさいんだよ!なんで私ばっかり責められなきゃいけないんだよ!」
「もう…お金なんて…ないんだよ…あんたを生んだせいで…卓也にも逃げられて…」
「食べる物はもうないんだよ…!これは私のクスリよ!たべものじゃねぇんだよ!」
おぎゃぁっおぎゃぁっあああッ
「うるせぇんだよ!だまれよ!そのまま泣いてろよ!」
「…何よ…なんで部屋の中…こんなになってるの?あんた一体何をし…ーーーーー」
…
部屋は静かなものだ。
ガムテープで密閉された部屋は薄暗く、お香と腐敗物の匂いで満たされている。
玄関に置かれた粉ミルクの上に「かずま用」と書かれたメモの切れはしが置いてあった。
それがおそらく…赤ちゃんの名前。
白石かずま。
汚物まみれの掃除されていない不潔な部屋。
生後間もない赤ちゃんがいていい場所じゃない。
人間がいていい場所じゃない。
俺の瞳孔は開いていた。
悪臭に鼻を抑える事も無く、目の前に集中する。
数メートルの短い廊下は、心の準備をするためにはあまりにも短かった。
「…ふぅ」
小さく呼吸して身を隠しながら進む。
部屋を覗くとあんなに美しかったダスト能力体がうなだれていた。
彼女もまた溶けたように形が崩れていた。
お香の効き目があったみたいだ。
ダストが空気中に分散して、部屋がきらきらと光ってる。
勝負は…一瞬だ。
俺の能力には「ロストマンの名前」と「能力名」が必要だ。
生後3か月の赤ん坊が自分の能力に名前を付けているはずは無い。
本来ならその場合は能力名は必要ない。
しかし今回は俺が勝手に「プラグイン・ベイビー」と名付けた。
不安はあった。
なぜならお香の効果は、俺の能力にも影響がある。
俺の能力の精度も下がっている。
普通なら、近くに近づけば手をかざすだけで能力は発動する。
しかし今回はあの子に触れて直接能力を発動するしかない。
「…」
部屋を見渡すと、家中のものがドロドロと溶けている。
おそらく小さなテーブルでもあったんだろう。
木の片足だけが残されて白いドロドロの中に倒れてる。
部屋の窓際にあるベッドに白石かずまが寝ている。
お腹いっぱいになって眠りについたのか…
その向こう側でダスト能力体の女「プラグイン・ベイビー」がぐったりと頭を下げている。
俺は下半身だけ残された警官をまたいで部屋の中へ入った。
白いドロドロで足元が滑りそうになる。
「…ん?」
ベッドの横に…ある…ドロドロの塊…
その下に…生身の女性の…足?
まさか…
「!」
「おぎゃああっ!おぎゃぁっ!」
その瞬間、赤ちゃんが泣きだした。
俺はベッドへ視線を戻す。
そこにはまるで悪魔のような表情で、俺を見下ろす…
「プラグイン・ベイビー」がいた。
やばいッ!
その表情は俺の気持ちを折る。
何も知らない赤子が「生きたい」という何にも勝る欲求を体現した能力。
なんの悪意もなく、ただ本能的に身に付けた能力。
…怖い。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!』
プラグイン・ベイビーが乱暴に俺に腕を伸ばす。
注射器を指そうとしているようだ。
しかし動きは遅い。
お香が効いてる!
「くっ!」
俺は横によける。
足が滑りそうになりながらベッドに距離をつめる。
しかし…
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!』
プラグイン・ベイビーが俺の首をつかむ。
赤ちゃんから俺を遠ざけたいようだ。
けど俺も同時に泣いている白石かずまの目元を抑えた。
あとは能力を発動するだけだ。
一瞬触れた白石かずまの口の周りには…
白いドロドロが渇いてざらついていた。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』
プスッ
「いッつ…!!」
やばい!
肩に注射器を刺し込まれたッ!
いてぇッ…!
だけど…
「白石かずま…貰うよ。君の『プラグイン・ベイビー』」
俺の能力は発動する。
酷い形相でにらむ女も、腕に刺さった注射器もすこしづつ光を失っていく。
『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』
「ロストマンの名」と「能力名」を言えば、俺の能力は発動する。
今回は身体のどこかを触れながら言う必要があった。
おれが白石かずまの目元を抑えたのは…
ベッドの下で…上半身を失った母親を…
こんな…嘘みたいな現実を…
この子が見ないで済むように。
…
白石かずまから能力を奪った後。
駆け込んだ警察は目の前の現実を直視できないでいるようだった。
白石かずまはおそらく、母親からまともな食事を与えられていなかったのだろう。
身体に傷はなかったが、数か月分の排泄物を放置していたせいで、ひどい臭いを発していた。
「イノさん!平気ですか!?服が…」
俺の洋服の肩の部分が白いドロドロに変わっていた。
けど、そんなことはどうでもいい。
「平気です。それより保坂さん、これ…。」
「なんですか…」
俺はおそらく化粧台だったであろうモノを指差した。
鏡の部分は既に形を失っていた。
俺が指差したのはその前に大量に置かれているもの。
大量の…本物の注射器だった。
「注射器…ですか?」
「使用済みのものばかりです。消毒して何度も使ってたんでしょう。」
「覚せい剤か…何かですか?」
「知りませんよ、そんなの…」
自分の子供の前で…
何度も自分に注射器を使っていたのか。
『プラグイン・ベイビー』の女のモチーフは…注射器を刺す母親の姿だったようだ。
…
保坂さんは何度も俺に礼を言っていた。
何て言っていたか覚えてない。
俺はかなちゃんと余ったお香を車に積み込む。
「これでわかったろ?俺たちの仕事は…人間の嫌な所を見る事になる。」
「…」
「俺の能力によって…白石かずまはまた何かを失う。それが何なのかわかるのは…きっとまだ先の話だ。」
「…イノさん。」
「ん?」
かなちゃんは酷く落ち込んでいる。
そりゃ…そうだ。
今回の件は、正直おれも相当キツかった。
「かずま君は…自分のお母さんを…」
「…」
「憎んでいたんでしょうか…。」
床に倒れていた母親・白石美香の死体。
俺も…あんなものを見たら…そう感じてしまう。
「わからない。けど…白石かずまが殺したのは間違いないだろうね。」
酷い扱いをされていたとはいえ、あの幼さで母親を殺したのは事実。
それが本位であったのかは…俺には本当にわからない。
「失慰さん。」
お香を車に積み込んで俺たちがそんな話をしていると、後ろから保坂さんが話しかけてきた。
「今回の事件で大学に提出するための資料、必要と言っていましたよね。」
「え?はい…」
「よかったらこれ。」
そういって保坂さんは俺に数枚の紙を手渡す。
「いいんですか?もらっちゃって…捜査資料でしょ?これ。」
「えぇ。協力をしてもらった礼です。今後も何かあったらご協力お願いします。」
保坂刑事はさわやかな笑顔を俺に向けた。
やはりイケメンである。
事件の資料…か…
俺は資料をペラペラとめくる。
「…。」
「どうしたんですか?イノさん。」
「かなちゃん。」
「はい?」
「白石かずまは、たぶんお母さんを憎んでは無かったよ。」
「…え?」
警察から貰った資料には白石かずまの母・白石美香の写真が貼ってあった。
旅行先の写真か…嬉しいことでもあったのか…とても美しい笑顔だった。
そしてその笑顔は、白石かずまが作り上げたプラグイン・ベイビーと…
同じ顔をした美女だった。
■No3.白石かずま
能力名:プラグイン・ベイビー(命名・執筆:失慰イノ)
種別:具象系 瞬間効果型
失ったモノ:両親。
ダストで母親に似た女性を作りだす。
その女性は注射器を持っており、それに刺されるとどんなものでも白いドロドロとした物質に変えられてしまう。
母乳と似た成分で、おそらくミルクの変わりだったのだろう。
母親は麻薬常習者で部屋の中で麻薬を使用していたらしく、部屋からは本物の注射器が大量に発見された。
白石かずまは母親が自分に注射する姿を何度も目にしていたのだろう。
具現化された能力体の姿はおそらくそれをモチーフに作られたと思われる。
能力消滅。白石かずまは地元の乳児院に預けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます